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救世のソヴェルス  作者: ソラキラリ
第一章
5/6

第5話 憂鬱

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


「わたしはいまから、せかいをすくいにいくのよ」


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


「またね、ばいばい」










目が覚めた。

正確には目覚めさせられた、だが。

「………………ん、んう……」

部屋の中に鳴り響くスマホのアラームの音が、まだ半分睡眠中の脳に流れ込む。有雷零歌(ゆうらいれいか)は半目の状態でベッドの上のスマホを探り当て、アラームを止めた。ジャージ姿の零歌はベッドから起き上がり、目ヤニのついている目をこすりながら、体を伸ばし大きなあくびをする。

「……………………………………」

……変な夢を見ていた気がする。頭の中におぼろげにその映像が浮かんでいる。誰かと別れたような、そんな映像が。

誰なのかは、わからないが。

「……ねむーい」

チュンチュンと鳥のさえずりが聞こえてくる。窓にカーテンをしているせいで零歌の部屋の中は夕暮れのように薄暗い。

カーテンを開けると朝の陽射しが光の線となって闇を照らし、陽射しと共にそよいでくる涼しい風が零歌の体を撫でていく。

気持ちの良い朝だ。これから学校ということを除けば、素晴らしい朝だ。

「おーい、零歌ー。起きろよー」

部屋の外から男性の声が聞こえてくる。この声は零歌にとっては聞きなじみのある父親のものだ。

言われなくても起きてる、と心の中で思いつつ、寝巻きのジャージから制服に着替える。

着替え終わると頭をガシガシと掻きながら部屋を出て、そのままリビングに向かう。

リビングには先客がいた。イスに座り野菜ジュースを飲みながら新聞を読んでいるのは零歌の父親、有雷勇鬼(ゆうらいゆうき)である。職業はサラリーマン。近くのデパートで働いている。

勇鬼はこちらをチラッと見て「おう」とだけ言った。零歌は何も言わずに机の端に置かれているパンの袋の中から適当にロールパンを一つ取り出し口に放り込み、それを野菜ジュースで流し込む。その様子を見た勇鬼が注意した。

「それだけか? 朝はちゃんと食えよ」

「父さんもそれだけじゃん」

「俺はいいんだよ」

このやりとりもいつものことである。

零歌はテレビを点けた。朝のワイドショーがちょうどやっている。

『はい、この件についてはどう思われますか(あたらし)さん』

『そうですねえ。私の意見は--------』

(平和だなー……)

いつもと変わらない日常生活。昨日の『アレ』は何だったのか。

(ソヴェルス……)

世界を救う組織。しかしそれは誤りで、正確には極悪犯罪組織……というのは物を宙に浮かせる力?を持つ少女ギルテスからの説明。

あの二人が拠点としていたのは、零歌が住んでいる405号室のすぐ隣の406号室。今も壁一枚隔てた先に異能力者が存在しているのかと考えると、腹の中がムズムズしてくる。

「おい、どうした?」

不審な様子の零歌を見た勇鬼が声をかけると、零歌は「なんでもない」と濁してリビングを出て洗面所へ向かった。


鏡に映った自分の顔。冴えない顔立ちで暗い印象を受け、女子に好かれそうな顔とはあまりいえない。そんな自分が、告白された。桃色の髪の美少女に。

零歌は顔をパンパンと叩き、表情に緊張を持たせる。口をしっかり結んで目を鋭くすればそれなりの顔になるかと思い試してみたが……それほど変わらなかった。

「おい、俺はもう行くぞ」

勇鬼が会社用のカバンを持って出かけようとしていた。

「ああ、行ってらっしゃい」

勇鬼は素早く玄関まで行き靴を履いて家を出た。零歌が廊下に出るともう行った後なのだ。これもいつものことである。

「さて、俺も行くか……」

またひとつ大きなあくびをして眠気を飛ばそうとする零歌。あくびをすると眠気が取れる人やむしろさらに眠くなる人がいるようだが、零歌はどちらかといえば後者。しかし本人は前者だと思っている。

零歌は自室に戻りリュックと鍵を持って玄関まで行った。今日の授業の用意などは一々確認しない。

靴を履き外に出ようとしたところで、急に思い留まった。

玄関に出たらまたあの二人と鉢合わせるのではないか。

「いや、まさか……」

可能性は0ではない。別に鉢合わせても特にマズいことはないが、零歌はあまり関わりたくないと思っている。

しかしいつまでも考えているわけにもいかないので、意を決して外に出た。

目に飛び込んできたのはいつもと変わらない風景。団地の四階の通路には人っ子一人いない。やはり無駄な心配だったか。

安心した零歌は鍵をかけリュックを背負い歩き出した。このままいつも通り登校することになる。

わけなかった。


「おや、零歌じゃん。おはよーさん」


その声の主を見た瞬間の零歌は苦虫よりも苦いものを噛み潰したような表情をしていた。

「…………なんだよ」

「お、機嫌悪そうだなどうした?」

水色の髪を逆立て、両耳にはピアスをしており、左目を中心にして赤い下矢印が描かれている。さらに赤いTシャツに紫のズボンという道化師のような格好の現代日本で見るには奇怪な男、ポラル・キリル。

