試練のダンジョンと金の力13
先ほどの大部屋のような場所から伸びる通路へと抜け出しギルはなるべく足音を出さないように先へと進む。
足音を出さないようにしているのは、ゴブリンに気付かれないためでもあるがギル自身がゴブリンの足音を聞くためでもある。そしてそのために二人の間に会話もなくどことなく重苦しい。
ゴンちゃんもかける言葉がないのか沈黙したままであった。
そんな静寂を切り裂くようにゴブリンが通路の先の曲がり角から吠えながら走ってくる。
「ギャッギャッ」
一匹目と同じようにゴブリンはギルに向かってただただ突っ込んでくるだけで何か策があるようには見えない。先の戦闘よりも幾分かは冷静になっているギルは落ち着いてゴンちゃんを構える。ゴブリンがそのまま突っ込んできたので迎え撃とうとしたその時。
「ギィィィィ」
後ろからゴブリンらしき鳴き声が上がる。ギルは後ろを振り向きかけるがなんとか堪えて体制を立て直すために防御に専念する。
目の前のゴブリンの攻撃をいなし後ろを向こうとしたことで崩れたバランスを整える。その間も後ろから凪声をあげた何か――恐らくはゴブリン――がドタドタと走ってくる。
ギルはリンドの教えを思い出しながら落ち着いて目の前のゴブリンに対処する。
(焦るな。相手はゴブリン。一撃で決められる)
ゴブリンが短剣を振り下ろしてくるのに合わせて力いっぱい薙ぎ払う。体格の差によってゴブリンは大きく体を開く。そのままギルはゴブリンの首目掛けて突きを放つ。突き出された剣はゴブリンの首に突き刺さりゴブリンの首の動脈を断つ。
ゴブリンは喉を切られたのか血が詰まったような声を出して絶命する。それをしっかりと確認した後ギルはすぐさま後ろを振り向く。
すると、ゴブリンはすぐそこまで近づいていたようでギルはもう一度防御の体制に入る。
そしてさっきと同じように丁寧に対処して後ろから不意打ちを仕掛けてきたゴブリンも倒す。ゴブリンを倒した後もその場で構えたまましばらく待ってみるが動きはない。そこでギルは警戒を解く。
(これが、試練のダンジョンか。情報通りだな)
試練のダンジョン。その名の通り試練を与えるダンジョンである。ギルは事前にこのダンジョンについて情報を集めていた。集めた情報をまとめるならば、このダンジョンは難易度を上げていってダンジョンに挑む者を試している、という一点に集約される。
(バックアタックって言うにはお粗末だったけど、タイミングはいやらしかったな。あのタイミングで後ろからモンスターが叫んだら振り向きたくなるよな。このダンジョン創ったのはもしかして悪魔か?)
などと考えながらギルはドロップを確認する。しかし紫色の小石くらいしかめぼしいものはなくそれだけを拾う。
(魔石くらいしかめぼしいものはないな。ボロボロの短剣なんて値が付かないだろうし邪魔だしな。なんでも入るっていうマジックバッグがあればドロップの選りすぐりなんて必要ないんだろうけど。やっぱりさっさと四階まで降りて荷物減らさないとな)
ギルは荷物の詰まった背嚢を背負い直し、まず最初の目的地である四階へと急ぐために少し歩みを早める。前情報から四階までならゴブリンしか出ないと知っているので少し強引に進むことにしたのだ。
(今のでゴブリン相手なら多少手こずっても何とかなるってわかったし四階の大部屋まで突っ切ろう)
ギルは二階へと繋がる階段を求めて一階の探索を続けるのであった。
その後、四階までの道のりでゴブリンが三匹まとめて襲ってきたり遠くから単独で弓を射ってくるゴブリンや盾持ちを含む複数のゴブリンなど、ゴブリンの装備の種類が増え幾つかの組み合わせでゴブリンがギルを襲ってきたものの、特に問題もなくギルは目的地である四階の大部屋へとたどり着いた。
なお、その間も二人の間に会話はなかった。
(ここが大部屋でいいのかな?えーっと確かどこかに……あったあった)
ギルの足元には、わかりやすく一部が突出している床がある。端的に言うならば足で踏むタイプのボタンと言えるだろう。つまり、トラップである。
そのトラップは本当にわかりやすく近くに寄ればすぐにわかるほどである。よほど意識が散漫していなければまず踏むことはないほどにあからさまな作り。
(これがトラップ。これを踏むとゴブリンが湧くのか。じゃあ早速準備するか)
ギルは元来た道、ここまで来た通路の入り口まで戻る。この大部屋は通路の行き止まりになっていてその通路以外に通る道はない。だからこそモンスターが湧くと逃げるにくくなり戦闘せざるをえなくなるのだが、それを逆手にとってゴブリンをわざと湧かせて狩ることで経験値を稼ごうというわけである。
そのために何をするのかと言えば。
(えーっとどこに、あったあった。携帯着火装置と火炎玉)
ギルは通路を少し行った所に背負っていた背嚢を降ろし中を探る。そして手のひらに収まるほどの大きさの丸い棒状の物と、球状の一部に火を点けるためのヒモが付いている物体――爆弾のような物――を取り出す。
背嚢から取り出した幾つかの火炎玉を腰に巻いているウエストバッグへと入れるとトラップの前まで戻る。
トラップの前にまで戻るとウエストバッグから火炎玉を一つ取りだして、そのまま手に持っていた着火装置のスイッチを押す。カチッという音とともに装置の先端から火が出る。
(おぉ、本当に火が付いた。すごい。って感心してる場合じゃない。火炎玉のヒモに火を点けて。ヒモが根本ちょいまで燃えた今!)
