投資
馬車から降りてもう一度街を見る。すでに食べ終えたクレープは手元にない。ふと、クレープを作った親子を見れば、獣人らしい三人組がクレープ屋の前に立っていた。
「おいおい。見たぞ見たぞ。さっきお前たちに金を払っていたバカがいたな」
「俺も見たぜ。場所代も払わないくせに、金だけはとるのかよ」
狐の獣人とネズミの獣人が親子に難癖をつけているようだ。その後ろには大柄なゴリラの獣人が腕を組んで笑っていた。
「勘弁してください。勘弁してください」
ノーマルの母親は小さな娘を抱きしめて体を震えさせる。この世界では唯一ノーマルだけが生きにくい。それはノーマルが許されないことをしたからだ。戦争は終わった。だが、誰の心にも遺恨は残っている。
「助けないのですか?」
「今助けても、次に同じことがあったとき彼らを助けてやれるわけじゃない。ならば、彼ら自身に強くなってもらわねばならない」
「……立派ですね。確かにあなた様は素晴らしい王だと思います」
そんなことはない。弱い者が淘汰される。自分のことと重なり、胸糞悪い。だが、あの親子を助けてその後の面倒を見ることはできない。
国にそういう法律を作っても、結局それに甘える者が出てくるだけだ。
「でも、私は考えるよりも体が動いてしまうんです」
彼女はそう言って俺の横を通り過ぎていく。ああ、そうだろう。マサキがいたら同じように行動していただろう。
弱い者のために動いていただろうな。弱い者からどうみられるかなど考えずに。
「そこのあなたたち、おやめなさい」
「なんだ?俺たちに指図しようってのか?」
狐の獣人がハーヴィーに意識を向ける。貴族の服を着たハーヴィーを見ても獣人は怯むことはなかった。
「どこぞの金持ちのお嬢さんか?世間知らずなお嬢様は黙っていてもらいたいね。金がある奴にようはねぇよ。邪魔しねぇでもらえるか?こいつらは場所代も納めずに勝手に店を出してんだ。悪いのはこいつらだろ?」
場所代云々が正当な理由かどうかわからないが、正論らしい口調で狐の獣人は自分は悪くないと主張する。
「この場所はあなたのモノなのかしら?それともここは商標登録が必要なの?」
ハーヴィーはそんな狐の獣人を嘲笑うかのように、質問を質問で返した。
「あぁ?しょうひょうとうろく?なんだそれ?」
どうやら狐の獣人はそれほど頭がよくないのだろう。ハーヴィーの言葉についていけていない。
「ゴン、下がれ」
「兄貴」
先ほどから腕を組んで後ろに控えていた、ゴリラの獣人が前に出てきた。
「お嬢さん。確かにこの場所は天下の往来だ。私たちのモノではない。だが、我々獣人が管理する地区ではある。管理をするということは、彼らに危険が及んだときは守る。だが、こうやって勝手に商売をされては困るのだ。これはルールというものだろう」
今度のゴリラは多少頭が回るようだ。
「それでも乱暴する理由にはならないでしょ」
「私達も暴力は振るいたくはない。だがね、ルールを破る者にはそれなりの制裁が必要では?」
「でも」
どうやらハーヴィーの方が分が悪いらしい。俺はゴリラにスキルを発動する。
「隷従のジャッジメント」
「なっなんだ。何が起きた」
天下の往来にいたはずなのに、急に誰もいなくなれば驚くのも無理はないだろう。
「まぁ落ち着け。これは俺が作り出したスキルの空間だ。ここではお前と俺、そしてジャッジメントしかいない。少し話をしようじゃないか」
「貴様は何者だ?」
「俺のことはどうでもいい。そんなことよりもあの親子についてで」
「なんだ?お前もあのお嬢さんと同じように、いちゃもんを付けるつもりか?」
ゴリラはバカにしたような態度で俺に視線を送る。
「いいや。俺は大人の話をするだけだ。あの親子の場所代と延滞金。さらにボディーガード料を俺が一年分払おう。その代り、あの親子をお前が守れ」
「ほう、そんなことをしてお前にどんなメリットがある?俺たちとしてはありがたい話だがな。甘い話には罠があるってな」
「これは投資だ。あの親子、特に娘の方には価値がある。俺はそう判断した。もしも、あの親子に何かあればお前も、お前の仲間や家族も全て殺す。そういう契約だ。従うか?」
殺すという言葉に一瞬ゴリラは怯み顔色を変えたが、それは本当に一瞬の事だった。
「俺も商売人だ。いいだろう。契約だ」
「二人の承諾が得られましたので、ここにゲームを開始したいと思います。期間は一年。ゴードン様は一年間の間、ノーマルの親子を守りください。これにて閉廷」
風景が元の場所に戻った。
「兄貴どこいってたんですか?急にいなくなって驚きましたよ」
ネズミの獣人がゴリラにすり寄る。
「黙っていろ」
そんなネズミを一喝してゴリラは俺を見る。
「これは契約料だ」
俺は金貨三枚をゴリラに手渡した。
「承知した。お前らいくぞ」
「へっ?」「兄貴どういうことですか?」
ゴリラは素直に引き下がり、子分たちを従える。
「お金で解決したの?」
「そうだ。争うことだけが正解じゃない」
「ありがとうございます。ありがとうございます」
ノーマルの親が何度も頭を下げる。
「別に助けたわけじゃない。これは貸しだ。一年間の場所代及びボディーガード代だ。いつか返してくれ。それと娘に料理を教えてやってくれ。彼女にはその才能がある」
「えっ?」
「それとお前も何か食事を取れ。元気でいなければ子を育てることはできないぞ」
俺はノーマルの母親に金貨を一枚握らせる。
「これで材料を買い。店を立て直せ。いいな。必ず返すのだぞ」
「ありがとうございます」「仮面のオジサン、ありがとう」
ノーマルの親子から離れると、ハーヴィーが不服そうな顔をしていた。
「どうかしたのか?」
「あなた様がしたことは間違っていないと思う。だけど、悪党にお金を渡すのが許せなかっただけ」
「彼らは悪党ではないさ。彼らにも彼らの生活がある。悪や正義は見方を代えれば逆転するモノだ」
「ふん。本当にあなたは大人なのね。シンタロウとは大違い」
「何か言ったか?」
聞こえていたが、聞こえなかった振りをする。ここでマサキと比べられて嬉しくもない。
「なんでもないわ。私を送ってくださるのでしょ。早く行きましょう」
彼女は不機嫌そうに馬車に乗ってしまう。俺はもう一度ノーマルの親子を見る。
「強くなれ。ここでは強い者しか生き残れぬ」
二人は深々と頭を下げた。




