試練のダンジョンと金の力14
「それにしてもさっきなんでオーク出てきたんだろ。いきなりで本当に焦ったよ」
ギルは周りを警戒しつつもゴンちゃんに話しかける。
「恐らくあのトラップを踏みすぎたせいだろう。モンスターを召喚してそれを倒すという行動を何度も繰り返す、所謂稼ぎというものに対しての対抗策なのだろうな」
「対抗策。じゃあやりすぎたってことか。そう簡単には行かないもんだね」
「それはそうだろうな。このダンジョンは武神が創ったのだから」
「え?神様が?悪魔じゃないの?すごいやらしい配置でゴブリン出てくるのに?」
「いや悪魔ではない。かのお方はこういうダンジョンを良く創る。ダンジョンへと挑む者が成長するような物をな」
「ふーん。ん?なんだこのちょっと立派な扉」
五階の探索も八割方終わった所で今まで見てきた扉よりも立派な扉の前に着いた。その扉は鉄製の両開きになっていて重厚感がある。
「ボス部屋だな」
「えっ?ボス部屋!?もう!?」
「あぁいや、違う。これは最奥の間までの間にいくつかある、中ボスの間みたいなものか。倒さないと先へは進めない」
「中ボス……えぇっと、あーなんかそんな事言ってたような言ってなかったような。ソロで行った人はなんか言ってたかなぁ?」
「十階の話ならばしていたと思うが、五階についてはなにも言ってなかったはずだ」
「そっか。前情報無しかぁ。どうしようかなぁ」
ギルは先ほどの大部屋で火炎玉を消費したために少しだけ軽くなった背嚢を降ろしながらどんなアイテムを持っていくか思案する。とは言っても沢山の種類を持ってきたわけでもなく持っていく物は限られてくる。
「じゃあ、煙玉と火炎玉と、後はこれ、くらいかな?」
そう言ってギルは背嚢から取り出したアイテムをウエストバッグへと移していく。
呼吸を整えるために数回深呼吸をして軽く体をほぐす。短く息を吐く。
「おっし!行くか!」
「……ここで引き返すのも手だ。命あっての物種だと言うしな」
「一年も召使いなんてやってらんないよ。そもそもあれに負けたくないし」
「そうか、愚問だったな。すまない」
「いいって。それでは。いざ!」
ギルは両手を扉に当てて押し開く。見た目に反して扉は楽に開くことが出来た。開いていくのと同時に部屋の中が見えてくる。
部屋の中は広めでやや薄暗い。壁の所々に松明が焚かれている。そして部屋の真ん中にこの部屋のボスらしき者がいた。
「狼?」
扉の音に反応して部屋の中央にいる狼らしきものの耳が音の方へと動く。その後ゆっくりと扉の方を向く。狼らしきものはまだ地べたに臥せっていてギルの方を見ている。
「あれはワイルドウルフだな。ゴブリン一匹と比較したらかなり強いぞ。気を付けよ」
「わかった」
ゴンちゃんの忠告を聞きながらギルは部屋の中へと踏み入れる。するとワイルドウルフもすっと立ちあがり、ギルがワイルドウルフへと近づいて行くたびに徐々に体を低くしていく。
ギルがある程度近づくとワイルドウルフは唸り始める。犬歯は剥き出しで今にも飛びかかってきそうなほどだ。
「来るぞ!」
ゴンちゃんの言葉を皮切りにワイルドウルフが走り出す。ギルはそのまま突っ込んでくるワイルドウルフに剣を振り下ろす。
ワイルドウルフは事も無げにそれを躱し一旦距離を取った後もう一度仕掛ける。
「くっ。このっ」
ギルはワイルドウルフの高さに合わせて剣を横に薙ぐがこれも体を更に低くされて躱される。ワイルドウルフは躱した後にまた距離を取る。
しかし今度は距離を取った後隙を探るようにギルの周りを歩き始める。
「な、なんだ?次は何を?」
「恐らく今のである程度の実力を図ったのだろう。その上で隙を探しているのだ。気を付けよ、ここからが本番だ」
そしてギルとワイルドウルフの攻防が始まった。
ワイルドウルフはじっくりと時間をかけてギルの隙を探す。そしてギルの集中が少し欠ければ飛びかかり、それが成功しなければまた離れるといった行動を繰り返す。ギルもワイルドウルフの動きに対応する。特に後ろに回られないように警戒しながら防御へと回る。
ギルにとって幸いなのはワイルドウルフの攻撃はそこまで苛烈ではないことだろう。しかし、その代わりに身のこなしが良くギルの攻撃が一向に入らない。
