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suicidenote  作者: 天野桜子
1/2

suicidenote

前置き


人生なんてくだらない。

たかだか十五年程度の人生だが、彼女にとってはそれが答えだった。

周りを見れば同じ服を着て、同じものを好み、同じであることを強制されたかのような量産型の人間ばかりだ。

お前らにはアイデンティティーというものがないのかと憤ることに意味がないのは知りつつも憤らずにはいられないでいた。

まあ彼女が憤ったところで決して世界は変わってはくれないしそもそも人の趣向や時代の流れに文句をつけること自体ナンセンスというものだが。

そんなことを思ってしまうのは世間の爪弾き者だという証拠に他ならない。

流行りのカフェのテーブルに一人座り、アイスカフェオレにガムシロップ二つを入れてストローを咥えてる彼女は単純に機嫌が悪いだけだろう。

『はあ』

などとわざとらしくため息を吐いたところで彼女の待ち人は来た。

『ため息を吐くと幸せが逃げるらしいぞ』

よぉ、などと手を軽く上げて対面の席に腰を下ろした少しくたびれたスーツの青年は遅れてきたことを詫びもせずにそう言った。

『誰のせいですか?』

彼女の冷静ながらも怒りを湛えた低い声に青年は少しだけバツが悪そうに

『悪い』

とそう言った。

『第一声に謝罪が来るべきだと思いますがまあいいです。それで用件はなんですか?』

とても業務的で冷たい声だ。

『まあ、そう怒りなさんな』

青年は一息置いて

『面白い依頼が入った』

そう言ってニヤリと笑った。


1

中途半端な田舎というのはどこにでもあるものだと思う。

私が生まれ育った町もそんなどこにでもある町だ。

駅前はそこそこ栄えているが駅から少し離れると田んぼや畑、住宅街、まばらにコンビニが何軒かといった具合に。

そんな町の町外れに私の働いてる事務所はあった。

『氷室くん』

資料部屋で資料の整理をしていたところに私の雇い主である事務所の主。戒崎蒼から呼ばれる。

先ほどから自分のデスクで書類とにらめっこしていたのでしばらく呼ばれることはないと思っていたのだが当てが外れた。とりあえず資料を戻して資料室をあとにする。

資料室から出ると戒崎さんはソファでコーヒーを飲んでくつろいでいた。

『書類、全部見終わったんですか?』

『見終わったから君を呼んだんだ』

『それもそうですね』

などと返して私もカフェオレを淹れてソファに腰掛ける。

彼、戒崎蒼は見た目は25、6ぐらいだと思うけど本人が教えてくれないので正確な年齢はわからない。

職業は探偵。それも便宜上らしく正しく言うなら何でも屋といったところだろうか。

本人は法に触れなきゃなんでもするなんて言っていたけれど。

『それでどうするんですか?』

面白い依頼が入ったなどと言うから話を聞いてみれば内容は実にきな臭いものだった。

最近我が町を震撼させている事件がある。

連続通り魔事件で被害者は五人。

三カ月で五人もの人が恐らく同一犯により殺されている。

共通点は全員頭を食われているということだ。

被害者は全員首から上がなく、首の損傷が激しいらしい。刃物で切られたというよりは噛みちぎられたような。そんな猟奇的かつ特徴的な犯行なのでまず間違いなく同一犯だろうと言われている。

