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使用人のおもてなし

 新婚二日目の夜。

 パスカルは疲れた顔で地下の大部屋の椅子に座り、周りを見渡した。掃除させたおかげか今日は臭いが薄い。

 侍女、洗濯係、侍従、コック、銀器磨き、買い出し係――アレマン家のあらゆる使用人がテーブルを囲んでいた。みな、セルジュの復讐計画を知っている者ばかりだ。

 パスカルは薄情にもわくわくしている使用人たちに囲まれて声をあげた。


「――では、第一回使用人会議を始めます」


 わっと歓声があがる。

 もともと使用人会議などというものはない。ただ使用人全員の意見の一致により開催されることになったのである。

 パスカルはまずコックのポールを見た。


「今朝、リュシー様からポールへ感謝の言葉を預かったよ。ご飯が美味しいとかなんとか」

「ああ、気に入ってもらえてよかったぜ。奥様がここへやって来てからずっと最高級の食材使ってるかんな。気合い入ってんよ」


 ポールは飄々と言ってのけたが、主人の復讐対象であるはずのリュシーをごちそうでもてなしているということになる。

 どよめきが起きた。

 パスカルは出納係の男(ざいむたんとう)に目を向けた。出納係が許可しなければ高級食材など買えるはずがない。


「どういうことなんだ? いいの?」

「ええ、そもそも旦那様の指示なのです。財政を圧迫するような値段ではありませんし」

「セルジュ様の指示?」


 パスカルは目を点にした。みな首をかしげている。

 ポールはがりがりと頭をかいた。


「奥様には美味いものを喰わせろって言われたんだよ、セルジュの旦那に。一口で天にも昇るような心地になるごちそうを作れってな。いやあ、正直俺にもわけわかんねえんだけど」


 沈黙が落ちた。

 復讐相手に、美味しいごちそうを食べさせる。意味不明である。

 パスカルは遠い目になった。


「……たぶん、それ本当は結婚式当日だけのつもりだったんじゃないかな」

「あら? 復讐する気なら最初から不味いものを食べさせるべきでしょう? 上級貴族のお嬢様が結婚初日から不味いものだなんて、一口で不幸な気分になりそうじゃない」


 女給頭のマリーが首をひねる。実に正論であった。


「たぶん、だけど。ロマンチックな求婚をして、幸せな結婚をさせて、屋敷でも美味しいものを食べさせて。そうやってリュシー様を幸福な気分にしておいてから初夜で地獄に突き落とすつもりだったんじゃないかな」

「でも失敗したのよね」

「うん。それがよほど想定外だったんだと思う。セルジュ様は苦戦するあまり、今日からの食事のレベルを下げろと言い忘れたんじゃないかと」

「ひっひっひ、そうかよ! 俺はまー、そんなら知らんぷりして美味いもん作り続けることにするわ! 奥様に恨みはねーし!」


 ポールがゲラゲラ笑い出した。庭師は吹き出して椅子から転げ落ち、真面目な出納係でさえも苦笑している。

 パスカルは今度は衣装係のジャンヌの方を向いた。


「セルジュ様は君にはなんか指示出した? リュシー様について」

「うん、こっちは婚約した直後からね。結婚式用のドレスと平行して、こっそり普段使い用のドレスを10着作るからリュシー様に内緒で屋敷で管理しろって言われて。初夜の前に屋敷を案内するでしょ、その時に見せろってね」

「ああ、だからリュシー様、クローゼット見て感激してたのか……」

「宝飾品もリュシー様用にたんまり揃えたからね。綺麗に飾っておいたんだよ」

「あれらも最高級品ですよ。今まで旦那様は地道に貯金なさってましたから、あれだけ買っても財政的には全く問題がなかったのです」


 真面目くさった出納係の説明に、マリーが再び首をひねった。


「ねえジャンヌ。そのドレスは結局どうなったの」

「どうなったもなにも、そのまんまよ。ああ、リュシー様が今朝着ていらした深い青色のあるじゃない、あれ、そのうちの一着よ」

「うはははは! 俺だけじゃなかったんだなー奥様に最高級のおもてなしを続けてたやつは!」

「そうみたい。私だけかと思ってたんだけど、ポールまでとはね」


 ジャンヌは肩をすくめた。


 復讐したいなら、一度与えたドレスや宝飾品を新妻の目の前で刻んでやればショックを与えられただろうに、あの貧乏性のセルジュにそんなことができるはずはなかった。ならばせめて取り上げればよいのに彼はそれを思いつきもしないのである。


 ポールの笑いがますます酷くなった。庭師は床の隅で腹を押さえて痙攣し、銀器磨きの少年は顔を真っ赤にしてプルプルと震えだした。


(もともとは誰よりも優しいからなあ。俺を拾ってくれたくらいだし)


 パスカルは遠い目で皆に呼びかけた。


「僕、屋敷の管理については聞いてないことが多いんだ。リュシー様のためにセルジュ様がなにをしたか知りたいんだけど、なにか指示された人は挙手して教えてくれる?」


 庭師が床に転がったままで手を上げた。


「薔薇やらダリアやら、とにかく綺麗な花をたくさん育てろって言われててなあ。ずいぶん前から。んで、結婚式の日にそいつを切って、奥さんの部屋やら寝室やら廊下やらに飾り付けたんだよなあ。もちろんそいつを片付けろなんて言われてねえからそのまんまだぜ、ぷぷぷ……ウッ笑いすぎて腹が痛む」