ギルはもう少しで火炎玉のヒモが根本まで燃えそうな所で足元のトラップを踏む。すると踏んだ途端にゴブリンが五体ほど部屋にいきなり現れる。三匹と二匹のグループに分かれて現れたため、ギルは三匹のグループの方へと火炎玉を投げる。
突然部屋に現れたゴブリンは状況を理解できておらず足元に転がった火炎玉を不思議そうに見つめる。
そんなゴブリンを余所に足元の火炎玉が炸裂する。小さな爆発を伴い炎が三匹のゴブリンを飲み込む。炎に焼かれたゴブリン達はとても苦しそうな声を上げる。
そこでやっと状況を理解したもう一つのグループは戦闘態勢に入ろうとするがギルはもうゴブリンの前まで到達しておりその無防備な首へと剣を叩き付ける。
首を切られたゴブリン達はあっさりと息絶え、未だに焼かれているゴブリンの断末魔が部屋に響く。
しかしそれも炎の勢いが次第に衰えていくのと同時に収まっていく。
訪れた静寂の中ギルは大きく息を吐く。
(事前に情報があったとはいえ緊張した。っていうかゴブリンが焼かれている時の声が忘れられないくらいきついんだけど……でも自分の命と天秤にかけるなら四の五の言ってられないよなぁ。……余計なことを考えるのは止めよう。とにかく、今ので上手くいくことは確認できたし同じことをやればいい)
ゴブリンのドロップを回収したギルは、またトラップの前まで行きウエストバッグの中の火炎玉へと手を伸ばすのであった。
何度目かのゴブリンの断末魔。ギルはドロップを回収しトラップの前まで戻る。何度も繰り返す内に慣れてしまったのかギルはどこか集中力に欠けている。
今までと同じように、火炎玉に火を点けトラップを踏む。同じことを繰り返すだけ、そう思っていたギルを嘲笑うかのようにモンスターの雄叫びが上がった。
「ぶおぉぉぉぉぉぉ」
大部屋に響くその声にギルは一瞬だけ怯む。そしてすぐにその声の主を見て驚愕する。
「お、オークっ!な、なんでっ!」
ギルは動転仕掛けるが手に持っているのが火炎玉であることを思い出しすぐさま放り投げる。咄嗟であったために狙いは定まらずオークと共に現れたゴブリンの内の一匹だけにしか仕留められていない。
「くそっ!」
ギルが悪態を吐いている間にオークはギルへと歩み寄ってくる。近づいてくるオークを見てギルはウエストバックに手を突っ込む。
(どこだ、これでもない、これも。違う、違う。あった)
ギルはまた球状の物をウエストバッグから取り出し、そのままオークの足元目掛けて投げつける。オークは気にしていないのか避けようともせずにまっすぐとギルへと向かっていく。
そしてギルが投げた球状の物が地面に叩き付けられた瞬間、球状の物が破裂し中から勢いよく白い煙が立ち上る。
「ごおぉぉぉぉ」
勢いよく立ち上った煙に驚いたのか、思いっきり吸い込んで咽たのかオークは立ち止まる。ギルはその隙に近くまで寄っていた残りのゴブリン二匹を倒す。倒したゴブリンを乱暴に蹴り倒すとすぐさまオークの方へと向き直る。
オークはまだ煙から脱出出来ておらずその場でもがいている。しかし、オークは持っている棍棒も無造作に振り回しているために容易に近寄れずギルはその場で待機する。
火炎玉に火を点けようかとも思ったが棍棒にもし跳ね返されてしまったら無駄になる、あるいは自分が危険になると思い直しそれも止める。
ようやく煙が薄れオークもパニックから立ち直ったのかもう一度咆哮する。オークは怒っているのかギルを見るその目は険しい。
一瞬の間。ギルとオークは見つめあいそしてオークが襲い掛かってくる。
「ぐおおぉぉぉ」
オークは間合いを詰めると力任せに棍棒を振りぬく。ギルは咄嗟にバックステップを踏み距離を取る。しかしオークはそのまま距離を詰めてもう一度棍棒を振る。
「うおっ」
なんとか避けるもののギルの耳に風切り音が届く。そのままじりじりと追い詰められギルは気付けば部屋の角へと誘導されていた。
後数歩下がれば角に追い詰められる、そんな距離。オークはギルから手に持つ強大な棍棒二つ分の距離。
今一度の静寂。オークはどこか勝ちを確信したかのような余裕の表情。
ギルはただオークをにらみ続ける。
そしてオークは棍棒を振りかぶる。ギルはそれを見て踏み出す。
それが意外だったのか、堪らずといった感じでゴンちゃんが叫ぶ。
