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救世のソヴェルス  作者: ソラキラリ
第一章
4/6

第4話 406号室にて

男子高校生と道化師男と年齢不詳の女。

この三人がいるのは、とある団地の一室。

「………………」

周りを見渡す少年、有雷零歌(ゆうらいれいか)。零歌の目の前にはお茶が差し出されているが、一つも口をつけていない。テーブルを挟んだ向かいにいるのは、何食わぬ顔でお茶を飲む女、ギルテス。そして仕事終わりのサラリーマンのようにビールを豪快に飲む道化師男、ポラル・キリル。三人はテーブルを囲んで、男二人はあぐらをかいて、女は正座で座布団の上に座っている。

今三人がいるこの部屋は、ポラルの自宅である406号室のリビングだ。広さは、零歌の家のリビングとなんら変わらない。同じ団地のしかも隣同士の部屋なので当然だ。

リビングに置かれているのは、中央のテーブル、その隣のテレビ、パソコンだけだ。見た目が派手なポラルとは対照的に、簡素な景観になっている。

自分の家と造りがほぼ同じなので、意外に落ち着いている零歌。だが、目の前の二人を警戒していることに変わりはない。

見れば見るほど不思議な二人だ。コイツらから一体どんな奇想天外な話が飛び出すのだろう、と少しばかりの興味もある。

ビールを飲み干したポラルは、ジョッキを勢いよく音を立てて置いた。その顔は真っ赤になっており、どう見てもただの酔っ払いだ。

「へへ、いやあよく来たな少年よ、まあゆっくひしていきたまあえ」

その情けない姿を見たギルテスはポラルにジト目を向けた。

その時、ポラルの体が宙に浮き、空中を二回転してから思い切り頭から壁に激突し、そのまま床に崩れ落ちた。

さっき外で地面に叩きつけられていた時と一緒だ。零歌の目には、何か見えない力に弾き飛ばされたように見える。これは、このギルテスがやったのか。

ポラルは頭を押さえ忌々しげにギルテスを睨んだ。

「てめえこのやろう……その力はソヴェルスを制圧するためのものじゃねえのかよ」

「黙れ」

一言で場を静まらせた。ポラルは舌打ちをし元の場所に座ると、お茶をコップに注いだ。

まだ事情が呑み込めない零歌はたまったものではない。早く帰りたい帰りたい帰りたい。

「とにかく……まずこの子にソヴェルスについての詳細を教えてやらないと」

ギルテスは本題を切り出した。ポラルも渋々それに応じた。

「……仕方ねーな。よし、話してやる」

コップを置き、語り出した。

「そうだな、改めて自己紹介からしようか。俺の名はポラル・キリル。イルナギって組織の捜査員だ」

「私はギルテス。同じくイルナギの捜査員」

零歌はとりあえず頷いておく。

「お前の名前は?」

「オレは有雷零歌……高校生」

「へーえ高校生なのか……中学生に見えなくもないな」

「……うるせえよ」

零歌は声を低くして威嚇した。それをポラルはまあまあと両手で制す。

「よし零歌。お前は、この世界に『異能力』があるとすれば信じるか?」

現代とかけ離れた単語『異能力』。普通なら胡散臭いが、今の零歌にはそれを信じる根拠があった。

「ギルテス……さんが空から降りてきたり、アンタを吹っ飛ばしたところ見たからな。それが異能力ってんなら、信じる」

「なるほど、話が早い」

ポラルはニヤリと笑い、次を話し出す。

「俺たちはその力をある組織の制圧のために使っている」

ある組織。その名前も零歌にとってはもう察しがつく。

「……ソヴェルスか」

「そうだよそうそうソヴェルス!そいつらを殺しつくすための力、それが異能力。ま、もっともその力はソヴェルスのやつら自身も使ってるわけだが……俺たちイルナギの間じゃ『リスペル』って呼ばれてる」

