動き出した異世界人 終
「うおぉぉぉぉぉぉぉぉぉーーーー」
長老ゴブリンは雄叫びを上げながら大剣を振り回す。武術など習ったことのない長老ゴブリンは力任せに大剣を振り続ける。
ハーヴィーは棍を駆使して身を躱し、スキを突いては攻撃に転じる。そんなハーヴィーの動きを長老は捉えることができない。
「ちょこまかと動き回る小娘よ。貴様はいったい何者だ?ノーマルにここまでの使い手がいるなど聞いたことがないぞ」
長老ゴブリンもハーヴィーの強さを異常だと感じて距離を取る。
「あら、もう終わりかしら?指揮官だからもっと強いと思ったけど、たいしたことないのね」
「ぐぐぐ、皆の者、他の奴らを絶対に近づけるな。こやつは危険だ。ここで討たねばならぬ。一人になった今しかないのだ」
それまで猛攻を続けていた長老ゴブリンは指示を出して、マサキ達を遠ざける。さらに、数名の腕利きを呼びつけハーヴィーを囲んだ。
「ちょっとは骨がある戦いを期待したいわね」
腕利きと言っても、彼らも誰かに武術を習ったわけでない。ただ、彼らと長老ゴブリンが他のゴブリンと違うところがあるとするならば、実戦で人を殺したことがるということだ。
「こやつだけは必ず殺す」
ハーヴィーはパーティー戦というモノをしたことがない。五人のゴブリンたちは連携してハーヴィーを翻弄しながら攻撃を仕掛け始めた。
「くっ、ちょっとやりにくいじゃない。でも、これぐらいしてくれないと面白くないわね」
長老ゴブリンは一歩下がった位置で指揮を若い者に任せる指示を出す。
「これからは若者の時代じゃ。たくしたぞ」
「はっ」
長老は戦闘の輪に加わり、攻撃を仕掛けようとするが、連携するゴブリンの攻撃に慣れてきたハーヴィーを捉えられなくなってきていた。
「くっ、ワシらでも足止めするのがやっとじゃ」
鎖鎌を持ったゴブリンがハーヴィーの右手を捉えて動きを止めるが、双剣を持ったゴブリンを蹴り飛ばした勢いで、盾を持ったゴブリンを道連れに倒れ込んだ。
「化け物じゃな。じゃが、キング様が来てくだされば状況は変わる」
鎖を自身の腕に巻きつけたハーヴィーは鎖鎌を持っていたゴブリンを棍で吹き飛ばし、長老の前に立った。
「あなたで最後ね」
集めた腕利きたちはハーヴィーに倒されていた。マサキたちを抑えているゴブリンの数も極端に減り始め、長老ゴブリンは不利を感じ始めていた。
「ワシの命を全てくれやる」
長老はスキルを全開にする。そうすることで緑色だった肌が黒く塗り替わる。
「へぇー面白そうね」
長老は肉体強化のスキルを持っており、肌の色が変わることで肌を硬化させることができるのだ。黒色は最大限にスキルを発揮した時であり、黒くなった肌はどんな物理攻撃も通さないが、戦いが終わった後、長老の命は尽きる。
「はっ」
ハーヴィーが棍を振るって長老を殴りつけるが、長老は片手で棍を受け止める。
「効かぬわ」
追撃するように大剣を振るうが、身を捻じることでハーヴィーは大剣を躱して見せた。
「今のは危ないわね。でも、それぐらいしてくんないと面白くないわよね。こっちはまだ肉体強化すら使ってないんだから」
次の瞬間、ハーヴィーの纏っていた雰囲気が変わる。それまでの軽やかでしなやかな雰囲気に力強さが加わり、圧倒的な威圧が長老ゴブリンを襲う。
「覚悟はいい?」
「化け物めが」
長老は背中に流れる冷たい汗を止めることができない。だが、そんな長老の背中に手が添えられる。
「待たせたな」
その手は長老よりも大きく、ゴブリンの特徴であるコブのような角は、オーガのような立派な角が生えていた。
長老が強化によって得た黒い肌を普段から持っている人物こそ、ゴブリンの王であり、長老が待ち望んだ人物。
「キング様!」
「よく頑張ってくれた。増援を連れてきた。ここからは二人で戦うぞ」
「なんだかデカいのが出てきたわね」
「ノーマルの嬢ちゃん。ここからは好きにやらせねぇよ」
キングは開始の合図も告げずに一瞬でハーヴィーの背後に回り込む。担いでいた斧を振り下ろしていた。