「よせっ!下がれ!避けられぬぞ!」
ギルはそんなゴンちゃんの言葉とは裏腹に、更にもう一歩足を踏み出した。
「おおぉぉぉぉ、そこだぁっ!」
振り下ろされる強大なオークの棍棒の軌道に合わせるようにして渾身の力で剣を振り抜く。
降り抜かれた剣は、抵抗すら感じずにオークの木で出来た棍棒を叩き切る。
勢いの余った棍棒に振り回されるようにオークは体をぐるっと回転させる。ギルはその背中に体ごと突っ込み剣を突き立てる。
肉を貫く感触と共にオークの体を串刺しにする。オークが絶叫する。
「このやろっ。暴れんな。大人しく死ねっ!」
最後の足掻きとばかりに暴れるオークに振り回されながらもギルは剣を握りしめる。巨大なブタが二足歩行しているようなその図体は死に体であっても力が強い。
しかしそれも徐々に弱まり、オークは遂に倒れる。
「し、死んだ?死んだのか?やった!やったやった!オークを倒した!」
オークを倒してはしゃぐギルとは対照的にゴンちゃんはおとなしい。意を決してはしゃぐギルへとゴンちゃんが声をかける。
「主よ。どうして、あの時踏み出したのだ?間違えば死ぬのは主だったぞ」
問いかけられたギルはゴンちゃんを見つめて言う。
「んー、逆に聞きたいんだけどさ。ゴンちゃんの今までの相棒にでも同じことを言った?」
「そ、それは……」
ギルの言葉にゴンちゃんは狼狽える。
「多分俺はさ。ゴンちゃんが何千年?って時の中で共にしてきた相棒よりもきっと頼りないんだと思う。いくらあの悪魔がうさん臭くても悪魔は悪魔。悪魔が持ってきたゴンちゃんがその辺の魔剣なんかとは比べ物にならないのはわかってるつもりだし、そんなゴンちゃんを自力で手に入れられるような人っていうのは物語に出てくる英雄みたいな人ばっかりなんだと思う」
「先ほどのことはすまないと思っている。我は」
「違う、違うよゴンちゃん。別に責めてるわけでも謝ってほしいわけでもないんだ。さっきのは俺が浮かれていただけなんだし。ただ、俺は覚悟を知ってほしいんだよ。俺はただなんとなくでダンジョンに潜ってるわけじゃない。意志も願いもあってこの場所にいるんだ。例え頼りなくても俺は、気持ちで負けているなんて思われたくないんだ」
「……そう、か。本当にすまなかった」
「いや、そうじゃなくって」
「いや、言わせてほしい。私は主のことを見比べていた。過去の、私を手にした者達と。値踏みをしていたのだ。落胆していたのだ。だからこそ仕方ないと思ってしまった。今回は仕方ないのだと。だからこそ言わせてほしい。本当にすまなかった」
「け、結構ボロクソだったんだね、評価……」
「あ、あぁいやそのだな。そ、それで謝罪は受け入れてもらえるのだろうか?……もし、もしも。まだやり直せるというのなら、我は剣としてではなく相棒として共にダンジョンを攻略したいと、そう、思っている、のだが」
ゴンちゃんのしどろもどろな態度にギルは笑い出す。
「ぷっ。あは、あはははははは」
「な、何か可笑しかっただろうか?」
「だって俺言ったじゃん。これからよろしくお願いしますってさ。俺じゃんじゃんダンジョンクリアしないといけないからさ、これからもよろしくっ!ゴンちゃん」
「あ、あぁ。わかった。これからもよろしく頼むぞ主よ」
二人は笑う。先ほどまでのピンと張り詰められていた空気も今は柔らかい。
そんな中ふとギルがつぶやく。
「いやぁでも、どうにかなって良かったよ。あの棍棒が斬れてなかったらきっと死んでたね」
「……わかっていて斬ったのではないのか?」
「え?あ、あぁうん、斬れるって思ってやったよ?本当だよ?なんかさダンジョン入って体が軽い時があるからもしかしたらイケるかもって思ってたし?」
「……教えていなかった我も悪いとは思うのだが、それは我の能力の一つでステータスを底上げしているのだ。まさか気付いていなかったとは……」
「あ、あは、あははははは。よし、ドロップも拾ったしレッツゴー五階!ゴーゴー」
「……本当に信じても良いのか、主よ?」
「ご、ゴーゴー」
ギルはゴンちゃんの追及を避け五階を目指すのであった。
割れただけでモクモクと周りに立ち上る煙玉……仕組みはどうなっているか私も良くわかんないです。ファンタジーってことで許してください。