始まり2
しばらく歩くと何か建物のようなものが見えてきた。金の音が聞こえるのはどうやらそこからのようだった。
(こんな所にこんな物があるなんて聞いたことないぞ。というかこれは、もしかしてダンジョン?そうだとしてもそれならなんで村で話題にすらならないんだ?昨日今日いきなり生えてきたなんていうのか?)
少年はその建物にどんどん近づいて行くものの疑問は絶えない。少なくとも常識からはかけ離れたその存在に理解が追い付いていなかった。
(近くまで来てみたが、これが恐らくダンジョンというもの、なんだと思う。少なくともどこかの誰かが建てた家ってことはなさそうだ。)
その建物はこじんまりとしていて特徴があるわけでもない、レンガ造りの小屋のようである。小屋と違うところがあるとすればそれは窓がなく代わりに大きく空いた穴が地下へと続いている所だろう。
(地下に続いてる……先は真っ暗で見えない、か。そして確かにここから、この先から音が鳴り響いている。)
見ていると吸い込まれていきそうな暗闇の底から確かにその音が聞こえている。その音の正体がはっきりとはわからないが、もしこれが噂に聞くダンジョンだとしたらこの先、ダンジョンの奥深くには寝物語に聞くような金銀財宝が眠っていることになる。そのことを想像し少年は自分の鼓動が高まっていくのを感じた。
(どうする?入るか?でもダンジョンにはモンスターがいるはず。武器なんて持ってない。でも、諦めるわけには……)
少年は興奮と不安に苛まれていた。もし、上手くダンジョンの奥深くへと行くことが出来たら巨万の富を得られる。しかし、ダンジョンはそんなに甘くはない。そもそもなぜこんな所にいきなりダンジョンが現れたのか。それも少年の決断を鈍らせる要素となった。
(神、あるいは悪魔が作り出した人知を超える創造物、ダンジョン。確認されていないだけで不意に現れるようなダンジョンがあるとすれば説明はつく。でも、これが神の創ったダンジョンで罠ではない、という保障はない。)
数瞬、少年は思考する。しかし、すぐに考えるのをやめて答えを出した。
(いや、考えるだけ無駄だ。確認するだけでもいい。このダンジョンに入ろう。なんにしてもここで引き返す選択肢はない。)
そして少年は深い闇へとその体を滑り込ませた。
入口にあった松明を一つ拝借しそれを頼りに下へと続く階段を下り続けてどれほどの時間がたったのだろうか。少年はそう考えながらも歩みを止めない。ここまで下りてくるまでに様々な不安がよぎっては消えていった。この暗い闇にこの小さな松明の明かりではどうにも頼りなくこのまま闇に溶けてしまうのではないか、このダンジョンは罠で行き着く先はモンスターの腹の中ではないか、終わりのない階段を下り続け、もう戻ることはできないのではないだろうか、そんな不安が少年の心を苛む。
(ここで諦めるなんて出来ない。金が、どうしても金が必要なんだ。お金が。)
気弱なことを考える度に自分をそう叱咤する。富という小さくもしっかりとした光が暗闇の中で瞬いている。それだけを心の支えにし少年は階段を下り続けていた。
そんな時ふと明かりが見えた。松明の明かりではない、別の何かだった。
(やった!出口か!いや、モンスターか何かか?)
明かりを見つけ喜んだのも束の間、すぐに不安になる。今まで階段を下りているだけでなにもないダンジョン。その初めての明かりが出口だなんてことはあるのだろうか?あの明かりが話に聞くゴブリンだとかコボルとだとかが持っている松明か何かである方がよほど可能性は高い。しかし少年は、進むことを止めなかった。そのまま階段を下り続けた。危険を顧みないそれはまるで何かに誘われるかのよう、あるいは糸を吊るされた人形のようであった。
(大丈夫。大丈夫だ。あの光はきっと大丈夫。仮にモンスターだったとしても逃げればいい。だから大丈夫。)
冷静さの欠けた思考は最早少年の願望でしかなかったが、今更戻ることもできないのだろう。少年はあの明かりへと向かって階段を下り続け、やがて見えてきた豪奢な扉の前へとたどり着いた。