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試練のダンジョンと金の力10

 それから更に一週間が経った。二週間リンドに稽古をつけてもらい最低でも最弱モンスターの筆頭とも呼ばれるゴブリンにはまず負けない程度の実力はついた。それと二週間酒場などで駆け出しの探索者や低lvの探索者から試練のダンジョンの情報も集めた。そしてダンジョンを攻略するにあたって必要なアイテムや食料、水、その他も買い揃えている。

 後は、試練のダンジョンに挑むだけとなった。


「今日はここまでだ」


 いつものようにリンドが終わりを告げる。二週間稽古をつけてもらったがリンドには一本どころか掠ることすらも出来ずじまいであった。二週間経った今でもリンドが息を切らした姿すら見たことのないギルとしては悔しいと思う反面、ただの一般人ではこんなものかと諦めにも似た思いも抱いた。

 出来ればダンジョンへ挑む前に自信をつけるために一度くらいはと思ってはいたが壁の厚さを痛感することとなり若干ダンジョンへ挑むことに気後れしてしまう。

 しかし、そんなことを言っていられるような状況ではないことはギル自身がよくわかっているために、意を決してリンドにダンジョンへ挑むことを告げる。


「リンドさん、俺明日ダンジョンに挑もうと思います。今まで本当にありがとうございました」


 ギルはそう言って頭をさげる。そんなギルの後頭部をリンドは少しの間見つめ、一度目を閉じ息を吐く。そして一言口にした。


「……そうか」


「その、いきなりですみません」


「謝る必要はない。探索者とは皆ダンジョンへと潜るために訓練を積んでいる。その時が来た、それだけだ」


 リンドの言葉は初めて出会った時のように淡々としている。しかしわずか二週間ではあるが一緒に過ごした中でリンドがどのような人間かがわかるギルにはリンドの思いがなんとなくではあるがわかる。


「その、リンドさん。俺がダンジョンから帰ってきたら一緒にお酒飲みに行きませんか?ほら、初ダンジョン祝いみたいな感じで」


「……初ダンジョン祝い、か。探索者になったんだ。初めてダンジョンに挑んだくらいで祝い事をしていてはお金がすぐに無くなるぞ」


「あっ、じゃあ止めときます。他にも知り合いいるんで」


「やらないとは言っていない。一言も、一言もだ」


 ギルのそっけない返事にリンドは食い気味に言う。


「はい、じゃあ楽しみにしてますから。ダンジョンから帰ってきたら一緒に行きましょう」


「あぁ。……確かこういう時は『帰ったら酒を奢ると約束しただろ』と言うんだったか?」


「それ死んじゃうやつですよ!!止めてください、帰ってこれなくなります!!」


「ふっ。冗談だ。俺もからかわれてばかりではない」


 ギルの驚いた顔にリンドは目元を少し緩めて薄く笑う。その顔はしてやったりといった顔でリンドを知る者にとっては明日は雨が降ると言い切れるほどに珍しい表情だった。

 それは二週間程度の付き合いのギルも同じで、笑ったどころか冗談まで言い始めたリンドに驚きを隠せない。


「……ほんとにリンドさんですか?もしかして変な物でも食べました?ダメですよ、Bランクにもなって拾い食いなんてしちゃ!」


「……なぜそうなる?なぜ疑う?俺が冗談を言うのがそんなに変か?」


「はい」


「なぜ即答する。ギル、お前は答える義務があるぞ」


「え、いやだって。そのそれはリンドさんだから、としか」


「ほう。それはどういう意味かきちんと聞かないとな。構えろ」


「え?いやさっき今日ここまでって言ったじゃないですか。終わりですよ?」


「明日ダンジョンへと挑むのだろう?前祝いだ。帰ってこれるようにしっかり指導してやろう」


 そう言いリンドは木剣を構える。目つきは最初にあった時とは比べ物にならないほど鋭い。リンドは木剣を構えたまま少しずつ近づいてくる。その襲い掛かる恐怖にギルは抗う術も逃げる術も持たず、結局それから二時間ほど指導を受けた。





