ドワーフ領 前編
ゴブリン領を後にした俺はトキトバシによって、新たな亜種族領へと移動した。ゴブリン領よりも発展したその街は活気に溢れていた。
近くには火山があるのか、ゴブリン領よりも温度が高く。着いたとたんに汗が吹き出しそうになる。だが、漆黒の鎧のスゴイところは最初こそ暑いと感じた気温が適温へと変化したのだ。
「超便利だな」
「魔王様?今何か言われましたか?」
「いいや。何も言ってない」
「そうですか。ここはドワーフ領になります。ドワーフたちは鉄や銅、ガラスや金銀など様々な鉱物の加工を一手に担っています。
ノーマルが残した魔工学の知識も応用されているので、最近は便利な道具が多く作られるようになりました」
ゴブリンの街は農業がメインで行われているせいで、田舎という雰囲気が見られた。
しかし、ドワーフの街はレンガで作られた家や鉄パイプや大理石のような石の家。ガラス張りの家など個性的な家が多い。
「随分と個性的な家が多いな」
「はい。ドワーフは自分たちが興味を持ったことに全てを捧げます。自分が気に入っている鉱物を自分の家に使うのもその一つですね。他には作ることだけに重きを置いたドワーフもいるので、家を持たず鍛冶場に寝泊まりしている者も多くいます」
すれ違うドワーフは大人でも俺の腰までの身長しかない。出歩いてるほとんどが髭面のオッサンばかりで、あまり見ていて面白い光景とは言えない。
「ドワーフは男性が多いのか?」
「いえ、そんなことはありません。ただ、男性が働く気質がありますので、女性は家で家事や裁縫などの仕事をしているのだと思います」
「なるほどな」
ゴブリンの街では崇められるような雰囲気だったが、ここでは魔王が街を歩いていても、まったく気づかれない。もしかしたら気付いているのかもしれないが、ドワーフ達は自分の仕事に集中していてこちらを見ようともしない。
「これは綺麗だな」
露天商なのか、テーブルの上に綺麗な包丁が置かれていた。包丁と言うには少し太いのでナイフと言った方がいいかもしれない。
「おい、貴様。俺の作品に勝手に触るな!」
いきなりの怒鳴り声にビックリした。
「無礼ですよ!」
俺を怒鳴ったドワーフに向かってエリカさんが物凄い剣幕で怒っている。確かに怒られたのは驚いたけど、怒っているエリカさんの剣幕の方がコエェーよ。
「この方をどなたと心得ます。前魔王様が唯一お認めになられた方であり、新たに魔王となられたミツナリ様にあらせられるぞ」
「ふん、何が無礼じゃ。ワシの、未完の作品を勝手に触る方が悪いんじゃろうが」
頑固そうなドワーフが、エリカさんの剣幕に押されてブツブツと小さい声で文句を言っている。なんだか老人をいじめてるみたいで居た堪れない。
「エリカ、もうよい」
「しかし」「エリカ」
「はっ、出すぎだマネをして申し訳ありません」
諫めるためにエリカさんの名前を呼び捨てにしちゃったよ。ワッヒャー、ヤベッハズイ。
「良い腕をしているな」
俺は話題を変えるためにナイフをかざしてドワーフを褒めた。
「はっ、それを見て本当にわかっとるのか?それは出来損ないじゃ。見た目ばかりにかまけて、本質を損なっておる」
「そうか、なら問おう。これは包丁か?それともナイフか?どちらにも使えるように見えるが?」
「片刃のナイフじゃ。お前さんの言う通り包丁としても使えるが、その用途は斬ることをメインにしておる」
どうやら小太刀だと思った方が良さそうだ。だが、小太刀というなら太すぎる。切るためならば薄く細い方がいい。刀の原理だな。
「確かに中途半端な作品だな」
「未完じゃと言うとるだろうが。もうよかろう、さっさとそれを置いて行け」
「主人、お前の技術を見せてくれないか?」
「魔王様、いけません。鍛冶場は危険な場所です」
「はっ、素人風情が。ワシの仕事場になんのようじゃ」
「見せてもらうだけだ。別に何かをするつもりはない」
エリカを手で制して、ドワーフにただ見ているだけだと伝える。
「ふん。見るだけじゃな。ならいいじゃろ」
鍛冶場の中は鎧を着ていても暑いと感じる温度だった。それでも鎧のお陰で汗が出るほどではない。
「もう戦いのない世の中になったんじゃ。武器を作る時代は終わった。これからは包丁や鍋、金物が多くなる。じゃが、ワシはワシの認める作品が作りたいんじゃ」
かたナイフの型に溶けた鉄を流し込む。鉄は型に収まると急速に熱を失っていく。急ぎ真っ赤に熱を持った鉄を金槌で仕上げていく。
「本当にここは暑いですね」
俺が鍛治仕事に見入っていると、汗ばんだ胸元をハンカチで拭くエリカがいた。ボンテージは露出が多いが、それでもここまでの暑さになれば裸でも暑いだろう。実際ドワーフの爺さんは上半身裸で仕事をしている。
