試練のダンジョンと金の力7
門をくぐるとそこには倉庫としてはそこそこの大きさの建物と広めの空き地があり、そこには訓練をしているのであろう探索者がちらほらいた。探索者達は素振りや型の練習、あるいは対人形式の訓練、魔法使いや飛び道具を使う者達は備え付けられている的に目がけて各々撃ち込んでいる。
「すごっ。これ全員探索者?」
「そうだ。立ち止まるな。あそこの倉庫に行く。来い」
倉庫と呼ばれた建物は門や塀に比べると立派でドアは鉄と木で作られており鍵がついていた。窓は必要最小限に留めてあり人が簡単に出入りできるような大きなものは無い。一言で表すなら無骨や機能重視といった所だろうか、飾り気のない建物である。
「邪魔するぞ」
「おぉリンド、指導官の仕事か?精が出るな」
「……そんな大層なものではない。剣を一振り貸してくれ」
倉庫の中には簡素な受付と様々な武器が揃えてあった。しかし武器の全ては木で作られており矢に至っては鏃は付いていない。リンドは受付の男へと話しかけると受付にある冊子に何か記帳していた。
「一丁でいいのか?指導をするんだろう?」
「必要ない。こいつは剣も振ったこともない素人だ。まずは素振りをさせる」
「そうか。中々良い指導官ぶりじゃないか?リンド」
リンドとは顔見知りなのか受付の男はリンドへ親しそうに話しかける。しかしリンドはそれにもそっけない。受付の男も男でリンドのそっけなさを気にせずに話しかけている。
「ギルガメッシュ、と言ったな。来い、お前に合う木剣を探す」
「は、はいっ」
そんな二人を見て何がおかしいのか受付の男はくくくと口角をつり上げるのであった。
「持て」
リンドは木剣の置いてある場所で「2」と書いてある箱から一振りの木剣を取りギルに渡す。差し出された木剣は柄もないシンプルな作りで特にこれといった特徴もない。しかし、
「お、重い?」
「ふむ、じゃあこっちを持ってみろ」
「重っ!これ本当に木剣ですか?」
「あぁダンジョンでは鉄の剣を振るからな。それに合わせて木剣も色々と細工してある。それでダメならこれでいいな」
そう言われて渡されたのは「3」と書いてある箱の物だ。これも見た目は木だが中に何か詰め込んであるのか鉄の剣のように重い。
「次から振る時は「3」を振れ。軽く感じてきたら数字を上げていけ。じゃあ実際に素振りだ。外に行くぞ」
「はっはいっ」
またさっさと外へと向かうリンドの後に続きながらもギルはリンドへの不信を募らせる。
(やっぱこの人あれかな?上っ面だけ教えてはいお終いみたいな感じの)
二人は倉庫から出て空き地の人のいない場所へと移動した。
「……まずは素振り、と言いたい所だが先にその腰の剣を見せてくれ」
「えっ?な、なんでですか?」
「……見るだけだ。何もしない」
そう言い凄むリンドの目に逆らえるはずもなくギルはゴンちゃんを渡す。
(ゴンちゃんがすごい剣だってわかってて奪われるんじゃないか?いやでも、ゴンちゃんは俺しか使えない。大丈夫、のはず)
手渡されたゴンちゃんをリンドはじっと見つめる。その目は真剣そのもので盗んでやろうなどと邪念のあるような目ではなかった。中古で買った鞘から抜くと軽く振り刃の部分を少し見つめすぐに鞘へと戻す。
「良い剣だ。かなりの業物だ。どこで手に入れた?」
ギルへと手渡しながらリンドは尋ねる。ギルの心臓が跳ねる。
「な、何か気になるところがありましたか?」
「いや、問題ない。それどころかとても素晴らしい。俺はこれほどの物を見たことはない」
「そ、そうなんですか。いやー知りませんでした。貰ったものでしたから」
「……貰った、か。中々太っ腹な人間もいたものだ。あるいはこれの価値がわからなかったか……何にしてもこの剣は使うな、いいな」
「えっ?ど、どうしてです?良い剣なんですよね?使ったら何か不都合が?」
いきなりのリンドの言葉に驚く。正直に言ってゴンちゃんの力を頼ってダンジョンを攻略する気満々だったギルにとってそれは大変困る。というか従えるものではない。
「……言葉が足りなかったな。今はまだ使うな、ということだ」
リンドはギルの目を真っ直ぐ見つめて言う。
「今はまだ理解できないと思う。だが良い剣、それも世界に数本もないだろう剣だ。剣を振ったことがないお前にとってこれは逆に枷になる」
「枷、ですか?」
「あぁ。簡単に言うならなんとなく、でなんでも斬ってしまう剣は使用者に錯覚をさせてしまう。まるで自分が剣豪だと思わせてしまうほどのな」
「錯覚、ですか。わかったようなわからないような」
「……そうか。まぁそれよりもだ。それは横に置いてまずはその木剣を振れ。いいな」
「えっあはい」
そう言われギルは木剣を振り始めるのであった。
(きついっ)
リンドから素振りしろと言われ振り続けて幾何か。ギルは孤児院で生活している間、村の畑仕事を手伝ったり力仕事を手伝ったりとそこそこ体力はついている。しかし、一度も振ったことのない剣は畑仕事などで使う筋肉とはまた違う筋肉を使い更にいつまで振ればいいかもわからない状況では疲弊もしやすい。
ギルは全身から玉のような汗を流し息を切らしながらリンドへと尋ねる。
「あの、リンド、さん。これいつまで振ればいいんですか?」
「……もっとだ」
「それっ、さっきも言いました、よっ」
「……なら、もっとだ。いっぱい振れ」
(えぇ。指示それだけ?なんかもっと変な所があるとかそういうのはないのかっ?)
