ウルフ族
ある程度緊急の仕事を済ませ、人材募集に関してはシェリーに任せたので、少しばかり時間ができた。そこで漆黒の鎧さんを仮面バージョンに変化させてローブを纏って被災地へとやってきた。
想っていた以上に被害は大きかったようで、獣人区域を歩けば焼けた家が倒されて、街としての原型をとどめていない。
「これはひどいな」
「おい、お前。獣人じゃねぇな?誰だ?」
ふと街の外れまで来たところで、後ろから獣人の狼に声をかけられた。まだ、若い獣人のようだということは理解できる。
だが、服もボロボロで体にも傷があり、顔は大分汚れているようだ。
「何か手伝いができることはないかと来てみたんだが」
「クンクン、どうやらウソじゃねぇみたいだな」
近づいてきた狼は俺の身体を匂って、ウソかどうか判断したようだ。
「ウソかどうかわかるのか?」
「焦りやウソつくとき特有の匂いがしねぇ。それで?手伝いに来たって、お前のスキルはなんだ?何ができる?」
「肉体強化ができる」
獣人の特性に感心しながら、俺は肉体強化のスキルができると告げた。狼は思案するような顔から、納得した顔になり頷いた。
「そうか。なら、ゴミ拾いを頼む。人手はいくらあっても足りないからな」
「いいのか?警戒していたみたいだが」
「お前は敵じゃねぇ。それが分かればそれでいい」
敵と言う言葉が気になるが狼について行けば、大勢の獣人の子供たちがゴミを拾っている場所へと案内される。
「ここは?」
「元々は孤児院だった場所だ。俺はそこの出身で出稼ぎから帰ってきてみればこんなことになっていた」
「フェル兄。おかえり」「おかえりなさい」
まだ、幼い獣人たちが狼に群がってくる。
「おう、人手を連れて来たぞ。こいつに力仕事は頼め」
「えー。自分たちでできるよ」「私たちだって獣人なんだから」「この人弱そうだよ」
子供たちは俺をバカにしたような視線を向けてくる。
「弱くてもいいの。人手はいくらあってもいいんだからな。ほら、お前たちも仕事に戻れ」
狼の指示に従って子供たちが散らばっていく。
「大変だったんだな」
「俺はそうでもねぇよ。だが、ガキたちは住む場所がなくなるわ。悪い大人に食事は奪われるわで、大変だっただろうな」
子供が散ったところで話しかければ、狼は憎々しい表情で子供たちの背中に視線を注ぐ。
「食事を奪われる?」
「おう。獣人は強い奴が偉いって考え方だからな。こんなガキたちなんて優先しねぇ。むしろ、蔑ろにされても生き残った奴とか、力を見せて大人を倒した奴とかが評価されるんだ」
「弱肉強食だな」
徹底的な強者主義。だからこそ他の種族を寄せ付けないのかもしれない。
「そうだ。だから俺はこいつらを守るためにここにいる」
「あんたは強者主義じゃないのか?」
「俺は元々こいつらの兄貴分的な存在だったからな。ボスってことだ。俺がこいつらを見捨てれば、こいつらに居場所がなくなる。ボスがそんなことしたら最悪だろ」
どうやらこいつは悪い奴ではないようだ。
「俺はミツナリ。名前を聞いてもいいか?」
「フェルディだ。ガキたちからはフェル兄とか呼ばれてる」
「なら、フェルでいいか?俺のこともミツナリでいい」
「わかった。ミツナリ、とりあえずこの辺のゴミ処理を頼む」
「任せろ」
子供たちは二十人ほどで、フェルの言うことをよく聞いている。俺は広場にあるゴミを手当たり次第に片づけて、道路に積み上げられた灰なども除去しておいた。
どれくらい時間が経ったのか、いつの間にか日が暮れ始めていた。
「ミツナリ、そろそろ飯にするぞ」
フェルに声をかけられて、最初よりも広くなった広場にはテントが建てられていた。
「俺ももらっていいのか?」
そこには黒パンと具のないスープが置かれているだけだ。
「大したものはないけどな。お前が働いてくれたおかげで、この辺りのゴミは片付いた。ありがとうな」
来た時よりも随分と広くなった広場には、家を数件建てても余るほどのスペースがあった。
「役に立てたなら何よりだ」
フェルに礼を言われて、悪い気はしない。今日一日が充実した日だと締めくくれそうなこの場に、無粋な輩が現れたのはその時だった。
「おうおう。邪魔なゴミがなくなって広くなったじゃねぇか。これで、俺たちの寝床ができたな」