 部屋の隅に座っていた馬屋番がのんびり手を上げた。


「そいやオイラも、結婚式の馬車で使うやつ以外の馬も綺麗にしとけって言われやした。万一リュシー奥様が馬を見てえって言われたら大変(てえへん)だって。クソの臭いを消してオイラも風呂入れってうるさく言われやした、へえ。ですから今日もぴっかぴかでさあ」


 気の弱そうなランプ係の青年がおそるおそる手を上げた。


「ぼ、僕も……あの、結婚式の一週間前だったと思うんです、たぶん、屋敷中のロウソクを蜜蝋(みつろう)の高級品に変えろって言われて。ほら、いつもここでは安くて煙が出やすい、く、臭いやつ使ってるじゃないですか。だから……」


 侍女が困ったような笑顔で手を上げた。


「私、リュシー様を王女様だと思ってもてなせと言われたわ。香油や高級ブラシ、絹の寝間着を渡されて。だから昨晩も今朝も、先ほども丁寧にマッサージさせて頂いたわ。そういえばベッドもセルジュ様のご指示で買ったもののはずだけど、寝心地が良かったみたいでね、リュシー様が今朝にこにこしておられたわ。お肌もつやつやで」


 それからも使用人たちは次々に手をあげた。

 セルジュからの指示どれもこれも、リュシーに最上級のもてなしをしろとの内容であった。しかも、それをすべて撤回し忘れている。

 つまり今のところ、セルジュは言葉でリュシーを蔑む点を除けば、リュシーに最高の待遇を与え続けているのである。


 沈黙が訪れた。

 笑い上戸のポールですら、笑い疲れて言葉も出ない様子であった。


 ――普通逆だろ、復讐相手に尽くしてどうすんだよ!


 使用人一同の思いはここに一致した。

 ジャンヌはうーん、と唸ると眉間に皺を寄せて立ち上がった。


「で、それでみんな、旦那様の復讐計画のことどう思ってんの? このままだと絶対成功しないってみんなわかってるわけでしょ、それからどうするの? セルジュ様を手助けしてリュシー様を絶望に追い込む? それともセルジュ様が失敗し続けるのを見守る? 復讐を止める?」


 使用人たちは顔を見合わせた。

 セルジュがブロー伯爵を憎み復讐を望んでいることは誰もが知っていた。そして復讐がなされることを誰もが応援していた。

 が、今の復讐相手はブロー伯爵ではなくリュシーである。復讐相手の子にまで復讐するというのはこの世界では普通のことだが、いくらブロー伯爵が悪人だとしてもリュシー自身に罪はないし、リュシーの明るく朗らかな性格に使用人はみな惹かれていたのである。


 出納係が顔を曇らせた。


「そこなのですよね。旦那様の気持ちは応援したい。けれどリュシー様につらい思いはしてほしくない。そう思ってしまうのです」


 使用人たちは一様に頷く。

 パスカルは顎に手を当てた。


「そのことなんだけど、ちょっとひっかかることがあるから保留にしてもらっていい?」

「現状維持って意味かあ?」

「うん。ねえ、誰か、若草色という言葉を最近聞いた人、いない?」

「それはもしかして『若草色の君』に関することですか? なぜ彼女のことが今更?」

「いや、僕にもわからない。関係ないかもしれない。でも旦那様の寝言を聞いて思い出したんだよ、最近どっかで聞いたなって。しかもアレマン家以外のところで」


 マリーがはっとしたように顔を上げた。


「ああ、私も聞き覚えがありますわ。確かブロー家の侍女の方が結婚式の打ち合わせで仰っていたのです、若草色は奥様の色だと」

「あ、それだ!」


 パスカルはやっとスッキリした。あの時は貴族の出席者を確認するので忙しく聞き流してしまっていたが、頭のどこかで気にかかっていたのだ。後で確かめようと思いつつも今の今まで忘れていた。

 ポールが「おい、ちょっと待て」と大声をあげた。


「『若草色の君』ってあれか、セルジュの旦那の初恋の女ってやつだったか? 探しても見つかんねえっていう」

「うん。ブロー伯爵がなにかしたに違いないとセルジュ様は言ってたんだけどね」

「待って、パスカルさんは『若草色の君』がリュシー様だって言いたいの? 『若草色の君』は瞳が若草色なんでしょう、リュシー様の瞳はオリーブ色よ。もっと濃いわよ」


 侍女が頭を振った。たった二日といえど侍女はリュシーにつきっきりで世話をしていたから、リュシーのことはここにいる誰よりもよく知っていた。

 パスカルは大きく頷いた。


「うん、そこなんだよ。リュシー様の瞳はオリーブ色で、髪は薄めの金色。それなのになんでリュシー様の色が若草色なのか。おかしくない?」

「それ、私も思った」


 今度はジャンヌが声をあげた。


「リュシー様の宝石ね、若草色のものが多いのよ。だからなんで若草色なんですか、好きな色なんですか、って向こうの衣装係の人に聞いたの。でも今はまだ内緒です、って言われちゃって。そのうち教えてくれるのかなあ」

「それは、なんだか裏がありそうですね」


 出納係の言葉に、一同頷いた。

 パスカルは瞼を閉じて眉間に皺を寄せた。全く根拠のない勘だったが、セルジュの探す『若草色の君』とリュシーになにか関係があるように思えてならない。


「こりゃ、一回セルジュ様と話す必要があるかもなあ」

「その前に奥様がセルジュの旦那を完全粉砕しちまいそーだけどな! 気がついたら旦那、抜け殻になってたりして! うはははは!」

「……」


 ――ありそう。


 ポールの大爆笑を背景に、再び使用人の思いが一致した。

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