昨日406号室でソヴェルスという組織について色々と会話をしたので久しぶりではない昨日ぶり。零歌としてはできれば、いやなるべく、欲を言えば絶対に会いたくない人物だ。

「俺はゴミ捨てに行ってただけだぜ?」

そっか、別に聞いてないけどな、と心の中で思いつつ、無視して横を通り過ぎる零歌。

ポラルはそんな少年を何も言わずに見送った。ただ、不気味な笑みを残して。


「はぁー…………憂鬱」

行きの電車の中で溜息をつく零歌。実をいえば学校に行く日はいつも憂鬱なのだが、それに拍車をかけるさらなる憂鬱に苛まれるのは嫌である。

あの男にはどうにも好感が持てない。初対面でいきなり殺そうとしてきた相手に心を許すほうが無理だろう。

その時、ピロリンとスマホが鳴った。画面を見ると、メッセージアプリの受信通知だった。その相手は、さっきまでの憂鬱気分を吹っ飛ばしてくれる清涼剤、真竜夢為(しんりゅうゆな)だった。


『おっはよー零歌くん! 今どこー⁇』


『おはよう!電車の中だよ』


『そっか! じゃー港山公園駅で待ってるねー!』


「……………………いい」

今の自分の顔はニヤニヤしているのは間違いなし。もうさっきの道化師との邂逅なんて記憶の彼方に吹っ飛んだ。

今日は電車の中での経過時間がいつもの倍くらい長く感じた。早く彼女に会いたくてたまらない。

やっと港山公園駅に着くと、零歌は一目散に電車を飛び出し階段を駆け上がり改札口へ向かった。

改札を出て息を切らしながら辺りを見渡すと、スマホの画面を見ている桃色の髪の少女の姿はすぐに見つかった。

「お、おーい、夢為ー!」

夢為はすぐに反応した。

「あ、零歌くーん!」

トテトテと軽快な足どりで夢為がこちらにやってきた。歩く度に桃色の髪がサラサラとなびき、さらにその屈託のない笑顔が彼女の可愛さを引き立たせていた。

「おはよっ! それじゃ行こ!」

「おう」

そして二人は通学路を歩いていく。カップル自体は他にもチラホラ見受けられるが、なにしろ零歌と夢為はつい昨日出会って今日一緒に登校している付き合いたてホヤホヤのカップルなのだ。初めて見る組み合わせに、周りの生徒たちの興味を結構引く。


「誰だ? あの男の方……」

「あ、あの子知ってる! 真竜さん。私同じクラスだから……何か複雑な家庭らしいけど……」

「あの彼氏の方冴えない顔してんな」

「……誰だ⁇」


(……なんかオレをdisる声が多く聞こえるような……)

零歌の耳は自分に都合の悪いことは良く聞こえる都合のいい地獄耳をしている。あまり友達がいない零歌は認知度が低いようだ。

対する夢為はその桃色の髪と顔立ちの良さも相待って学内で知っている人は結構多い。

確かに他の人間から見れば異色な組み合わせだ。本当に夢為はこの冴えない男子に惚れているのかという疑念も消えない。

夢為はさっきから色々な話題を提供してくれている。学校でのことや家族のことや好きな本のことやテレビのことやそれはもう色々。二人で歩いていると話題に尽きてしばらく沈黙になってしまうこともあるが、夢為はそんな間を与えなかった。零歌は改めて思う。自分には勿体なさすぎる。

あっという間に学校に着いた。いつも一人で音楽を聴きながら歩いている時より体感時間が早い。

零歌は1年4組。夢為は1年7組のため、途中で離れることになる。

「零歌くん、じゃ、また休み時間にね」

「ああ、それじゃ」

……なんか寂しい。零歌はこんな感情を抱くのは久しぶりである。

夢為は零歌に背を向ける直前まで笑顔を絶やさなかった。いい子すぎて零歌との釣り合わなさがすごい。

(これ夢じゃないかな……)

これは現実であってほしい。昨日の夜の出来事は夢であってほしい。

中々うまくいかないものである。






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