試練のダンジョンと金の力16
暗い闇の中誰かに呼びかけられる。
ギルはこの声を知っている。頼もしい相棒の声だ。
「主、起きよ。もうそろそろ出発せねば本当に遅れてしまうぞ」
「ん。んー。あー、朝?おあよーゴンちゃん」
「あぁおはよう。朝ではないがな」
「何言ってんの。人が目を覚ました時が朝なん……どこ、ここ?」
寝ぼけた頭で状況を整理する。
今どこにいて何をしているのか。ここで寝る前は何をやっていたか。
そんな事を回想しやっと目が覚める。
「ここダンジョンじゃん!え?朝?朝?やばい?もうやばいやつこれ?」
「落ち着け主よ。3時間寝たくらいだ。焦ることはない」
「時間わかるの?」
「あぁ、多少ズレはあるだろうがな」
「ゴンちゃん素敵!愛してる!」
「愛はいいから支度をするのだ。ここでいつまでもダラダラしているわけにはいかぬからな」
「もちろん」
それから数分でギルの支度は整った。
「うしっ」
ギルは背嚢から出していたアイテムやらを全て詰め込み背負いなおす。セーフティルームに来るまでに多少使ったアイテムがあるのでダンジョンに入る前より身軽になった。
「よし。出発!」
「待った。その前に一つだけやって欲しいことがある」
「え?何?急ぐんじゃないの?」
「大丈夫だ。すぐに終わる。ギルドで受け取った探索者の証をあの装置で調べるだけだ」
「あの装置?どれ?」
「ほらあの出口付近にある装置だ」
そう言われギルは出口の方を見ると確かに何かがある。
ギルは近づいて確かめる。
「あ、これ。ギルドで見たことある」
「あぁ。あれよりも簡易ではあるがこれでも調べることが出来る。ここに来るまでにゴブリンにオークにワイルドウルフを倒しているからな。幾らかレベルが上がってるはずだ」
「おぉ、噂のレベルアップ!早速調べよう」
ギルはその装置に探索者の証をかざす。すると装置から何やら音が出て画面らしきものに文字が浮かび上がる。
『なうろーでぃんぐ』の文字を見つめ続けること数十秒。ギルのステータスが表示される。
「来た来た、ステータスは。ってギルドで見た時と変わんないんだけど。総合評価一緒なんだけど。レベルアップだけしたってこと?」
「ステータスは数値で出せば幾らか上がっているだろう。しかしこの装置ではそこまで細かく測ったりはしない。それよりもスキルを確認してみて欲しい」
「スキル?」
「……リンドが説明してただろう?」
「……してたっけ?」
ギルは眉にしわを寄せる。思い出そうとするがおぼろげな記憶しかない。
「たどたどしくも一生懸命リンドは説明していたのだがな。まぁそれは良い」
「あぁ待って待って。今思い出すから!」
「なぁに後で思い出せばいいさ。リンドに会うまでに思い出せば問題なかろう」
ゴンちゃんは意地悪そうに言う。
「それよりも、だ。スキルを確認して欲しい。ダンジョン攻略の役に立つものを覚えているかもしれない」
「なんかゴンちゃんが意地悪だ……スキル、スキルっと。えーっと『聞き耳』『遠目』『スラッシュ』の三つだけだ」
「なるほど……つまり主は他人よりも多少耳が良く目が視えて、剣士の初期スキルを取得したということか」
「あー。そうなの?」
「あぁ。もうこの装置に用はない。先を急ごう」
「えっ?説明してくるんじゃないの?」
「それは後でやる。先へ進もう」
ゴンちゃんに急かされ、ギルは渋々といった様子でセーフティルームの出口へと向かった。
セーフルームから出るとすぐに六階に出た。六階も今までと変わらず灰色の煉瓦で出来た通路だが今までとは明るさが違う。
等間隔で壁に設置されたかがり火だけしか明かりがなく少しだけ仄暗い。とは言っても松明が必要なほどではない。
「ちょっと暗いな。通路の先がなんとなく見えるくらい」
「暗い通路には気を付けよ。何が待ち伏せしているかわからぬぞ」
「ん。気を付ける」
「まぁ主の場合『聞き耳』と『遠目』があるからな。集中を切らさなければこの明るさならば問題なかろう」
「あぁそれそれ。ずっと気になってたんだよ。説明してよ」
「説明するほどのこともないがな。耳と目が他人よりも多少良い。以上だ」
「それだけ?」
ゴンちゃんの簡潔な説明にギルは唖然とする。
「あぁ。しいて更に説明するならよく聞き耳を立てている者、よく目を凝らしている者がそれぞれのスキルを取得するようだな。心当たりは?」
「心当たり……?うーん」
ゴンちゃんの問いにしばしギルは考える。そしてとある結論にたどり着く。