「あっ、あのリンド、さんっ!何かアドバイスとかっ、ありませんかっ!悪い所、とかっ!」
ギルは素振りを続けながらリンドとの会話を続ける。リンドはギルの言葉にぽつっと呟く。
「……良くなってきているぞ。少しずつだが、様になってきている」
「えっ!?」
「……どうした?」
リンドの呟きにギルは素振りを止めてしまう。それを不思議そうにリンドは見つめる。
「え、あっいえ、そのなんでもないです。途中で止めてしまってすみません」
「いや、何かに驚いたから素振りを止めたんだろう?それくらい俺にもわかる。何かあるなら言え」
「え、あーその。そのやみくもに素振りしててもよくわからないからなんか少しでもアドバイスがもらえたらなって思って。だからそのぉ」
「必要か?」
ギルはリンドの機嫌を伺いつつ尋ねるがリンドは分からないといった風に尋ね返す。その言葉には怒りや侮蔑、そういった負の感情は感じられずただただ不思議だと言わんばかりだ。
「えっ。えぇっとそのぉ。なんでもないです!素振りやります」
「待て。なぜ話を逸らす。言いたいことがあるなら言え。……もしかしてあれか?お前も俺が怖いのか?」
「えっ。いやーそのぉ」
(どうすんのこれ、どうすんのこれ!本人自覚なかったのかっ。少なくとも目つきは怖いですよ!)
リンドの率直な問いに答えに窮するギル。ここで怖いと言ってしまうと怒るだろうか悲しむだろうか、そんな考えが頭によぎったギルが出した答えは。
「いや全然そんなことないですよ。怖いなんてことはないです」
嘘だった。
「ただ、そのほら。リンドさんって基本無口だから。何考えてるのかなーって。ハハハ」
「そうか。……やはり俺は怖くなんてない。……しかし無口、か。あまり考えたことはなかったな」
(切り抜けた、か?)
うぅむと眉間にしわを寄せ悩むリンドの表情からは合否の判断は難しい。ついさっきからの付き合いのリンドの口から今度は何が飛び出すのか全くもって予想出来ずギルは自然に身構える。
それから少ししてリンドは考えがまとまったのか顔を上げギルを見る。
「ギルガメッシュ、俺はどうしたら良いと思う?無口だと言われないためには何を喋れば良い?」
(え、あ、うん?金貨三枚払って講習受けたのになんか逆に人生相談されたんだけど、どういうこと?)
知らないよと突き放したい所だが相手が相手。先輩でランクはB。生意気なことなど言えないギルは、とにかくその場を取り繕うことにした。
「リンドさん、そのほらあれですよ、あれ。えーっとそう!剣の素振りも一日では形にならないように無口な人がいきなりペラペラ喋るなんて無理ですよ。だからーほらー、そのぉ。あっ、とにかく素振りに戻りましょうよ。指導内容について喋ることから始めましょう!それならリンドさんも話しやすいでしょうし僕もアドバイスがもらえますから」
「なるほど、それなら確かになんとかなりそうだ。なんだ、アドバイスをすれば良かったのか」
そんなことで良かったのかと清々しい表情で頷くリンド。そんなリンドになんとも言えない表情をするギル。
「そうだ、さっき悪い所がないかと聞いてきたな。そもそも俺が一切何も言わずに素振りをさせたのは疲弊させるためだ。なぜかと言うと疲労して余計な力が入らない状態でどう振れば良いのか教えた方が身に付きやすいからな。ついでに剣を振る際に必要な筋肉も付く。
だからとにかくまずは無心で振らせることが必要だった。悪い所を教えるのは最低限の型を覚えてからだな。というわけで素振りを続けてくれ」
最初からそうして下さい!!と言いたくても言えないギルは顔を引きつらせながら素振りを再開するのであった。