拠点
「それで?ここは、世界で言うとどの辺りになるんだ?」
話し合いが一区切りつくと、マサキがイマリへ問いかけた。
「ここは世界の果てです。世界樹から最も遠い土地であり、世界樹の魔力が届くギリギリの場所です」
イマリは召喚された部屋から一歩も出ていなかった俺たちを、扉の前へと呼び寄せる。全員が集まると、イマリが部屋の扉を開いて外の世界を見せた。
そこに広がっていたのは、見渡す限りどこまでも続く森と山という自然の姿だった。この景色で、俺は二つのことを理解することになってしまう。
「本当に異世界に来たんだな」
撮影の手違いや、拉致監禁などの類ではないと証明されてしまった。そして自分たちが森を見渡せるほど高い位置にいるということだ。俺は高い場所が苦手なのだ。こんな景色一秒でも見ていたくない。
「ここは最果ての土地。名もない森です。木の実やキノコはたくさんあります。それに水も豊富にあふれています。ですが、動物が存在しません」
「なぜ?動物がいないのかしら?」
イマリの言葉に委員長が反応する。
「この世界の住人は、良くも悪くも世界樹と共に生きています。だからこそ動物たちも、世界樹の近くに住もうとするのです。ここは最も遠い場所、つまり生き物たちが嫌う場所だからです」
「生きていけないというわけではないのね?」
「はい。こうして草木は生きています。彼らは微力な世界樹の魔力を受けるだけで最低限の生命を育んでいるに過ぎません。皆さんは異世界から来られたので、あまり実感はないと思いますが。この世界の住人には少なからず魔力が宿っており、それは世界樹の近くに行けばいくほど強くなるのです」
イマリの言葉を聞いて、ニイミなどは考え事を始めた。
「なら、ここは安全地帯ってことか?」
次に質問したのはマサキだった。
「そうとも言えません。生物がいないだけで、植物は存在します。力はそれほど強くありませんが、植物からモンスターになったものたちが生息しているのです。ですので、安全地帯と言えません」
マサキの質問に、イマリは危険を教えるように強い口調でモンスターという言葉を強調した。
「この建物も危険なのか?」
「いえ、ここは結界を張っていますので、モンスターが入ってくることはありません。あくまで外に出なければ大丈夫です」
「よし、決まりだな。俺たちの拠点はここに作ろう。俺たちは元々魔力なんてない。だから、この世界の恩恵はあってないようなものだ。でも、ここには水も食料もある。ないのは生活するための家ぐらいだろ?」
マサキの提案に反対する者はいなかった。
「家と言えるかわかりませんが。今皆さんが居られるこの建物は元々一国の王が住まう城でした。ちゃんと整備すればお部屋もまだ使えると思います」
言われて気づいたが、柱に草木が生い茂っているだけで石造りの立派な建物が見え隠れしている。
「よし、ならまずは掃除からだな」
マサキの言葉に動き出したクラスメイトたちに交じって、その場を離れた。どうやら今まで異世界に召喚されたことで、俺もテンパっていたようだ。時間が経つにつれて冷静になってくると、クラスメイトたちが召喚されたのは必然だったようにも思えてくる。
うちの学校は特殊な教育方針をとっている。英才教育というのだろう。そこそこの家に生まれた者たちが揃っているのもそのためだ。こんな異世界に召喚されたぐらいで動揺するような奴はほとんどいない。
災害やテロに対して対策出来るように幼い頃からそれなりの予行練習と心構えを積んできた。実際、俺も漫画やラノベが好きで異世界物を読んでいるから、状況について行っているが、そういうことを知らない奴もそこまで慌てていない。
改めてクラスメイトたちを見ると、選ばれてこの世界に来た気がする。
先頭に立っているマサキは主人公体質で、常に輪の中心にいる。そして、それを取り巻くのはクラスでも優秀な者たちばかりと来ている。
マサキに絡んだフルヤは巨大企業の御曹司、ニイミは政治家だったと思う。二人とも文武両道で、優秀な人材と言えるだろう。ハーヴィーや委員長もクラスの中では上位に位置するご息女に間違いない。
トシも無口な割に武道の達人と来ている。家がやっている古武術道場で様々な稽古を幼い頃からやらさたからだ。
他のメンツも一癖も二癖もある奴が揃っているのだ。もしかしら、この召喚は誰かに仕組まれたものなのかもしれない。
んっ?お前は何かあるのかって?ねぇよ。なんか文句でもあるのか?俺は小物で、そんな奴らの腰巾着だよ。悪りぃかよ。
「お前、今日変だぞ」
トシが珍しく俺の顔を見て言葉を発する。こいつはたまにしか話さないくせに失礼な奴だ。
「異世界に召喚されたからじゃねぇか?」
「そうか、ならいい」
俺の言葉に納得したのか、トシはそれ以上突っ込んでは聞いて来なかった。
「なぁ、トシは異世界どう思う」
「とりあえず今は生き抜くしかないだろ」
トシの言葉は簡単で要点だけを告げる。
「おーい。こっちに良いもん見つけたぞ」
マサキがデカい声を出してクラスメイトを呼んでいる。行ってみれば、そこにはトイレと風呂があった。流石に日本式の水洗トイレというわけにはいかないが、海外で使ったことがあるような川の流れを利用した水で流れていくタイプのモノだった。
排泄物の処理は自動でやってくれるのはありがたい。誰も他の奴の排泄物処理などしたくないだろう。風呂に関しては大浴場とでもいうのか、三十一人全員が入っても余裕がある風呂場が広がっていた。
「とりあえずは、生活の基盤は作れそうだな」
誰か呟いたか分からないが、女子たちの間では喜びの声が上がっているようだ。それには俺も同意する。やはり風呂のない生活など考えられん。
「みんな頑張ってお風呂に入れるようにするよ」
ハーヴィーの元気な声が女子たちを奮起させる。いつも間にかミッチョンも同じようにはしゃいでいるので復活したようだ。風呂は女子に任せて、男子はトイレと通路、さらに見つけた部屋の掃除に割り振られた。
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