「あ!よくお金が落ちる音が鳴らないかとかお金が落ちてないかって集中してた!それだぁ!」
「そ、そうか。それはまぁ良かった、な」
「うん!スキルになったってことはより効果を実感できるってことでしょ?ラッキー」
ギルは素敵な笑顔でサムズアップする。
「じゃあ残りの『スラッシュ』は?」
「『スラッシュ』か。それは。丁度良い。モンスター相手に使ってみればいい」
ゴンちゃんの言葉に合わせるかのようにヒタヒタと足音がする。ギルは音のする方向を向いて剣を抜く。
「いいか。我がタイミングを言う。それに合わせて『スラッシュ』を発動させるのだ。スキルを発動させるには心の中で思うだけでもいいが、慣れない内はスキル名を言いながらするのがよかろう。『スラッシュ』の場合は剣を振りながら言うのだ」
「お、オッケー。タイミングに合わせて『スラッシュ』ね。よしっ」
足音はどんどん近づいてきて、やがてその輪郭が露わになる。
二足歩行で、全身が毛むくじゃら。犬の顔をしていて簡素な上着――チョッキのような物――を着こみ、手には木の盾とゴブリンの持っているものより多少は切れ味の良さそうな小剣を持っている。
「こ、今度は何?なんてモンスター?」
「あれはコボルトだ。犬が二足歩行しているようなモンスターだな」
コボルトはある程度近づくと唸りながらギルに走り寄ってくる。
「ぐるるぁぁぁぁ」
「あっ、来た。いつ?いつやるの?」
「まだ、まだだ。『スラッシュ』の射程はそう長くない」
ギルはゴンちゃんの合図を待つ。その間もコボルトは距離を詰めてくる。
コボルトとの距離がギルの歩幅3,4歩分辺りまで近づいたその時、ゴンちゃんが合図を出す。
「今だっ!」
ギルは合図を聞いて『スラッシュ』と唱えながら剣を振り始める。それを見てコボルトは無理やり体勢を変える。しかしギルもその動きに合わせて剣を振り切る。
すると、剣の跡をなぞる様な残像がコボルト目掛けて飛んでいく。
コボルトは避けきれないと判断したのか盾を構えようとするが、少しだけ間に合わずに『スラッシュ』に被弾する。
コボルト目掛けて飛んでいったエネルギーの塊はコボルトの持っていた盾も砕いて左腕を切り落とし、左の上半身をも切り裂いた。
人間で言えば肋骨の辺りを掻っ捌かれたコボルトは犬の鳴くような声を上げて絶命する。
「うわっすごっ。スッパリいってる……」
ギルは自分が使ったスキルの威力に目を見張る。あまりの威力にコボルトの残骸をマジマジと見つめたまま声も出ない。
「呆けている場合ではないぞ。また来る」
「え?また?」
「コボルトはゴブリンとはわけが違うからな。次は銅貨を我に捧げよ」
「はえ?何言い始めてるの?なんで銅貨捧げないといけないのさ」
「一枚で良いから早く。もう次が来る」
先ほどの通路とはまた別の通路から、今度は三匹のコボルトが走ってやってくる。
「あーもー。なんでこんな時にゴチャゴチャ言い始めるんだよー。わかったよ、銅貨捧げればいいんでしょ?どうすればいいのさ」
「銅貨を捧げると心の中で念じながら我に近づければ良い」
言われた通りにギルは財布から銅貨を取り出し、一瞬だけ躊躇して、銅貨を叩き付けるように近づける。
「あーもー持ってけドロボー!」
やけくそになりながらギルはゴンちゃんへと銅貨を近づける。すると銅貨は空間に吸い込まれるかのように消えてなくなった。
「次は?次は何すればいいの?踊るの?奉納の舞?」
「そんなに難しいことではない。あの三匹目掛けて『スラッシュ』を放てばよい」
「なんだかよくわかんないけど!やればいいんでしょやれば!そんじゃせーの『スラッシュ』」
ギルの掛け声と共にエネルギーの塊が三匹目掛けて飛んでいく。しかしさっき放ったものとは比較にならないほど大きい。
その大きな斬撃の塊は先ほどの『スラッシュ』よりも速くそして遠くまで飛んでいき、走り寄って来ていた三匹を斬り飛ばす。その威力はシャレにならないほどで特に真ん中のコボルトはミンチのようになっていた。
「……なにこれ……?」
「今のが我の能力の一つ。捧げられた金、あるいは宝石などの価値のあるものの、価値に応じて威力を増すことが出来るのだ」
「そーなんだ。へぇ……そーなんだ。……うっ」
ギルはしゃがみ込み口元を抑えて必死に耐える。息も絶え絶え、辛そうに話す。
「す、すごいのはわかったけどさ、先に言って。流石にグロ……オエーッ」
耐え切れなかったギルはその場で虹色の滝を流す。流石にその光景を見てゴンちゃんも反省したのか絞り出すように声を出す。
「……すまん。我が悪かった」