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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

鬼斬丸

2014年の夏に「日刊 毒舌ニュウス」で募集された怪談特集に送ったものです。

http://kur0nek0.suppa.jp/obon/14/kai6.html

怪談を書こうと思っても、なかなか書けるものではなく、絞り出した感がありました。

 へへッ、俺はにわか愛刀家さ。

 普通のやつが日本刀を持っても、別に銃刀法に違反しないんだってな。知らなかったよ。

 ずっと憧れてた。大和魂、ここに宿るってものだろう。

 で、手に入れたさ。じゃじゃ~ん、400年以上昔の古刀、極めは藤島。お値段25万円。嫁には内緒で買っちゃったい。

 ああ、安刀さ。当然だろう。ちーっとヒビみたいなものも入っているしな。地金も曇っているって言うの?そんなところさ。安刀よ。

 店のおっさんは揉み手をして、「人なんか斬ってませんよ、是非、ご安心して。」なんて言ってやがったが、戦国時代に大量生産された安刀が血を吸ってねえわけがねえ。

 まあ、それはそれで良いさ。あの時代を切り開いた、いわばアメリカ西部開拓時代のコルトみたいなものさ。

 無銘の刀だが、俺は折角手に入れたんだ。勝手に「鬼切丸」と名付けた。

 何てことはない。俺は楠桂の大ファンなんだ。そもそもは平安時代、渡辺綱が一条戻り橋で鬼を切ったことがその名の由来なんだが、そんなことはどうでも良い。鬼切丸。安刀が一気に格上げさ。


 それにしても、どれだけ人を斬ってきたんだろうな。古刀だけに、反りが深い。優美に反った姿は江戸時代、剣術が道場だけのものになるとなくなる。突きが流行出すと刀は反りが小さくなり、俺にしてみればつまらない姿になった。刀なんて、ぶった切ってナンボだろうが。突きをやりたきゃ槍でも使えってんだ。

 その内、俺は鬼切丸でルミノール反応を見たくなった。テレビで良くやってる血痕を検出するアレさ。

 調べてみると、自分で薬を調合するとなると、水酸化ナトリウムなんて厄介な薬物が必要だ。薬局でおいそれと買えるものじゃない。ではお手軽に何かないかなと探してみれば、「大人の科学」シリーズにあった。「探偵スパイセット」だ。良かったら探してみてくれ。まだ、売ってるかも知れねえぜ。

 俺は早速注文した。ルミノール反応ってのは、タンパク質に反応するらしく、確かに血を拭っても血痕を見付けることは出来るだろう。だが、タンパク質が破壊されるほどに時間が経つと、もう検出は出来ない。

 俺は安心が欲しかった。ルミノール反応は、出ない。明治維新かそこいらまでは使われていたとしても、その後は平穏な保存状態でいたはずだ。だとしたら、ルミノールは素性に関わらず出ないだろうから、推定無罪だ。

 俺は、そう信じていた。鬼切丸は、推定無罪。

 夜、俺は一人書斎で実験してみた。薬剤を塗って、ブラックライトを当ててみた。

 何てこった。まるでライトセイバーかビームサーベルのように、刀身全体が蛍光の光を発している。しかも、明々と。どういうことだ?実際に、使われたって事か?だとしたら、第二次世界大戦か?

 推定無罪という、俺の暢気な予想は完璧に覆された。俺は呆然とした。呆然とそれを眺めていた。きっと、これは一人の血じゃない。蛍光に光る刀身には、幾重にも波が見える。血の波だ。俺は、目眩がした。頭が痛くなった。ああ、こんなはずじゃあ。

 どれくらい時が経ったか。真っ暗な部屋の中で、刀身だけがぼうっと光ってその姿を浮かび上がらせている。


 俺は額に強烈な痛みを覚えた。手をやると、コブが出来ている。なんだ?どこも打った覚えはない。まずは刀を置こうと右手を開こうとしたが、言うことを聞かない。頭痛のせいかと内心舌打ちをして、左手をもう一度額に当ててみる。コブが、大きくなっている。

 おいおい、冗談じゃない。何かコブの先が尖ってきてるぜ。

 遠くに鼓の音が聞こえる。

「娘十四、男に騙されて女郎に身を落とし、それでも男を慕いしは乙女のさが。慕い慕いて思いかなわず。呪い呪いて鬼と化す。」

 あああ、冗談じゃないぜ。何だってんだ。俺は娘じゃねえ。誰も騙してもいなければ、騙されてもいねえ。五月蠅え、何も聞きたくねえ。五月蠅い、恨み言なら余所でやりな。

「鬼は呪いを喰らいて牙をなし、呪いを飲み干して角をなす。恋いし思いが爪を剣となし、恋いし思いで肉を裂く。裂きし肉を喰らうが鬼のさが。溢れる血をすするが鬼の恋。」


 朝ってのは良いものだ。俺の右手から刀が離れていった。かつんと音を立てて、きっさきを下にして床に屹立する。夏の光が強烈に俺を咎める。おいおい、俺を責めるなよ。俺のせいじゃないだろう。

 目の前には俺の妻と子供たちが横たわっている。なますみたいに切り刻まれて死んでいる。部屋の中は、血の海だ。血の匂いには、もう鼻が慣れてしまっていることに気付く。赤い血溜まりを、俺は呆然と見つめる。

 俺の耳に、幼い息子の声が甦る。

「鬼」


 待ってろ。父さんもお前達の所へ行くよ。許してくれな。許してくれな。

 俺は鬼切丸を見た。いくつも刃こぼれがある。こりゃあ、もう使い物にならない。

 俺は安心した。鬼切丸は、俺が地獄へ連れて行く。

 俺は右手で再度刀を持ち上げ、ひょいと愛刀を振り回した。


「という顛末さ。俺達が通報で駆けつけたら、一家全員斬り殺されていた。

 どうやら亭主がやったらしいんだがな、日本刀でさ。ばっさりよ。死んだのは四人。見事なまでの切れ味さ。嫁さんなんて、二度も胴体を真っ二つにされているんだぜ。どんだけ恨みが深かったんだかな。

 最後に死んだのは亭主だ。自分で自分の首を見事、跳ね飛ばしやがった。全く、どんな精神状態なんだかな。」

「ほう、それほどに斬れるとは結構な業物で。で、警部補殿、いつその証拠品、払い下げていただけるんで?」

「ええ?あんなの、買い手付くのかい?気持ち悪い刀だぜ。あれだけ骨を断つ働きをして、刃こぼれ一つないんだからな。」

「ますます結構。買い手なら付きますとも。いくらでも。実際に人をぶった斬った刀ってのは、高値が付くんですよ。江戸時代には死刑執行人が試し斬りをして、お墨付きをつけたくらいですからね。今の時代、そんなことそうそう出来ないでしょう?」

「そうかい?分かったよ。あの一家には身よりもない。送検できたら払い下げられるだろう。

 しかし、骨董屋ってのは、恐ろしいものだね。俺なら絶対、側に置きたくないよ。あんな気持ちの悪いもの。」


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