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一話

 薄暗く大樹の並ぶ森の奥、そこにある森の雰囲気に似つかわしくない綺麗な館。


 私はその屋敷で両親と兄弟、数名の使用人と暮らしていた、裕福ではあったが貴族というわけではない。貴族とは違う地位、特異な役職の家だった。


<<霊封師>>


 それが我家の家業だ。

亜霊という人と別の次元で生き、特別な力を持つ存在がいる。


 彼らは多様な形を持つ、小人ようだったり、鳥獣に似たもの、奇異な姿をしたもの

妖精・魔獣・妖怪など、地域や民族によって彼らの呼び名は様々である。


 時に亜霊から人の世に働きかける事がある。

霊封師は人に害をなす亜霊の力を封じ除去するのが役目だ。


 そして私は霊封師の一族、ミレス家の娘 ノリーだ


――


 「よく見てなさい」


 幼き頃、春の柔らかな日差しが森の木々を照らす、穏やかな日の事。ベットで腰掛けていた母は私に優しくそう囁いた。 母の器のようにした両手の平の上には小さな亜霊がいた。

 日の光を受け輝く雪のような白銀の羽毛を持つ、ムクドリのような姿だった。

抵抗も威嚇もせず、手の平の上で弱弱しく蹲ってる


「……」


 母はその精霊を一瞥し、深呼吸をした。そしてゆっくり目を閉じ、数秒の沈黙が訪れる。やがて亜霊の周りは青白い光に包まれていく、光は徐々に強まり部屋中に満ちていく


「わぁあ」


 幼い私の口から少し感嘆が漏れた、その光は部屋を覆いきると途端に消えた。

母を手の平に目をやると亜霊はぼんやりと光に包まれたまま、体が少しずつ灰になって空気中に

溶け込むように消えていった。その灰も青白く蛍のような鈍い光を纏っていた。


「これが私達の仕事、人の世に迷い込み、彷徨い力尽きた亜霊を天の元へ送り届ける」


 その言葉を聞くなり私は問い掛けた。


「でもお父様やお兄様は、悪い事をする亜霊を消すのが私達の役目って言ってたよ?」


 生まれてからずっと言われてきた、霊封師とは人に害をもたらす亜霊を封じる、ごく僅かな者にしかできない特別な役目だと。母の言葉はそれと大かれ少なかれ異なっていたのに疑問がまとわりついた。


「そうですね、それも一つの役目です。ですが人の世に訪れた亜霊の中には人に関わらず、静かに向かう当ての無く漂うものもいるのです。私達は亜霊を元の世界に送ることはできない、なら見知らぬ土地で最期を迎える哀れな彼らを誠意を持って葬るのです」


 ゆっくりと母は私に諭した、それでも頭の中が困惑してならなかった。除去する事、葬る事、どちらが正しい役目なのか。頭を抱え込む私を母はいつまでも優しい眼差しで見守っていた。それから数ヶ月後に母は息を引き取った。


 病弱な母は私を生んでからはずっと寝たきりで、いつもベットに横になりながら私に話しかけていた。「彷徨い力尽きた亜霊を天の元へ送り届ける」その言葉が遺言のようで忘れられなかった。



 

 月日が流れ16歳を迎えた年、私の周りの世界は目まぐるしい程に変わっていった。私の住んでいた国とその周辺国一体で流行り病が起き、貴族も平民も問わず大勢が生を絶たれた。治療法は見つからず王はこれを亜霊のせいだと決め付けた。


 その様な力を持った亜霊などどこにもいなかった。しかし、流行り病の恐怖に正気を失った王は霊封師が亜霊を操り人々の命を奪っていると妄想した。霊封師に亜霊を従える力などない。

 

 そして王の命により、霊封師の住処、私の屋敷は兵団により火を放たれた。

 住人が寝静まった深夜にそれは決行された。


「屋敷から出てくる住人は構わず斬り殺せ! 王に叛き、尊い民の命を奪った非道な霊封師を根絶やしにするのだ!」

 

 前線に立つ鎧を着た大男が野太い声で叫んだ。炎に包まれていく屋敷からは天高く黒煙が上がり、炎の燃える轟音と悲鳴が混じり辺りに響いた。

 

 「ハァ……ハァ……」


 裏口から屋敷を出て、その先に広がる森を息を荒げ走り抜ける。どうやら兵士はまだそこには回りこんでいなかったようだ。余計な事は考えず足を振った。膝下まである白いドレスのせいで走りにくくも、炎から兵士から、なるべく遠くに逃げるため、必死に走り続けた。