「エリカは外で待っていていいぞ。すぐに行く」
「お言葉に甘えさせて頂きます」
エリカは本当に暑かったのだろう。普段は傍から慣れないのに急いで外へと出て行った。ボンテージで汗ばむ姿は妙にエロかった。
「ダメじゃ。こんなものではない」
どうやら打ち終わったらしい片刃を掲げるドワーフは失意の表情を浮かべていた。
「一ついいか?」
「見ているだけというたじゃろう」
「ダメか?」
「なんじゃ?」
「剣という概念を捨てる気はあるか?」
俺はこの爺さんにちょっと作ってもらいたいものができた。腕は悪くない。だが、追い求める物があるのだろう。ならば、違う目線からチャレンジするのも一つかもしれない。
「はっ?剣の概念?なにを言うとるんじゃ?」
「刀は知っているか?」
「バカにするなよ。知っとるわ」
「なら、話は早い。刀と同じぐらい細く薄い。そして、そのナイフぐらいの大きさの物を作ってみる気はないか?」
「刀のように細く薄い。それでいてこのナイフと同じものじゃと?何をバカなことをいっておるんじゃ。そんなことができるはずがなかろう。刀とて、あの長さがあるから敵を討つのに有効なのじゃ。それを短くするなど意味がわからん」
ドワーフの爺さんは取り合ってはくれない。そこで俺は爺さんの使っていたスキルを使ってみることを決意する。
「なら、俺にやらせろ」
「なんじゃと!魔王がナイフを打つというのか?」
魔王からそんなことを言われと思っていなかったのだろう。ドワーフはこれまでで一番驚いた顔をした。
「そうだ。型は刀のものを応用する」
「はっ、バカにするでない。一度も鍛冶仕事したことない者ができるものか」
「やってみなくちゃわからないだろ?案外器用なんだ」
「それはワシへの挑戦か?」
「どう受け取ってもらっても構わない」
「好きにせい。刀の型はこれじゃ」
俺はドワーフのおっさんが出してくれた刀の型に、先ほど覚えたドワーフのスキルを発動する。
「錬金術」
錬金術は、鉱物の性質をいじり形を変えたり、鉱物そのものを違う物質に変えることができる。本来であれば形を変えるだけじゃなく、イメージする物を作り出すことができるようだが、劣化版なので形を変えるのがやっとなのだ。
「うん、これぐらいかな?」
「何じゃ今のは?」
「スキルだ」
この世界はなんでもスキルだと言っておけば大概納得してくれる。
「鉄を流してくれ」
ドワーフは驚きながらも出来上がった型に鉄を流し込む。そしてここからは錬成と呼ばれるスキルを使う。鉄の強度を増すことで薄くても強くするのだ。
これを繰り返し、美しい光沢の小太刀が出来上がる。漆黒の鎧のお陰で熱い窯に近づいても何とか火傷せずに済んだ。
ただ、初めてする鍛治はやはり上手くいかない。出来上がった小太刀は不格好で見られた。先ほどドワーフが作っていた物よりも薄く細くはなったが、強度や切れ味は格段に落ちてしまう。
「すまない。上手くできなかった」
「……」
工作は得意だと思ったんだけど、やっぱり鍛冶は難しいな。失敗作をテーブルにおいて立ち去ろう。スキルだけはできないものがあるという良い例になったな。
「邪魔をした」
「ちょっと待てやこら!」
「はっ?」
いきなりドワーフが怒鳴り声をあげて、俺がテーブルにおいた不格好な小太刀を持ち上げた。そして物凄い形相で俺の前にやってきた。
ヤバいヤバい。マジで怒りを買って喧嘩を吹っ掛けれるのか。
「弟子にしてください」
ドワーフはいきなり小太刀を両手で掲げて膝を突いた。そして弟子にしてください宣言と共に泣きだした。
「ワシの理想その物じゃ。これをこれを作らせてください」
今度は頭を地面にこすりつけながら懇願される。
「ちょっ、教えるも何も全部爺さんのスキルだぞ」
「ワシはバイエルンと申しますじゃ。魔王様、ワシはあんたを軽視しとった。どうせ魔王なんぞ戦バカで技術なんぞ何にもわからん大馬鹿者だと。だが、あんたは違う。あんたは初見でこの素晴らしい刀を作り上げた。あんたは天才職人だ」
あんがい危ない発言連発しとるぞ、このおっさん。
「頼む。あんたの技術を教えてくれぇい」
「技術も何も、とりあえず頭を上げてくれ。教えられるかわからんが、できることはしよう」
「本当かありがたい。おっそうじゃ。ちょっと待っといてくれ」
こうしてドワーフのおっさんは小太刀を持って鍛冶場から走り去ってしまった。
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