四年前
次の事件が起きたのは二年生に上がってからだった。いや、こちらも事件と言うには大した問題ではない。ただ、僕がサークルを辞めただけであり、起きるべくして起きた出来事である。
新歓ライブが終わって一息付いたところで、上赤と八坂が作詞と作曲を自分ですると言い出したのだ。それに伴って歌も彼らが作った曲は彼ら自身が歌うことになり、それから僕のやることはリズムギターとコーラスだけとなった。
もちろん音楽全体のバランスやイメージの調整は僕が手がけ、改善を求められたら快く手伝った。あくまで彼らの目指す方向の範囲で、僕が良いと思った音を提案したりした。しかしやはり根本的に求める質が違っていたので、そう簡単にいくものではなかった。
つまり僕自身が満足のいく作品にならず、そして僕が作りたい音には決して届かなかった。僕の求める音楽は、彼らと一緒では生み出せないと確信した。
僕にとって、彼らが完全に足枷になっていた。
橙堂の生み出すドラムは面白くて楽しく、勉強になることが多々あった。けれど二人の音は良く言えば聞きなれた音楽、悪く言えば変わり映えのしないものばかりだった。型にはまっているというより、そこから変化するのを避けている節があった。「カラーズ」の曲のほとんどは、橙堂のお陰で成り立っていると言っても過言ではなかったのだ。
ある時、オリジナル曲がすべて似たような感じになっているのをどう思うか尋ねたら、彼は細い溜息を吐き、少し唸って答えた。
「それはまあ仕方ないんじゃないのか。言っても素人だしよ。俺はその中でいかにドラムで変化を付けるか、インパクトのあるものを作れるかって楽しんでるよ」
バンド結成時に啖呵を切った彼のセリフとは思えなかった。なんというか、もっとギターとベースを巻き込んで曲を作るものだと思っていたのだ。
「去年、作り始めた時は結構意見を出してた記憶があるんだけれど」
「あれはお前が中心になってたからだろう。全員で作って良い曲になるなら、それに越したことはないからな」
橙堂と二人の橋渡しではないが、全てのパートに意見を出して纏めていたのは僕だった。あのころはまだ、付き合い方も曲の方向性も手探りだった。二年生になって以来、サークル以外では近付くこともなくなった。そして作曲中も、あまり会話は弾んでいなかった。
「上赤と八坂がドラムを見下してる感じがするからな。曲作ってる時、リズム担当にメロディはわかんね―だろって雰囲気を出してるだろう。そんな事はねーんだけどな。ただこっちに口出ししてこないから、俺も敢えて口出しすることはないかと思って、今のスタンスで取り組んでるんだ」
メンバー間で会話がないのは忌避したい状態ではあったが、その雰囲気は僕も感じていた。もっと言えば、上赤と八坂は僕との会話も最低限になっていた。良かれと思って提案した難しいフレーズを練習するか、今の技術で弾ける簡単なフレーズに変えるかを問うた場合、迷うことなく後者を選ぶ二人だ。口うるさく言ったつもりはなかったが、煩わしかったのだろう。
そんな二人と演奏することに対する疑問を聞いた。
「それは、本当に楽しいのか?」
「好き放題叩けるって意味じゃあ楽しいね。ただ、俺はもう趣味の範囲からは抜け出せねーよ。教師になる夢があるから、こればかりに時間を割くわけにはいかないんだよ。お前の方こそ、楽しくないんだろ。今まで何も言わなかったが、自分のやりたいこと、ここじゃあ何一つ出来ていないんだろ」
「うん、楽しくないし、潮時かなって思ってる。彼らとやるよりは一人で曲を作る方がまだましだ。橙堂君とやるのは楽しかったんだけれど、ほとんど作曲に携わっていないなら、僕はカラーズに居る意味がない。最終調整って言ったって、面倒な事を押し付けられているだけだし、それならいっそのこと辞めた方がお互いすっきりするんじゃないかな」
「それは確かだが、バンド活動自体を辞めるのか」
「まあ、そうだね。サークルを辞めて、今は一人で音楽を作りたいと思っているよ。自分の中にある色んな物を、具体的に形にしたい。それはたぶん、現状では一人じゃないと出来ないことなんだ」
「そうか。他の同期はもうとっくに辞めたし、一年生はへたれた奴ばかりだしな。」
「すまんね。面倒な二人を押し付けたみたいになって」
「全然構わんよ。振り返ってみればこうなった原因が俺かもしれんし。あー、なんか音楽性の違いで脱退って、ミュージシャンのもっともな理由っぽくね?」
「ははっ、確かに。おかげで僕は探究者になりますよ、と」
とは言ったが、けじめとしてその年の学校祭までは参加して、祭りの後にひっそりと退部の旨を柏原先輩に伝えた。上赤と八坂にそれを告げたとき「今までお疲れ」と言ったその顔には、憔悴と快哉が混ざって滲み出ていた。
何の未練もわだかまりもなく、サークルを去ることとなった。