やってきたのはイタチの顔をした三人組だ。三人組は広場にヅカヅカと入ってきた。
「ここは俺たちの寝床だ。お前たちのものじゃない」
真っ先にイタチたちに立ち向かったのはフェルだった。フェルは自分よりも体の大きい獣人を前にしても引くことはない。
「お前一人じゃ何もできないって教えてやっただろ」
ボロボロな服を着ていたのは、こいつらのせいだったようだ。
「それがどうした?俺はこいつらを守る。いくらお前らが来ても俺が追い返す」
「追い返すねぇ?俺たちが手加減してやってたのがわからなぇようだな。おい、レット。やってやれよ」
レットと呼ばれた右に立っていたイタチが消える。次の瞬間にはフェルはコメカミを蹴られて吹き飛ばされた。それを見て子供たちが怯え始める。
獣人は肉体強化に魔力をほとんど使っていると聞くが、まさか動きが追えないほど凄いとは知らなかった。
「俺たちは獣人の中でもスピードを重視したイタチ族だ。ウルフ族が偉そうにしてた時代は終わったんだよ」
どうやら狼の獣人のことはウルフ族と言うらしい。
「俺にはそんなこと関係ねぇ。それになお前たちの攻撃は軽いんだよ」
吹っ飛ばされたはずのフェルは、埃を払うだけでダメージはそれほど受けていないようだ。ウルフ族がどれほど凄いかわからないが、勝てるんじゃないかと思えてくる。
「はっ、いくら軽かろうと数打ちゃいいのよ」
今度はレットと呼ばれたイタチだけでなく、他の二人も同じような速度で動き始める。縦横無尽に動き回る三人は三方からフェルに攻撃を仕掛けて、休む間を与えない。
「どうしたどうした?このまま殺してもいいだぞ」
先ほどからリーダーとして話していたイタチの獣人がナイフを抜いた。
「それはダメだな」
俺はずっと見続けていたおかげで、スキルに新たな能力が増えた。得たばかりの人体強化のスピードバージョンを発動する。
いつもより早く動ける体に戸惑いつつも、ナイフを抜いているイタチを殴り飛ばした。不意打ちだったこともありクリーンヒットできた。
肉体強化で腕力を強めているので、普通に殴るよりも何倍も痛いだろう。
「ガハッ!」
一人が吹き飛ばされて、他の二人も動きを止める。
「なっなんだ?何が起きた?」「アニキ」
子分たちが吹き飛ばされたイタチを抱き起こす。
「お前たちはやり過ぎた。単なるケンカなら見過ごしてやろうと思ったが、ナイフを抜くなら俺も加勢する」
「誰だお前?」
「俺か?俺はミツナリ。フェルの友人だ」
「ミツナリだと?お前のことは覚えておくぞ」
イタチは恨めしそうな顔で、俺を睨みつける。
「ああ、しっかりと覚えとけ」
「いくぞ」
しばし睨み合いが続いたが、イタチたちは去ることを選んだ。イタチたちが去ると、怯えていた子供たちが一目散に俺に抱き着いてきた。
「ミツナリ、スゲー!」「お兄ちゃん強いんだね」
獣人は本当に正直だ。強い者に従う。イタチの奴らが身を引いたのも、俺を強いと判断したからだろう。だが、完全に服従しなかったのは、奴らにも従うべき相手がいるからだ。
「落ち着け」
俺は子供たちを宥めると、一人座り込むフェルに近づいていく。
「お前、強いんだな」
「まぁな」
「なぁ、どうして俺は弱いんだろうな。俺、ウルフ族なんだ。獣人の中ではライオン族に並ぶぐらい強いって呼ばれてたんだぜ。確かに奴らの攻撃を受けてもケガはしねぇ。でも、あいつ等の動きについていけなくて俺の攻撃は当たらねぇ」
そこには守る者を守れなかったと後悔するフェルの姿があった。
「お前は強くなりたいのか?」
「なりたい。皆を守れる強さがほしい」
顔を上げたフェルは真剣そのものだった。
「そうか。なら、フェル。俺の下に来るか?もちろんみんなと一緒にだ」
「お前の下?お前もしかして貴族か何かなのか?」
「そんなもんだ?もしも、お前が俺の下に来るなら歓迎するぞ。そこで戦う力を教えてやる」
「いく。俺は強くなりたい。お前みたいに強い奴に、俺を強くしてくれ」
フェルの瞳に迷いはなかった。
「いいだろう。俺の下にこい」
俺はフェルに手を差し出し、フェルはその手を掴んだ。
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