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試練のダンジョンと金の力11

「だ、大丈夫だよねゴンちゃん。勝てるよね?」


 ギルは弱気になっていた。あれから一晩が立ち血の上った頭もだいぶ冷え冷静に考えられるようになった。その結果やらかしてしまったという後悔だけが残ってしまった。


「あれだけの啖呵を切っておいて何を今更。最早勝つしかあるまい」


「そ、そうだけどさ。あぁ言わなきゃ良かったぁぁ。何も言わないでおけばこんなことにならなかったのにぃぃ」


 ギルは頭を抱えながら悶える。大通りを歩く人達はそんなギルを変人でも見るような目で見ている。しかしギルはそんなことにも気付けないほどに切羽詰まっていた。


「主よ、もう腹を括るしかない。乗り合い馬車の駅はもうすぐだ、今更逃げるわけにも行かないだろう?それともあの三人に泥を塗るか?」


「……わかってるよ。だからこそだよ。俺が大人しくしてればあの場は収まったんだ。結局一人で空回って迷惑かけただけだ」


 昨日はリュートの挑発に頭に血が上ってしまったがあそこで我慢さえしていれば三人に迷惑がかかることもなく丸く収まっていたはず。もちろん多少の嫌な思いをしただろうがそれだけ。犬に噛まれたことなどすぐに忘れて楽しい食事になっていただろう。そう思うと自分が情けなく、また申し訳なくも思う。


「あの三人はそうは思ってはいないだろう。むしろ嬉しかっただろうな」


「どうしてわかるのさ」


「前を向けばわかる」


 ギルは言われるがまま前を向く。するとそこにはおっさん探索者、ダズ、ロイド、ユーリがいた。


「み、みなさん!どうして」


「どうしてってそりゃ見送りだ。後これ」


 ロイドは両手で持てるくらいの包みを差し出した。受け取った袋の中身は堅くて円柱の形をしている。恐らくは瓶。しかし何なのかは見てみないことにはわからないのでロイドに尋ねる。


「これ何ですか?」


「ポーションだよ。中級だ」


 ロイドのあっさりとした返事にギルは驚く。中級のポーションともなると確か金貨数枚はするはずで包みの中には瓶が3本。もしかすると金貨十枚分はいっているかもしれない。そう考えるとこの包みは受け取れない。そう思い突き返そうとするも拒否される。


「ダメだ、持っていけ。ダンジョンってのは思ってるほど甘くない」


「いやでも」


 ギルとしても気持ちは嬉しいし中級のポーションを貰えるのはとても有難い。しかし昨日から世話になりっぱなし迷惑かけっぱなしではとても受け取ることは出来ない。


「ギル、お前さんは迷惑をかけたって思ってるかもしれないがそれは違う。昨日も言ったが俺達は嬉しかったんだ。それに試練のダンジョンに挑戦するのは俺達のためでもあるんだろ?ならそれは受け取ってくれ」


「……わかりました、有難く頂戴します」


「あぁ。それにしても荷物が多いな。それで戦えるのか?」


 ギルの背負っている背嚢(はいのう)を見ながらユーリが尋ねる。ソロでダンジョンに潜る者はマジックバックと呼ばれる多くの物を収納できる魔法の道具を持っていない限りギルのように背嚢(はいのう)を背負ってダンジョンへ挑む。とは言っても沢山の荷物を持っていけばまともに戦えないため機動力の確保もするのが一般的である。しかしギルの背嚢(はいのう)はとにかく色々詰め込んであり重そうだ。