そしてその犯行の特徴から食人鬼などとニュースではなかなかセンセーショナルに報道されていた。

依頼者はそんな食人鬼が自分の息子なのではないかと言うのだ。

『ただの失踪事件な気もしますけどね』

確かに一人目の被害者が出た日は依頼者の息子が失踪した日と同じだけれどその程度ではとてもじゃないが食人鬼事件とは結びつかない。

『まあね。確かに飛躍し過ぎだとは俺も思う。だけどわざわざ大金積んでまで息子を止めてくれなんてなんらかの確信がないと言えないだろ?』

そうなのだ、依頼者が頭がアレな人であればまだいいのだが全くそんなことはなくて。

『市議会議員さんですもんね』

『馬鹿げ過ぎていて警察に頼めないのはわかるけどわざわざ隣町のしがない私立探偵に頼らなきゃいけないぐらい切羽詰まってるっていうぐらいだから信憑性なくはないだろ?』

『でも息子さんの捜索願い出してないんですよね?』

『捜索願いすら出せないぐらいの何かがあるってことだろ』

『はあ』

きな臭過ぎる。とはいえ所長がやるというならば止める権利はない。

『それで?具体的にどうするんですか?』




『というかそもそも自分の息子が猟奇殺人鬼だなんてなんで思ったんですかね?』

一人目の被害者が出た場所。繁華街の路地裏をあとにして素朴な疑問を投げかける。

『氷室くん。医食同源という言葉を知ってるか?』

『読んで字の如く医と食は同じ源からきてるっていうやつですよね?』

日頃からバランスの取れた食事をすることで病気を予防しようという考えのことだ。

『まあその通りなんだけど中国では心臓が悪かったら心臓を脳が悪かったら脳を食べることによって病気を治そうといったような考えがあるそうだ』

『はあ』

それが今回の事件と何の関係があるのか。

『議員の息子さん。失踪するちょっと前に脳に悪性の腫瘍が見つかったんだってさ』

『え?』

それってつまり

『なかなかの難手術らしくてね。息子さんだいぶ塞ぎこんでしまったらしい』

『ちょっと待ってください』

それは、飛躍し過ぎでは。いや、でも。

『人間追い込まれると何するかわからないだろ?』

『だとしてもそんなの馬鹿げてますよ』

声が、荒くなってしまう。

『馬鹿げてるからこそうちに依頼するしかなかったんだよ。でも実際に息子さんの部屋からそういった本とかパソコンの履歴とか見つかったらしいぜ?』

そう言うと戒崎さんは少し嬉しそうに笑った。

そんな話をしている間に二人目の事件現場に着いてしまった。先ほどの繁華街から歩いて二十分ほど。市内を流れる少し大きな川の河原だ。一人目の犠牲者は酔っ払ったサラリーマン。路地裏で酔い潰れていたところを食人鬼に襲われた。二人目は河原で花火をしていた男子学生。花火が終わり、解散してすぐ一人になったところを襲われた。どちらも深夜だ。しかし

『人の頭を咀嚼するのってものすごく時間がかかると思いませんか?』

普通に考えればそうだろう。というかそもそも人の頭を食べるのなんて可能だろうか。常識で考えればありえない。

『まだ本当に頭を食ってるかどうかわからんし、そもそもその場で食う必要もないだろ』

ごもっともな意見だ。事件現場に首はないし。他から見つかってもいないのでとりあえず犯人が人間の頭を収集する癖があるのは可能性としてはあるだろう。

しかし報道通りなら首は不恰好に食いちぎられているのだからなかなかに時間がかかりそうではある。

まだ夕暮れ時だというのに人通りは疎らだ。

普段であれば河原で遊んでいる子供たちがいるはずなのだがなにぶん物騒だからだろう。

『早く、捕まるといいですね』

『そうだな』

そう言って河原を後にしようとした時。

『お前らそこでなにやってんだ』

スーツの男が煙草を片手に近づいてくる。

『布袋さん』

そう声に出したのは戒崎さんだ。

『お前はまた事件に首つっこもうとしてんのか?』

心底呆れたような嫌そうな顔でそう言う男の名前は布袋正義。刑事だ。

壮年の正義漢でこの町の平和はこの人に守られていると言ってもそれは過言だろう。

『嫌だなぁ、散歩してただけですよ。布袋さんはお仕事ですよね?』

戒崎さんが苦笑いで返す。

『それならいいがくれぐれも余計なことはするなよ?嬢ちゃんを危険なことに巻き込むな』

『わかってますよ。ただのアルバイトですから』

『助手です』

訂正しておく。

『嬢ちゃんもこんなダメ人間に付き合ってたらいかんぞ?ダメ人間がうつる』

『ひどいなぁ。一応自立して生計は立ててるんですけど』

といったようなやりとりがこの刑事と出会うたびに繰り広げられているのはどうでもいいことだろう。

『とにかく、そろそろ日も暮れるし近頃物騒なんだから帰った帰った』

『わかりましたよ』

そう言われては仕方がない。とりあえず今日は事務所に戻ることにした。




翌日、気を取り直して朝から三件目の事件現場である住宅街に来ていた。

二件の通り魔事件に続き深夜の犯行で被害者は女子学生。コンビニに行こうとして家を出てすぐ襲われたようだ。

正直胸糞が悪い。ただ毎日を生きて、当たり前に明日があると信じていつものように家を出てこんな目に合うなんて。

『早く捕まるといいのに』

こんな正義感、戒崎さんには笑われるだろう。それでも私は理不尽な出来事が許せないのだ。



4件目の現場は町外れの廃工場だった。不良たちの溜まり場であったがそのうちの2人が被害者になったらしい。

『町の中心から外れに向かっていってますね』

4つの現場から読み取れることはそれぐらいだ。

駅前の繁華街から川を越えて住宅街。そこを越えて廃工場。規則性は感じない。

『だんだんと人のいない方へと向かっていってる』

戒崎さんが続ける。

『最初のうちは衝動的犯行で後の方になるほど慎重になってるのか』

あまり収穫はないがこれで一通り現場は回った。

『もらった資料によるとやっぱりどこも現場は凄惨だったみたいだな』

『そうみたいですね』

手に持った資料に目を落とす。そこには4件の事件の詳細が載っていた。戒崎さんの知り合いが警察関係者らしくいつも戒崎さんはその知り合いから資料提供を受けている。代わりにこちらもその知り合いに情報を提供するギブアンドテイクってやつだ。バレたらその知り合いの首が危ないけど。

しかしこれだけ短期間に特徴的な犯行を重ねて未だ尻尾すら掴ませない犯人は何者なのか。

少なくとも頭の悪い人物ではないだろう。

そういえば件の市議会議員の息子は医大に通う学生だったらしいな。などと考えるが眉唾にもほどがある気がするので口には出さない。

『しかしだよ氷室くん』

戒崎さんが割と大仰な口調で言う。

『俺は日本の警察は優秀だと思っているんだけどこの事件に関しては何か特殊なものを感じてしまうんだよなぁ』

うんうんなどと一人で頷き、芝居がかった口調で続ける。それ必要ですか?などとは突っ込まない。

めんどくさいからだ。

『とはいえ食人鬼がこのまま犯行を重ねれば警察に先を越されかねない。もし彼が本当に市議会議員の息子だったら今回の報酬はパーだ』

などと言っているが最初の段階で手付金と口止め料は結構な額を頂いているけれど。

『それで?何が言いたいんですか』

そう返すと戒崎さんは。

『今夜仕掛けようと思う』

そう言って、ニヤリと笑った。


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