何とかここまではついていけてる零歌。

「そして、ソヴェルスとは一体何なのかと言えば……世界を救う組織、って言われてるね」

「……?」

ちょっと意味がわからなくなってきた。

「どういうこと? 世界を救う組織をアンタらは潰そうとしてるの?」

ポラルは頭をポリポリと掻き、答える。

「まあ、そうなるな」

「……もっかい聞くけど、どういうことだ?」

「私から説明しよう」

ギルテスが説明役に名乗り出た。

「あいつらは自分たちのことを世界を救う組織、すなわち救世の組織とほざいているが、その実態は世界中で実に多くの犯罪を起こしている極悪組織だ」

「…………」

ぽかーん、といった表情で話を聞いていた零歌。世界を救うって何だっけ。

「理解ができないのもわかる。あいつらは自分たちの行いを『救い』と表現しているようだが……そんなものは真っ赤な嘘。誰一人、何一つ救ってなどいない」

ギルテスの表情に少し翳りが見えた気がする。

「記録に残っているだけでも、『ケルベム大虐殺』、『ガウストス邸のリスペル鉱石強奪事件』、『闇風の襲来』、『死の手の少女』、『飛行城探索チーム殺害事件』、それと……」

「そのへんでやめとけ」

ポラルが話を中断させた。このままだと永久に話し続けるような気がしたからかも知れない。

「……失礼。とにかく、ソヴェルスを野放しにすれば関係がない人たちが次々と殺されることになってしまう。我々イルナギは対ソヴェルスの特務組織。何としてでもあいつらを止めなければいけない」

「…………なるほど」

ここで、零歌はようやく手元のお茶を飲んだ。話の概要が少しでも見えたことで安心感が生まれたからか。しかし、まだまだ気になることはある。

「で、アンタたちは何で青石町にいるんだ? ソヴェルスのメンバーってやつがこの町に来てるってことか?」

「その通り」

はっきりと、伝えられた。ギルテスの目はここにいない誰かに敵意を向けているように見える。隣のポラルは相変わらずビールをちびちびと飲んでいるだけだが。

「ソイツは女だ。六年前に大量殺戮を行なった重罪人……名前は業霧結光(わざきりゆみつ)

