砂漠の商人と水の女神のダンジョン1
「止まったら死ぬ止まったら死ぬ止まったら死ぬ止まったら死ぬぅぅぅぅぅぅぅ」
ギルは、襲い掛かる水棲系のモンスターを薙ぎ払いながらとにかく走る。水棲系のモンスターはその、黄金の装飾の入った朱い夕暮れのような色をした鞘を背負ったその背中を必死に追いかける。
「あぁぁぁぁくんなぁぁぁぁくんなぁぁぁぁ死んだ魚の目した顔して追っかけてくんなぁぁぁぁぁ」
「主、後ろよりも前だ! わんさか出てくるぞ!」
「あぁぁぁぁ前からローパー出てきたぁぁぁぁぁ。嫌だ! もう嫌だ! 出口どこ! ノエルゥ! 絶対許さないからなぁ! 脱出したら一発ぶん殴ってやるぅぅぅ」
ギルは叫びながら、モンスターの巣窟を駆け続けた。ひたすらに光を求めて。
二ヶ月前。
一人の青年が、ソーベークの街の探索者ギルド内にある酒場の隅にあるテーブルで面接を行っていた。青年は少し伸びたこげ茶色の少しくせのある髪に平均的な顔立ちをしている。彼の名はギルガメッシュ。最近は、ダンジョンを攻略した事もあって『金星』とも呼ばれている。
そして彼の背に背負っている剣は『金と栄光へと誘う黄金の陽刃』という意思を持つ剣で、通称ゴンちゃん。ギルガメッシュはこの剣を悪魔との契約――金貨一万枚――で手に入れ見事ダンジョンを攻略した。そしてそのお金で、質に出した本物の鞘を買い戻し、ゴンちゃんは真の姿に戻ったのであった。
そんな彼が、今なんの面接をしているかというと。
「悪いけど、俺は別にお金持ちじゃないから。お金が目当てなら大手のPTにいってもらえるかな?」
「えぇ、またまたそんなぁ。ギルガメッシュ様って言ったら、単独であの試練のダンジョンを攻略した今や飛ぶ鳥を落とす勢いでダンジョンを攻略する新進気鋭の探索者じゃないですかぁ。そんな人がお金持ってないだなんて、いやぁ謙遜が過ぎるってものですよぉ。あぁでもですね、私は決してお金が目当てで入りたいわけじゃあなくて。あなたとなら、きっとダンジョンの最奥に辿り着けるとそう思ったんです。絶対に役に立ちますから! お願いします!」
媚びを売り続けた探索者は頭を下げてギルにお願いする。しかし、ギルはそれを拒否する。
「悪いけど、採用は見送りで。それじゃあこれで失礼しますね」
「なっ、おい! てめぇ人が下手にでてりゃあ調子に乗りやがって! この『成金』ギルガメッシュ! おい、聞いてんのか! シカトしてんじゃねーぞ!」
背中に浴びせられる罵詈雑言を、ギルは無視してその場から立ち去る。そんな光景をまたかといった表情で見る者やもっとやれとはやし立てる者がいた。
ダンジョンを攻略してギルの環境は良くも悪くも変わってしまった。ギルがダンジョンを攻略した事を素直に称賛してくれる者、あるいはそのおこぼれに預かろうとする者。様々な人間がギルの前に現れた。
最初、ギルはその事に浮かれていた。今までただの孤児院育ちの村人だった彼にとって、誰かに持てはやされるような事などなかったからだ。だから、誰しもが自分の名前を知って声をかけてくれるという事実が心地よかった。
しかし、それも長くは続かなかった。ギルが手にしたダンジョン攻略のお金を目当てに近寄る者も少なくなかったからだ。そういった者達はギルがお金を持っていないとわかると手のひらを返してギルを罵った。中には、一丁前に豪華な鞘を背中に吊った趣味の悪い金持ちのような姿を、『金星』だとか『金の新星』と呼ばれていることを皮肉って『成金』とまで呼ぶ者もいた。
そんな環境でPTのメンバーを募集しても良い人材は集まらず、今回もまた空振りに終わった。
ギルは探索者ギルドの建物から外に出ながらため息を吐く。
「駄目だったか。そう簡単にはいかないなぁ」
「仕方あるまい。有名だというだけでは良いも悪いも集まってしまうからな。それらを跳ね除けられる力を手に入れなければ、状況は変わるまい」
落ち込むギルに、ゴンちゃんは小声で話しかける。ギルドがある大通りの人の雑踏が生み出す雑音は剣が喋っていても誰も気づかないほどに大きい。ギルドから少し歩けば色んな店で呼び込みをしている人の大声もあり、人の目があるところで喋っていても特に問題は無い。ギルが独り言をブツブツと呟いているように見えるという点を除いて。
「力って、つまりどゆこと?」
「わかりやすいのは権力だな。貴族が後ろにつけば変な者は寄り付かなくなるだろう。あるいは、主も大手のPTに入れば良い」