「大丈夫ですよ。戦う時は降ろして戦いますし、低層で半分は使い切る予定ですから」


「そうか、色々考えてるんだな。それを聞いて安心したよ」


 ユーリはギルの言葉を頼もしく思った。出会ってからおおよそ二週間、ずっと攻略するために努力を続けていたことがわかったからだ。


「おっ、馬車が準備を始めたな」


 ダズの言葉に馬車を見るとそれぞれの行先別に分かれ荷物を載せたり探索者や人が乗り込み始めていた。


「ギル、あの野郎をぶっ飛ばして来い。ダンジョン内なら一発はノーカンだ」


「いや二発までなら誤射だ。気にせずいけ」


「一発も二発もダメに決まってるだろ。ギル坊、実力でねじ伏せろ。ああいうのは現実突き付けられる方がダメージがでかいからな」


 三人はギルに激励の言葉をかける。


「次会う時はお祝いの席ですね。じゃあ行ってきます」


「頼もしいじゃねーか。待ってるぜギル」


「行って来いギル」


「気をつけてな」


 そんな三人の言葉を背に受けギルは試練のダンジョン行きの馬車に乗り込んだ。





 試練のダンジョンはソーベークの街からおおよそ馬車で二時間のところにある。ダンジョンの周りにはわずかではあるが露店や簡易の宿などがあるがそれ以外には何もない。平原の真ん中にポツンと存在するダンジョン、それがソーベークの試練のダンジョンである。

 この試練のダンジョンにはあまり人がいないことでわかるように人気(にんき)がない。その理由は主に二つ。まず一つ、ソーベークの街の中にダンジョンが存在すること。そしてもう一つ、そのダンジョンに比べて遥かに魅力がないからである。特にこの魅力の無さが探索者があまりこない理由でもある。

 というのも、試練のダンジョンはどのダンジョンも共通してモンスターのドロップが悪く、踏破難易度が高い。このせいで力を付けようとする探索者以外からは敬遠されがちである。

 それに加えこのソーベークの試練のダンジョンは更に厄介でlv20以下の者しか挑むことが出来ず、またlv、所持スキル、人数によって難易度が変わるどころか二回三回と挑戦するたびに難易度が跳ね上がってしまう。この難易度が変わるシステムのせいで更に多くの人間に敬遠され今では新人がダンジョンでの経験を積むために利用している程度である。

 では、なぜこのような利益のでないダンジョンでも国が管理しているのか。それはモンスターの暴走、即ちスタンピードが起こるからである。

 スタンピードとは、一定期間ダンジョン内のモンスターを倒さなかったことでそのダンジョンの低層から中層上部辺りのモンスターがダンジョンの外へと溢れだすことを言う。

 ダンジョンから出てきたモンスターはそのダンジョンから半径数キロの範囲で3日から一週間、徘徊し続ける。徘徊している間は生物を探しており見つければ襲い掛かってくる。ただ、ダンジョン産の生物だからか決して増えることはなく一週間もすれば倒された時のように消えていく。

 しかし、いくら放置していれば消えるとはいえダンジョン内のモンスターを倒さない限りスタンピードは何回でも起こり続ける。その打開策としてこの試練のダンジョンには懸賞金がかかっているのだが一向に踏破者は現れないどころか最近は更に人気(にんき)が落ちている。それがこのダンジョンの現状である。






「やっと着いた。これ以上馬車に揺られてたらお尻が二つに割れてたね」


「あの村からこの街へ馬車で移動した時も同じ事を言っていたぞ、主よ」


「いやほんとに痛いんだって」


 長時間馬車に揺られて痛めたお尻をさすりながらギルは馬車を降りる。同じ馬車に乗っていた駆け出し探索者達も馬車から降りて露店や宿、あるいは試練のダンジョンへと思い思いの場所に足を向ける。ギルは停留所から離れていく探索者の背中を見ながら辺りを確認する。


「いない、よな?」


 そう言いながらも周りを確認するもリュートの姿は見えない。少なくとも停留所から見える場所にはいない。リュートから指定された時間は昼の12時、今は午前11時頃で残り一時間程度はある。しかし馬車が昼の12時にここへ来る便はなくこの便に乗っているかこれより前の便に乗っているかのどちらかしかない。

 ギルはビビッて逃げたか?と一瞬思いはするがそんなことはないだろうとそれを否定する。昨晩のリュートは明らかに自信があるといった雰囲気で逃げるどころか負けることすら考えていないだろう。それならば今どこに?と考えた所で見覚えのある女二人が近づいて来る。


「えぇーと、黒い髪のぉ冴えない貧乏そうな男……貧乏そうな、うーんどいつもこいつも貧乏そうでわかんない」


「もう愚痴ってないで探しなさい。見つからなかったら後でリュート様になんて言われるか」


 リュートの取り巻きの二人だった。いつぞやに見た時と同じように派手な格好をしていて周りの男達から熱い視線を送られる。しかしそれを気にした様子はなくあちこちを見ては人を探しているようだ。