 どれ程の時間が過ぎただろうか、いつの間にか夜が明けていた。それでも森の中を無言で駆ける。


「……あっ」


 疲労のあまりふらついてきた足が、僅かな土の歪みに躓いた。一瞬倒れ込んだまま冷たい土に頬を預けるが、すぐに立ち上がる。辺りを見回してみた、そこには灰色の幹に黒い葉を広げた生命力の感じない樹木が立ち並び霧が周囲をぼやかせていて、気味の悪い場所だった。


「いてて……」


 転んで擦り剥いた足を気遣いながら歩を進めた、森の奥へ奥へと。正直これ以上先には行っていけない気がした。けど、この先に自分を引き付ける何かがあるような、何か想像もつかいものに出会える……期待に似た感情がわいてきた。そして吸い込まれるように森の中を進む。

 

 森を歩いてる途中、自分の今までの人生を思い返してみた。何故だかは分からない、気を紛らわすためか退屈しのぎか。

 思い返してみると味気の無いものだった。屋敷の中でひたすら霊封師の修行、兄弟は一人前になると旅立っていき、父は留守の時が多い、母がいなくなってから自分に向かい合う人は誰一人いなかった。

 焼け死ねば良かったか、思え返しているとそんな考えが沸いてきた。それ程に意味の無い人生だった。


 

 霧が晴れてきた。そこから先に見えたのは湖だった、1周するのに10分かかるほどの大きさで周りを木々が囲んでいる。

 そしてもう一つ見えたものがあった。


「グルルゥ……」


 それは湖を挟んで向かい合っていた。遠目でも分かるほど巨大な体躯、黒い鱗、背中には二つの翼が折り畳まれていた。大衆からドラゴンと呼ばれている亜霊だ。草の上に体を丸めていたドラゴンは私に気付き鋭く蛇のような目で私を睨み付けて小さな唸り声を上げた。

 

 自然と足が動いた、湖に沿ってドラゴンの元へ行く。もっと近くで見たい、もっと側にいきたい……一目見てから不思議とそんな気持ちが溢れてきた。

 とうとうドラゴンの目と鼻の先まできた、ドラゴンはゆっくり立ち上がると私に顔を近づける。私を一口で平らげそうなほど大きな口は牙を出して先ほどと変わらない唸り声を上げていた。


『人に関わらず、静かに向かう当ての無く漂うもの』


 遠い記憶の母の言葉が蘇った。同時にある母との思い出が鮮明に浮び上がってきた。


――

  

 母がベットに横になりながら私に語りかける、いつも通りの光景だった。


「これは古くから伝わるある亜霊の話よ」 


 母が話し始めた、私は期待を抱いて静かに話を聞いた。


「灰色の木々が立ち並ぶ森に一匹の黒いドラゴンがいた、名前はログリネス。何をするわけでもなくただその森に眠り続けるだけだった。ログリネスは孤独を司る亜霊で、森に近づく者を迷わせ永遠に一人薄気味悪い森を彷徨わせる」


 一呼吸おき母は私に問い掛けた


「ノリー、あなたはログリネスをどう思う」


 私は率直な感想を言う


「酷いドラゴンだわ、自分の住処に近づく人にそんな事するなんて。お父様に除去されるべきよ」


 母は肯定も否定もせず、微笑んだ。


「そう……けど、人を孤独にするログリネスもまた孤独な存在よ。除去ではなく、最期まで寄り添い葬ってあげようとは思えないかしら」


――


 それを言った母はどんな表情だったかは思い出せない。聞いた当時は母の言葉の意味が理解できなかった。けど今なら……


「私と……同じなんだね」

 

 確証なんて無いが私はこの目の前のドラゴンをログリネスだと信じた。

 そっとログリネスの口元に手近づける。


 「ガルルゥ」


 ログリネスの唸り声は手が近づくにつれ強くなる、目も鋭さが増す。そんな事に恐れは感じなかった。

  




       手が口元に触れた。

 


 冷たく湿っていて、ざらついた手触り。生まれて初めて味わった感触だ。ログリネスの唸りは気がつくと止んでいた。私を黙って見下ろすだけだった。

「もう……大丈夫だから、独りの時間は終わるから」


 深呼吸して目を瞑る、そうするとあの青白い光がログリネスの巨体を包み込む、しかし途端に光は消え辺りは再び薄暗くなった。 

 目を開けず私は暫く考えた、亜霊であるログリネスを除去する、それが本来の私の役目だ。なのにそれが正しいとは思えない自分がいた。


 数秒考えても答えは出ず、目を開いた。目の前の光景に驚き少しの間硬直した、そこには頭を下げたログリネスの姿があった、それを見て私の中で答えは決まった。

 

「独りは終わるよ……だって、私がずっと傍にいるから」

 そう言って私はログリネスを額に自分の額にくっつける。


 この誓いがこの先どんな出来事を起こすか私はまだ知らなかった。

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