バイト
小さな花によって放たれた光が放流が収まると、小さな花は消えてなくなっていた。代わりに真っ暗だった地下室ではなく、人工的な明かりが灯る部屋の中にいた。
辺りを見渡すと巨大な椅子に巨大な人が座っている。最初は巨大な柱かと思った。明かりに目が慣れてきて、人の足らしき肌をしていると思って見上げていくと膝小僧が見えた。それは巨大な膝小僧で、それ以上上が見えない。ただ、膝より上は見えなくても巨大な人だと理解できた。
「あ、あのぅ」
自分の状況が分からずに、恐いと思いながらなんとか言葉を絞りだす。だが、ドモッてしまい上手く言葉にならない。
「小さき者よ。どこから迷い込んだ」
空から降り注ぐような声に体が震える。恐い、怖い、コワい。今の状況はヤバい。確実にヤバい人の前にいる。
「えっと、あの、それは」
思考がまとまらず、何を言っていいのかわからない。異世界人?学生?日本から来ました?おいおい。どれを言っても助かる気がしねぇよ。
頭をフル回転させて状況判断と両手をこすり合わせる。これは昔からの癖だ。両手をこすり合わせると落ち着くのだ。
「何をしている」
「はっ、私は……えっと、ここに迷い込んだといいますか。信じてもらえないかもしれないのですが、異世界からやってきまして」
「なにっ、異世界からだと」
うぉっ!思ったより反応がデカい。とっさにウソが思いつかなかった。イマリのことを省いて説明したが、よかったのか?悪かったのか?どっちだ。
「貴様が異世界人であると証明することはできるのか?」
巨大な人の問いかけに答えを考え、先ほどまでライト代わりにしていたスマホを取り出す。
「これは異世界の道具でスマホといいます。同じものを持っていれば遠くの者と通話ができ、他にも計算やライトなど様々な科学技術が詰め込まれています」
「科学技術?魔工学のことか?」
「魔工学?すみません。魔工学は分かりません。科学は電力を応用して機械を動かしているんです」
俺に科学の専門的な知識はない。それでも必死にスマホの説明と、俺の住んでいた世界が科学技術の発展した国であるか説明した。
「魔法のない世界か」
「はい。魔法なんてみたこともありません。空想や物書きで表現はされはしますが」
途中で巨大な人から魔工学は魔力を使った技術で科学に近いものだと説明された。この世界では草木を汚染することは禁じられており、人々は世界樹と共に生きている。
「ふむ、なかなか面白い話であった」
話し終えて、いつの間にかかなりの時間を巨大な人と語り合うことになった。最初こそ怖いと思ったが、巨大な人は博識で、こちらの意見にもちゃんと耳を傾けてくれる人だった。
「あのぅ、それで元の世界に帰りたいんですが。どうすればいいでしょうか?」
「確かにそれは帰りたかろう。帰してやりたいのはやまやまなのだが、方法を知らん」
「はっ?」
「だから、わしは方法を知らん。だから自分で探すのであれば、手伝ってやってもよいぞ」
知らねぇのかよ。てか、手伝ってやってもいいって案外良い奴じゃね。こんな巨大で危なそうな奴に逆らう気ねぇよ。
「ありがとうございます。ぜひお力添えください」
「ふむ。だが、タダというわけにはいかん」
タダではないだと。だが、偽善者よりよほど信用できる。やはりこれほど巨大な奴であっても人に変わりないのだ。
「何をすればいいのでしょうか?」
「ふむ。魔王やってみるか?」
「はっ?」
巨人の言葉に俺は意味が分からず、膝小僧を見上げる。相変わらず顔は見えない。だが、何言ってんだこいつみたいな表情になっていたことだろう。
「だから、魔王じゃよ」
じょよ?なんか語尾がおかしくなった。
「魔王ですか?」
「そうじゃよ。ワシこそ世界を統べる魔王ベルハザードじゃ」
「……え?」
人間驚きすぎると言葉が出てこない。ヤバい奴だとは思っていたが、まさかの魔王宣言に言葉がそれ以上出てこない。
「主の世界には魔王はおらぬか?」
「……はい」
「ふむ。魔王という言葉だけでは恐ろしかろう。だが、この世界では我が世界を支配している者なのだ」
突然巨大だった魔王の身体が縮んで目の前に老人が現れた。顔中に髭を生やした老人は疲れた顔で俺の前にいる。
「あなたは?」
「ワシが魔王ベルハザード。世界を統べし者じゃ」
どうやらこちらが素の魔王らしい。そこにはヨボヨボで疲れ切った老人がいた。
「大丈夫ですか?」
「大丈夫じゃ。戦闘になれば、まだ若い者には負けん。じゃが、魔王というのはしがらみや雑務が多い。ワシは雑務は好かん。どうじゃ?代わりに魔王となり、雑務をこなしながら帰る手段を探してはみんか?ここならば様々な情報も集まろう」
魔王の申し出は願ってもないことだが、明らかにおかしい点が一つある。
「それはわかりましたが。私に魔王になる資格はないと思うのですが」
「そこはほら、わしの隠し子的な扱いにするから大丈夫じゃ」
アバウトすぎる。だが、権力を手に入れるというのは悪い気はしない。しかも、マサキたち勇者と戦う側ならば、いつかマサキたちにざまぁーみろと言えるかもしれない。
「わかりました。その任引き受けさせて頂きます」
「ちなみに魔王はバイトじゃかな」
いつも読んで頂きありがとうございます。