魔王の仕事
自分の部屋がこんなにも居心地がいい場所だと知らなかった。引きこもりになれるなら、今からでも引きこもりに転職するのはありだろうか?それにしても漆黒の鎧さんは本当に凄い。現在は頭から顔を隠す仮面の形になっている。つまり体に鎧を纏っていない。
マッパに仮面と変態的な姿なのだ。
「こんな姿になれるのは自分の部屋だけだな。まぁ怖すぎて顔はみせれんけどな」
元々用意されていたスーツに身を包み、黒いマントを羽織る。この状態でも空調管理は完璧だ。いつまでも自室でくつろいで居たいがそうも言ってられない。
執務室には部屋全体を埋め尽くすほどの書類のタワーが出来上がっていた。
「魔王様。鎧を脱がれたのですね」
執務室の前には秘書室があり、エリカさんとダークエルフのジェシーに出迎えられる。
「おかえりなさいませ」
「ジェシーも留守の間、迷惑をかけた」
「滅相もございません」
畏縮するように頭を下げるジェシーに片手をあげてエリカさんを見る。
「ああ、事務仕事をするのに鎧は不要だからな」
「なるべく魔王様の許可を頂かなくいい物はこちらで処理しています。ですが、魔王様が離れてから多くの問題が同時に起きたようで、かなりの仕事が溜まっております」
俺は執務室に積み上げらえている書類の何枚かを手に取り、文面を読めば頭が痛くなりそうな内容が書かれていた。
「獣人王国で宗教活動。妖怪族の村で食い逃げ。トレジャーハンターが世界の果てでゾンビ発見」
俺は三枚を読んだところで、腕を下ろした。これを魔王に報告してどうするつもりなんだ。
「宗教は、戒律や規律が厳しいのか?」
「いえ、元々様々な種族が住んでいますので、宗教に関しては自由です。妖怪族や悪魔族の中には神に成り上がる者もおりますので」
「神に成り上がる?」
「はい。天使族は地上にあまり干渉しませんが、神に成り上がった者の管理をしています」
天使に管理される神様ってどうなんだ。
「神になる定義はあるのか?」
「はい。職業欄に神の記載が入ります」
「そういうことか」
本当に管理されているみたいだな。
「とりあえず、ひとつずつ片づけていくか」
「はい。お手伝いします」
ジェシーに終わった書類の片づけを頼み。エリカと共に仕分けていく。文官を雇うことも考えなければならない。
ただ、まだこの世界に信用できる奴が少なすぎる。夜を迎え、一つ分のタワーを処理し終えたところで力尽きた。
「お疲れ様でした。本日はここまでにいたしましょう」
「ああ、数日は続きそうだ。初日はこれぐらいにしよう」
俺は片づけを二人に頼み。執務室を後にした。ジュリに会いに行くことも考えたが、ある人物を確認したくなった。
部屋に閉じ込めたわけじゃない。自由にどこにいこうと好きにすればいい。
「どうしてこの部屋から出ていかない?」
踊り子の衣装に頭からベールを被ったまま、与えた部屋のベッドに座った美女がそこにいた。その美貌はどこにいても完璧であり、笑顔を見せてくれるのであれば至高の喜びを感じられるだろう。
だが、今の彼女は一切の表情を表に出すことはない。ただ、人形のように無表情で固まっているだけだ。
「……」
「だんまりか。なら、命令だ話せ」
たとえ強引であったとしても、今は彼女と話をしなければならない。
「何を話すの?あなたは私に罰を与えた。あなたが言いたいこと。ちゃんと理解しわ」
無表情は変わらない。だが、確実にその表情には苦痛が宿っている。
「あの人たちはただ怯えていただけ。普通の生活を送っているところに入った邪魔者は私達。でも、だから何?私達は戦っているのよ。敵同士なんだから戦うのが当たり前でしょ」
彼女の言葉に強がりが混じり、自分を守りたい。自分は悪くない。そう彼女の心は叫んでいるのだろう。何度も自分のせいではないと。
「そうか。なら、ついてこい」
「どこにいくの?」
「黙ってついてくれば分かる」
どんなに嫌なことでも俺の命令に従わなくてはならない。心の掌握はできないが、体の隷従は継続中なのだ。
「ここは本来魔王しか入れぬ場所だ」
そこには街と世界樹が見えるテラスだった。ジュリ様に説明してもらえば早いのかもしれない。だが、この我儘な女をジュリ様に会わしたくなかった。
「綺麗であろう」
世界樹は街の空を包み込むほど大きく、空の雲を超えている。街は様々な種族が住むことで地区が分かれ、景色を代えながら輝きを放っている。
そこには多少の争いは有っても、楽しく笑い合う多種族たちの姿が見えている。ノーマルと言われる見た目が普通の者は誰一人いない。
角が生えた者、獣のような耳や尻尾を持つ者。体が小さかったり大きかったり。本当に様々だ。そんな多種族が活気に溢れ、ときに働き、ときに遊ぶ。そして笑い合っているのだ。
「これがなんだっていうの?」
「俺はこの人々を守らなければならない。そう、ここにいるのは全て人だ。どんな姿形をしていようと人なのだ。
殺し合っていい理由などない。そして、ここに集まった人々は世界樹を守るために、世界樹の恩恵を受けるために集まっている。貴様らの目的はなんだ?敵とは?何を持って敵となす?」
大量の死人を、ケガ人を見ても心を保とうとする。ハーヴィーは我儘で強い女だ。だが、逆に活力に溢れ今も生きている人々を見ればどうだ?そして、世界樹を守っているのが俺たちだと理解しろ。
「世界樹を守っている?笑わせないで。あなたたちは世界樹を衰退させているだけでしょ?」
これだけのモノを見ても信じられないのか?もしくは信じたくないのか?全てを告げてもわからないならば、理解し合えることはできないのかもしれない。
「何を言っても無駄ということだな」
どうして、この女はこうも頭が固いのか、もしもマサキが告げていたならすぐに信じたろうに。
「ならば好きにするがいい。仲間の下に帰りたいというならばトキトバシに送らせよう。もちろん戦う力は奪わせてもらうがな」
この女と話していても無駄だと悟った俺は解放することを選んだ。
「帰れる?」
「シンタロウといったな?お前の彼氏の下に送ってやろう」
「……考えさせて」
すぐに送ってくれというと思ったが、ハーヴィーは予想に反して考えると言った。俺は好きにすればいいと思ったのでハーヴィーを部屋へと戻して、自分も休むことにした。