「と、言うわけで明日ダンジョンに挑戦しようと思います」


 所は変わってギルドの酒場。ギルはこちらで出来た知り合い、つまりおっさん探索者の三人に会いに来ていた。今まで世話になったことと、準備が整ったことを伝えるためだ。


「そうか!明日か。そいつはめでてぇな!」


「あぁ、めでてぇ。それにしても明日か。時が経つってのは早いもんだ。ギルと出会ったのがついこの間のように感じられるぜ」


「は?ギルに出会ったのはついこの間だろうが。おいユーリこのボケた野郎はPTから抜こう。ボケた奴を入れてても意味がねぇ」


「あぁ?」「おぉ?」


「よさねーか二人共。ギル坊の門出って時にくだらねぇケンカはよせ」


 二人は睨みあったままだが渋々といった様子で椅子に座る。ユーリはそんな二人に構うことなく近くにいたウェイトレスに声をかけた。


「お嬢ちゃんビールを三つとジュース、適当なつまみと後肉料理を持ってきてくれ。こっちのが明日ダンジョンに潜るんだ。美味いのを頼む」


「ビール三つジュース一つにおつまみとお肉ですね。かしこまりました。高いやつもってきますねー」


「あぁ頼む」


「ゆ、ユーリさん。俺お金なんて持ってないですよ!」


 ギルは慌ててウェイトレスを止めようとするがすぐにユーリに遮られる。


「明日の主役に金出させたりしないさ。奢りだ奢り」


「そーだぜギル。景気づけだ、食っていけ」


 ギルはそんな三人の好意を受け取れずに戸惑う。この街に来て知り合いもいないギルの世話をしてくれたのは主にこの三人でとても感謝をしている。他の探索者とトラブルになったりしなかったのはこの三人のおかげだろう。だからこそこれ以上は甘えられない。


「お待たせしました。ビールとジュースとおつまみでーす。高いお肉はもうちょっとお待ちくださーい」


「おぉ来た来た。ほれギル、おまえさんも」


「え、でもその俺はお金も」


「金なんていいんだよ。俺達は女房もいないから金なんて貯まる一方なんだしよ。それに俺達はやりたいからやってるだけだ。気にすんな」


 ダズはギルにジュースを渡し強引に持たせた。


「そうそう。酒飲んで管巻いてるおっさんの話をわざわざ聞いてくれる若者に飯を奢ってやってるだけさ」


「それにギル坊。お前さんちゃんとした物食ってないだろ。腹は膨れるだけの安い飯でも食ってるんじゃないか?」


 ユーリの言葉にギルは目を丸くする。


「なんでって顔だな。ちゃんと見てるんだぜ俺たちは。お前さんに出会った時よりも少し痩せたな、とかな」


「だからよ、遠慮せずに食いな。ちゃんと食わないで明日はダメでしたなんてことにならないためにもな」


 ギルは三人の顔を見つめる。厳つかったりごつかったりする顔がにやりとする様は多少怖いがその笑顔には確かな暖かさを感じる。孤児院にいた頃にも見た笑顔。それがなんだか懐かしく感じるようなくすぐったく感じるようななんとも言い難い気持ちにさせられる。

 だからこそギルは素直に言えた。


「そうですね、それじゃあごちそうになります」


「うっし。ギルも素直になったところで乾杯といこうや」


「なんでてめぇが仕切んだよ」


「こんな時もケンカすんな。ったく。ギル坊の試練のダンジョン挑戦を祝って、乾杯!」


「かんぱーい」


 乾杯の音頭に合わせて四人はグラスを合わせ、一気に飲み干したその時。

 男が声をかけてきた。


「誰が試練のダンジョンに挑むだって?」


 男はリュートだった。リュートからの態度からはいつもの嫌味たらしさが滲んでいる。


「あん?お前さんも一緒に飲むか?」


「はっ。誰が貧乏人なんかと。安い酒が余計にまずくなる。それより誰が挑むんだ?」


「なんだてめぇ」


 立ち上がりかけるダズをギルが止める。ユーリは突然割って入ってきたリュートを赤ん坊をあやすようにあしらう。


「いや悪いな。五月蠅かったか。次からは声を抑えるから、わりぃな」


「そんな話をしているんじゃない。誰が挑むんだと聞いて……ん?お前どこかで見たことがあるな」


 リュートはダズの腕を掴んでいたギルを見て記憶を辿る。しかしリュートはギルを思い出すことが出来なかった。リュートにとって貧乏人は覚える必要もない石ころと大差がないからだ。


「思い出せないな。まぁいい。恰好からして貧乏人、どこかで絡まれたかしたんだろう。それよりもしかして挑むというのはお前か?」


 リュートはギルを嘲るような目で見る。どこからどう見ても金の無い平民がダンジョンで稼ぐことを夢見て探索者になりましたといった風貌で、他のと違うと言えばそのボロ服に不釣り合いな美しい装飾のなされた柄をした剣くらいだ。