「黒い髪の冴えない貧乏そうな男ってさ、俺のことかな?」


「恐らくは」


 ギルはゴンちゃんが否定してくれることを願ったもののそれを意に介さず即答する。ゴンちゃんの冷たい対応に少しがっかりするが少なくとも貧乏であることは否定も出来ず諦める。


「あの~もしかしてリュートのお付きの人ですか?」


 派手な格好の二人に近づき声をかける。二人からは花のような果実のような臭いが強く香ってくる。

 話しかけられた二人はギルの方を振り向く。そして上から髪を見て顔を見て服を見る。二人は目配せをして頷く。


「あんたがギルガメッシュ?」


「え、えぇそうです」


「ほんとに貧乏そう。っていうか何その荷物?どっか夜逃げでもするの?」


 そう言ってくすんだ金髪の女性が可笑しそうに笑う。隣の茶色の胸の大きな女もギルを見ながら嘲笑する。ギルはそんな二人の態度に腹を立てるが怒鳴っても無駄なので我慢をして尋ねる。


「俺を探してたんだろう?リュートはどこだ?」


「貧乏人がリュート様を呼び捨てなんて、ほんと調子に乗ってるわね。まぁいいわ、ここであなたの相手をする時間なんてないし。はい、これ」


 そう言って茶髪の女が手渡して来たのは紙だった。それもかなりの質の良い物で白くて丈夫そうな高級紙だ。紙を良く見てみるとそこには文字が書いてありリュートの氏名が記入されていた。


「これは契約書?本人はどこだ?」


「リュート様は少し用事があって遅れるわ。それより内容を確かめて早くサインしなさい」


 茶髪の女は高圧的な態度でサインを促す。ギルは渡された紙を隅々まで見る。


(ゴンちゃん、特に問題よね?これ)


(あぁ、契約の(まじな)いがかけてあるがそれ以外は特に変な所もない。内容も昨日言っていたことと同じだ)


 ギルは小声でゴンちゃんに確認する。ゴンちゃんも確認し小声で返事をする。


「何ぶつぶつ言ってんのよ。ビビってるの?いいからサイン書きなさいよ」


「わかってるよ。……ほら、書いたぞ」


 ギルは自分の名前を署名した紙を茶髪の女に返す。茶髪の女はギルの名前を確認した後ほくそ笑む。


「何がおかしい?」


「えぇおかしいわ。だってもうリュート様はとっくにダンジョンの中なんだから」


「は?ダンジョンの中?昼からだって言ってただろうが!」


「えぇーっとねぇ、『昼に来いとは言ったが昼になって同時に入るなんて一言も言ってない』って言っとけだって」


 くすんだ金色の髪の女も可笑しそうに笑う。しかしギルは最早そんなことに構っている余裕はなかった。契約書をひったくりギルは背嚢を背負い直すと試練のダンジョンへと走り出す。


「あ、待ちなさい!契約書を返しなさい!」


「うるさい、お前らに構ってられるか!こんな姑息なことする奴らに契約書なんて預けてられるか!」


「いーじゃん大丈夫だって。どうせリュー君が勝つよ。ほっとこ。あんたー逃げられないからねー。その契約書は正式な物だから破ったり捨てたって効力は消えないから」


 くすんだ女の声が背後からするがギルは無視をして契約書を乱暴に握りしめて走る。


(あの野郎ぉぉ。ただじゃおかねぇ。絶対勝つ!絶対負けねぇ!)


 走り出したギルはまばらな人込みをすり抜けて目的地を向かう。握りしめた手の中の契約書はグシャグシャになっている。ギルは怒りで一杯の頭でとにかく先を急ぐ。邪魔な何かの行列も無視して先へ先へと進む。


「おい、何抜かそうとしてんだよ。ちゃんと並べよ」


「えっ?」


 ギルは背後からかけられた声に振り向く。


「えっ?じゃねーよ。こっちも並んでるんだよ。ちゃんと並べよ」


「あ、いや俺はダンジョンに挑もうとしてて別に列に並びたいわけじゃ」


「そりゃ見りゃわかるって。だからこの列がそうなんだよ。並べって」


「あっ、はい。すみません」


 駆け出しの同業者の一声でギルの快進撃は止まった。


「主……」


 ゴンちゃんは恥ずかしいとばかりに落胆した声を出した。


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