「おらっ!」
何度目かのギルの攻撃。ワイルドウルフは紙一重で避ける。初めに比べればだいぶワイルドウルフの身のこなしについていっているが、後少しが足りない。
「それなら、これはどうだっ!」
ギルはウエストバッグへと手を伸ばし中から煙玉を取り出す。そしてまた向かってきたワイルドウルフの足元へと投げつける。
ワイルドウルフはそれをしっかりと躱すが、その避けた距離以上に煙が広がりワイルドウルフは煙の中に飲み込まれる。
視界を奪われたワイルドウルフはその場に立ち止まる。全神経を一点に集中させる。そして煙の外へと飛び出す。
「嘘っ!」
不意打ちをしようとしたギルは、逆に不意を突かれる形で煙から飛び出してきたワイルドウルフを咄嗟に剣の腹で受け止める。当たり所が良かったのか、ワイルドウルフはキャンと鳴いて距離を取る。
「狼は耳も鼻も良い。オークと同じ方法は通用しないぞ、主よ」
「あー、そうだった!」
戦闘に関してはまだまだ初心者の域を出ないギルは、どうしても成功体験に縋ってしまう。前も上手くいったのだからと、思考が固まってしまうのだ。
状況は振り出し、いやアイテムの存在が警戒されるようになった分いくらかギルの方が不利であろう。
ワイルドウルフは先ほどよりも警戒を強める。ギルが近づこうとすればその分距離を離すほどの徹底ぶりだ。
「くそっ犬っころめ」
ワイルドウルフは持久戦へと持ち込む気なのだろう、ギルの周りをゆっくり歩くものの攻めようとはしない。それを見てギルは大きくため息を吐く。
(どうする?どうする?何か、何か打開策はないか?火炎玉?さっきので警戒されて当たらないかもしれない。煙玉は言わずもがな。じゃあ後は……あれ、か)
ギルはウエストバッグに手を突っ込み物色しながら考える。そしてまだ使っていないアイテムの存在を思い出す。
(一か八かやってみるか)
ウエストバッグの中のアイテムを握りしめながらギルは徐々に徐々に最初の扉の方へと移動していく。ワイルドウルフに勘付かれないように少しずつ。
ワイルドウルフはギルがバッグに手を突っ込んだまま移動しているのを、また何かを投げてくるのかと警戒し手を出さない。しかしギルは投げようともせずに少しずつ移動するばかり。そんな行動にシビレを切らしかけていたその時。
ギルが大きく動く。扉に向けて後退したのだ。
逃げようとしている。ワイルドウルフはそう感じた。自分の位置が扉とギルを結ぶ直線上の一番遠くに居ることでよりいっそうその思いを強めた。
「今更気付いても遅いだよっ!逃げるが勝ちってねっ!」
そう言ってギルはワイルドウルフに背を向けて逃げながら持っていたアイテムを先ほど居た場所に叩きつける。途端に煙が上がり視界を塞ぐ。ワイルドウルフは慌てて追いかける。煙には害がないことはさっきので分かっているためにそのまま真っ直ぐに駆ける。そして煙を突き抜けてギルを追おうと煙に突っ込んむと何かが足にくっつく。
気付いた時にはすでに遅く、その何かを思いっきり踏みつけて全ての足が絡み取られる。
「どーよ。トリモチ爆弾の威力は」
煙が晴れギルは捕らわれたままのワイルドウルフへと近づく。ワイルドウルフは唸っているものの手も足も出せずにいる。
ギルは動けないままのワイルドウルフの首に剣を叩きつけて切り落とす。ワイルドウルフは息絶えドロップへと姿を変えた。
「はぁー。成功してよかったぁー」
トリモチに接着する前にドロップを回収しギルは腰を下ろす。緊張が解けたのかどこかほっとしている。
「いきなり逃げ出したからどうするのかと思ったが、上手くいったな」
「うん、一か八かだったけどなんとかね」
「そうだな、煙を警戒されたら成功しなかったであろうな」
「うん、まぁ。でもさ、所詮動物だし背中を見せたら真っ直ぐ追っかけてくるだろうなって思ってたから。煙玉は一回破られてるわけだしもしかしたらってね」
「なるほど、な」
ゴンちゃんは改めてギルを見つめる。一息ついた顔は年相応の幼さの残る顔をしていた。
(我はまだまだだな。反省しなければ)
その後部屋の扉が開きギルは先へと進んだ。