 その剣も、剣くらいはとなけなしのお金をつぎ込んだのかと思うと哀れにすら思う。

 ギルはリュートの視線になんとなくバカにした意味合いがあることがわかるものの、相手が豪商か貴族なのだろうと思っているために強く出ることも出来ず視線を下へと逸らす。


「なんだ図星か。それにしてもこんな貧乏人が明日ダンジョンに挑むくらいでお祝いだの乾杯だの、底辺を這いつくばっている探索者っていうのはおめでたい奴ばっかりなんだな。こんなのばっかりなら俺でもすぐに上にいけそうだ。いや、めでたいめでたい」


 リュートの安い挑発に三人は眉一つ動かさない。探索者をやってきて培った物はこんなことで揺らぐことはない。所詮リュートの挑発など赤ん坊の甘噛みに過ぎないつまらない物だった。

 しかし、ギルにとっては違う。探索者としても未熟で自分が大事だと思える物を侮辱された怒りを抑えることは出来なかった。


「取り消せよ」


「は?今なんて言った?」


「耳に金が詰まって聞こえねーのか?取り消せってそう言ったんだ」


「おい貧乏人調子に乗るなよ」


 ギルの煽りでリュートに火が付いた。リュートのさきほどまでの蔑むような目つきから怒りが籠った目つきに変わる。初めは少し嫌味でも言って馬鹿にしてやろうくらいにしか思っていなかったが、目の前の貧乏人には色々と教えてやらないといけないらしい。そう考え直しリュートはギルを睨みつける。


「お前如きが俺に盾突こうってのか?ただの貧乏人が?」


「金金うるせぇんだよ。誇れることはパパから貰える金だけか?そんな薄っぺらい奴がこの人達をバカにする権利はない。取り消せ」


「おいギルよせ。俺達は気にしちゃいない。というか気にも留めない」


 強がりでもなんでもなくこの三人は気にも留めていない。だからこそ熱くなっているギルをなだめればいい、そう思っていた。


「すみません、俺の問題なんです。大事な人バカにされて引き下がれません」


 しかし、ギルの真っ直ぐな視線に言葉を継ぐことが出来ない。


「おい、何勝手に貧乏人同士で盛り上がってる。おいお前、名前はなんだ?」


「ギルガメッシュだ。それがどうした。パパにでも泣きつくのか?」


「調子にのるなよ。……まぁいい、お前は取り消してほしいんだよな?ならば俺と勝負しないか?」


「勝負?一体何で勝負するって言うんだ」


「簡単だ。お前も試練のダンジョンに挑むんだろう?俺もさ。明日試練のダンジョンに挑む。だからそれで決着をつけないか?」


 リュートは余裕があるのかギルをバカにするような笑みを浮かべる。


「勝負の内容は?」


「より深くの階層へ潜れた方、あるいはダンジョンを先に攻略した方の勝ち。どうだ?簡単だろ」


「わかった。それでいい。お前が負けたら三人に土下座しろ、いいな」


 リュートの提案にギルは頷き、逆に自分の要求を加える。


「あぁ。ただし、お前が負ければお前は向こう一年俺の召使いだ」


「わかった」


「お、おい待てギル坊。何言ってんのかわかってんのか?」


 リュートの要求にユーリが慌ててギルを止めようとするが、リュートがそれを遮る。


「おっと外野は黙ってな。そこの貧乏人が言ってただろ?自分の問題だって。おいギルガメッシュ、明日正式な契約書を持ってくる。明日の昼の12時、試練のダンジョン前まで来い。いいな、逃げるなよ」


「お前こそパパに泣きつくなよ」


 リュートはギルの挑発を無視してギルドから去っていく。黙っていた三人はギルに詰め寄る。


「おいギル。お前何やったかわかってるのか?」


「はい、わかってますよ。でも大丈夫です。あいついっつも女侍らせてフラフラしてるようなチンピラですから。負ける気しませんね」


「俺達のために怒ってくれたのは嬉しいがやり過ぎだぜ」


「もし立場が逆だったら皆さんも俺のために怒ってくれたんじゃないですか?」


 ギルはダズとロイドに淡々と返す。そんなギルにユーリはため息をこぼす。


「過ぎたことはどうしようもない。あいつは召使だなんて言ったがそこまで大事になることはないはずだ。もし何かあっても俺達がなんとかする。だからよ、ギル坊。

 俺はお前があいつに勝つってそう信じる。いいな?」


「……はい、絶対に勝ちます」


 ギルの自信に満ちた言葉に三人は安堵する。少なくとも気持ちで負けているわけでないのだと。ならば自分達はこれ以上ゴチャゴチャ言わず明日に備えさせるべきだとも。


「んじゃあ仕切り直しといくか。明日に備えて飯を食おう」


 そうして四人はテーブルを囲み食事を始めた。


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