「ちょっと女の子の扱いがなってないわね」
しかし、強化されたハーヴィーの肉体は一瞬で動いたキングの動きを捉えていた。
「俺だけに気を向けてていいのか?」
「ふん。気付いてるわよ」
ハーヴィーの正面からは長老ゴブリンが大剣を振るって、ハーヴィーに襲い掛かっていた。
「さっきよりもやるじゃない。結局は私の方が強いけどね」
ハーヴィーは自分の力を誇示するように、肉体強化をアップさせる。
「まだ強くなるのか」
「もう遊びは終わりよ」
二人の間にいたハーヴィーが、視界から完全に消えさる。
「どこに」
「ガハッ」
キングがハーヴィーを探していると、長老ゴブリンが血を吐きだして倒れ込む。
「ロード」
「あら、このゴブリン名前があったのね」
ハーヴィーの棍には長老ゴブリンの心臓が貫かれていた。
「キサマ!」
キングが怒りに震える声でハーヴィーに怒声を浴びせる。
「すぐにあなたも殺してあげる」
強化されたハーヴィーの動きをキングは捉えられない。そこで、キングは自身の肉体強度を増すことで、ハーヴィーの攻撃を耐えることで相手の体力が尽きるのを待つことした。
「へぇー。本当に固いわね」
しかし、棍で滅多打ちにされたキングは立っているのがやっとなほどダメージを受けていた。
「ここまでとは」
攻撃に耐えることはできても攻撃に転じることはできない。さらに防御力よりもハーヴィーの攻撃力の方が勝っているのだ。
このままジリジリとキングは殺されること待つばかりとなっていた。
「痛っ」
それまで動きが捉えられなかったハーヴィーが突然動きを止める。
「誰よ?」
動きを止めたハーヴィーの太腿から大量の血液が流れ出ている。
「キングよ。ゴブリンたちに停戦を伝えよ」
「魔王様!」
キングが膝を折り倒れ込むのを支えたのは漆黒の鎧に身を包んだ。新魔王だった。
「奴らは手を出さなければ攻撃してこない。何よりも、奴らの大切なモノを私が捕まえよう」
「かしこまりました」
キングは近くにいたゴブリンに向かって戦いを止める合図を出した。マサキたちは何が起きたのか分からず、行き場を失った剣を振り上げたまま立ち止まる。
「なっなにが起きたんだ?」
「ゴブリン領に紛れ込んだ異分子よ。これだけの同胞をよくも手にかけてくれたな」
低く渋い声で発せられた言葉にマサキ達の視線が一転に集中する。そこにいたのは漆黒の鎧に包まれた男が、気絶したハーヴィーをお姫様抱っこする姿だった。
「ゴブリンたちは貴様たちを攻撃せぬ。これ以上の戦いは止めよ」
「あなたたちが仕掛けてきたのでは?」
空を飛ぶイマリが警戒しながらも魔王に対して反論を口にする。
「ならば、ここで滅ぶか?」
魔王の声は一切の熱も感じられない冷たさが込められている。ゴブリンたちを圧倒していたマサキたちですら、魔王の声に恐怖を抱かずにはいられない。
「退け。これは命令だ」
「ハーヴィー様は返してくれるのか?」
「無理だな。この娘は人質だ。貴様たちに命じる。戦うことを諦めろ」
魔王から発せられる言葉一つ一つは重く、シズカやアイは息をするのも辛くなっていた。トシとツバサもなんとか立っているのがやっとであり、動くことはできない。
「お前が魔王なら、お前を倒して全てを終わらせる」
マサキだけが魔王に抗うように剣を携え、魔王へと飛び掛かった。
「お前ならそうするだろうな。お前の動きは読めているがな」
魔王は片手を上げて覇王滅殺波放った。その身が亡ぶことはなかったが、吹き飛んだマサキはイマリに抱きとめられ意識はなくなっていた。
「次はない」
冷たく告げられた言葉に、逆らう者はいなかった。
「戦いは終わりだ。命を大切にすることだ」
魔王はそれ以上語ることはないと、消え失せた。
これ以降ゴブリンは戦いを止め、傷ついたマサキをアイが癒すまで、マサキたちも身動きが取れなかった。
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