「それやったら好きにダンジョンを攻略出来なくなるじゃん。だからPTメンバー募集してんのに」
ギルは拗ねた様に愚痴をこぼす。
「ならばどうにかするしかないな。頑張ると良い」
しかしゴンちゃんは素っ気なく返す。
「ゴンちゃんって意地悪だよね」
「我の鞘を、この街に着くや否や売り払った主よりは優しいがな」
「まだそれ根に持ってるの!? 買い返したじゃん! 時効でしょ!?」
「いいや、時効などというものは存在せぬ。我は半身を売り飛ばされたのだからな」
二人がそうやって口喧嘩していると目的の場所に着く。
「主、ここだ。通り過ぎるぞ」
「おっと。ありがとゴンちゃん」
そう言ってギルはとある場所で立ち止まる。ギルドのある大通りから工房のある通りへと抜けて、歩いて行くには少しばかり遠いくらいの場所にこの建物はあった。
ギルは、その建物の古くなって少し建て付けの悪くなった扉に手をかける。案の定扉はギィィと高く不快な音を出す。
「工房なんだし、腕も良いんだから扉くらい治せばいいのに」
ギルは扉の中へと入っていく。建物の中には、剣や盾、防具などの他に鍋や包丁など金属を加工した物が少し雑に並べられている。安い剣などは木箱の中に乱雑に入れられていたりもして、この工房の主が大雑把な人間なのだろうということがわかる。
「すみませーん!ギルガメッシュですー! 頼んでた物を取りに来ましたー!」
ギルはお腹から目一杯声を出す。そして少し待って見るが返事はない。
「すみませーん! ギルガメッ」
「うるせぇ! 一回言やぁ聞こえてんだよ!」
返事がないのでギルがもう一度呼ぼうとした所、それを怒鳴り返しながら、店の奥から男が出てきた。
男は、筋骨隆々とした体付きで白髪が髪に交じっており、顔には幾つもの皺がある。まるで巌のような男であった。
「前に来た時は一回じゃすぐに出てきてくれなかったじゃないですか」
「あん時は忙しかったんだよ。奥で作業してたからな。そうじゃない時はすぐに出てこれるわ。耄碌したジジイじゃねぇんだしよ」
工房の店主は乱暴な口調でギルに答える。口調は乱暴ではあるが声に怒気のようなものは感じられず、恐らくはこれが彼の素なのだろう。
「んで、アレを取りに来たんだったな。ちょっと待ってろ、取ってくる」
「わかりました」
店主はそう言って奥にまた戻る。少しすると、一組の篭手を持って戻って来た。
「おらよ。お前さんの注文通り、篭手に火点け石を付けた。こいつで試してみな」
そう言って店主は導火線を渡す。ギルはそれを受け取り、篭手に付いている火点け石に思いっきり擦り付ける。すると、導火線に火が点く。
「おぉ! 本当に火が点いた!」
「当たり前だ。火点けトカゲからドロップする、火点け石使ってんだからよ」
「ありがとうございます、ゴルドンさん」
「おう、こんくらい朝飯前だ。あぁそれと、こいつは取り外し出来るから火が点かなくなったらこいつを付けな」
ゴルドンはそう言って予備の火点け石を取り出す。
「おぉ、ありがとうございます。それで、これちょっとまかりませんかね?」
ギルは窺うように値切ろうとする。しかし、ゴルドンは突っぱねる。
「まかるわけねぇだろ。とっとと払いな」
交渉の余地は無いと判断したギルは、渋々といった感じで支払いをする。
「ひぃ、ふぅ、みぃっと。よし、ちゃんと払ったみたいだな。あぁそれとな、その篭手はちっとばかし古くなってたから軽く磨いて新しくしといたぜ。自分の身を守るもんはもちっとしっかり整備すんだな」
「え?わざわざやってくれたんですか?ゴルドンさん……」
「な、何ヘラヘラした面で俺を見てやがる!俺は見せもんじゃねーぞ!用事は済んだな?だったらとっととダンジョンでも攻略しやがれ!」
「ありがとうございます、ゴルドンさん。じゃあまた来ますね」
「ちっ。さっさと行っちまえ」
ゴルドンは恥ずかしさを堪える様に顔を顰めてギルを追い払うように手をシッシッと振る。ギルは篭手を抱くように抱えると弾くように工房を後にした。
「へへっ」
「嬉しそうだな、主よ」
「うん、そりゃあね。タダで磨いて貰えるなんてラッキーじゃん」
「それだけではないだろう?」
「ん。まぁ、ね。なんていうか、他人の優しさって沁みるもんだね。さっ、次いこ次。時間が勿体無いし」
「あぁ」
ギルドから工房へと向かう時とは対照的にギルの足取りは軽く、次の目的地である図書館へと弾むように駆けて行った。
明日は20時の投稿です。よろしくお願いします。