ギルテスはお茶を少し飲んだ。

「現在我々はあの女を追っている。何が目的なのかは知らないが、この青石町に潜伏しているとの情報は掴んでいるからな」

「……マジか」

大量殺戮を行なった人物が潜伏している。ソヴェルスとはまったく無関係なこの町に。

零歌は寒気が体を走るのを感じた。

「ま、そんなビクビクするもんでもねーよ。俺たちも何の考えも無しにいるわけじゃねえ。俺がここに住み始めたのだってちゃんとした計画の下にあることだからな」

ポラルは不安などなさげでケタケタ笑いながら言う。零歌は今の言葉に少し引っかかる部分があった。

「アンタ、いつから住み始めてるんだ? 今までアンタの姿なんか見たことないんだけど。それに最近隣に新しい人が越して来たのも聞かなかったような……」

零歌の疑問にはポラルは笑いながら答えた。

「ああ、それに関してはちょっとしたカラクリがあってな。ここの前の住人はイルナギのメンバーになったんだよ」

「……え。どういうこと」

疑問符が浮かぶ。

「イルナギってそんな簡単に入れるモンなの?」

「そりゃあ情熱さえあれば誰でもな」

「適当なことを言わない」

釘を刺された。ポラルは邪魔するなといったようにギルテスを睨む。睨まれた少女は誤魔化すかのようにまたお茶を飲む。零歌はこの二人の関係性がイマイチよくわからない。

「えっと……アンタら二人は同僚?」

ピクッと。同僚という単語に反応したギルテス。ポラルはそうそう!と同意したようだが、

「私が上司よ……」

獲物を殺す目で横の道化師を射抜く。

ギルテスが上司で、ポラルが部下。見た目は正反対に見えるが。

「あーなんとなくわかる」

零歌はうんうんと頷く。ギルテスは見た目こそ少女だが、さっきからの口調と漂う雰囲気は年上のイメージを想起させる。

「あーもう今はそんなことどうだっていい!」

突然ギルテスが癇癪を起こした。話題を変えられたのが気に入らなかったようだ。

「話を戻すわ。もうアンタは黙ってて。私が全部説明するから」

ポラルは「へいへい」と諦めて丸投げした。

「我々イルナギは誰でも入れるわけじゃない……でも厳密に言えば、ある条件を満たせば誰でも入れる」

「条件?」

「それは、ソヴェルスに対して強い憎しみを持っていること」

憎しみ。その単語が何を指すのか。それは先ほどの会話の内容から推測できる。

「大量殺戮……」

零歌は思わず呟いていた。ギルテスはしっかりと頷き、続ける。

「ソヴェルスによって家族や親戚や親しい人を傷つけられた者たち……それがイルナギという組織を成り立たせている」

淡々と話していくが、その内情はかなり深刻なもののように思える。

その話が本当なら、今目の前にいる二人も。

「……アンタたちも、か」

「まあ、そうね。別に大したことじゃないけれど」

心なしか少し早口になった気がするギルテスの口調。

「俺も、特に気にするもんでもない」

ポラルは本当に動揺してなさそうに見える。

ギルテスはさらに話を続ける。

「ソヴェルスが引き起こした事件の犠牲者が、たまたまここの住人だったという訳よ。その住人がイルナギに入ったのが約三ヶ月前。そして我々がソヴェルスの調査でこの青石町に潜伏しなければならないときに、丁度いい拠点はないかと探したところ、この406号室が見つかったということ。知り合いの家なら大荷物を運び込む必要はないからね」

「なるほど」

ようやく納得できた。引っ越しの謎は解けたが、まだ気の抜けない部分はある。

「それで……さっき話した殺人鬼? はこの近くにいるのか?」

「そりゃあ近くにはいるだろうなあ」

ポラルは当然のように言う。

殺人鬼が。この近くにいるのだ。

「……心配しなくてもいいわ。あの女は別に無差別殺人をする人物ではないと思うから」

その言葉も真実なのかはわからない。零歌にとっては知らないことばかりで、不安感は一切拭えない。

「有雷くん、あなたにこの話を聞かせたのは、あなたに少し疑わしきことがあるからよ」

「疑わしきこと?」

「あなたからソヴェルスの香りがする理由。それを調べるためにあなたをポラルの部屋に上げたのだから」

さっきの外での会話で、そのような話題が出てきたのを思い出す。しかし、心当たりは微塵もない。

「ソヴェルスの人間かどうかって、香りでわかるもんなの?」

「普通の人間にはわからねえ。俺たちのようにリスペルを使う人間ならわかる」

リスペル。それはさっき知った単語だ。現実世界とはかけ離れた異能力。

「ソヴェルスのメンバーは、入団したその瞬間、『総帥』から洗礼を受ける」

「そうすい?」

「おい意味知らねーのか? 総大将って意味だぞ。さらにわかりやすく言えばリーダーだな」

めっちゃバカにされた気がした。とはいえすぐに意味が出てこなかったのも事実だが。

「……まあいいや。それで、洗礼って……」

「我々も詳しくは知らない。これは潜入捜査員の情報だが、ソヴェルスのメンバーになったその瞬間から、とある儀式が執り行われるのだそうだ。それによって、『香り』が付く。その香りは嗅覚で感じるものではなくて、神経に直接伝わる……まあこれは実際に感じてみないとわからないがな。リスペルの能力を使える者だけが感じとれること以外に、詳細は不明だ」

「…………」

今の説明を聞き、零歌は自分の体を見る。

(香りがしている……のか?)

全く実感が湧かない。

「それだけじゃない、お前は俺の攻撃をかわしただろ。アレも香りを持っている人間が出来る芸当だ」

「いや、わからない。オレの意思とは関係なく体が勝手に動いたんだけど……。あと、香りってのもわからないし……」

「まあお前にはわからねえだろうが……俺たちにははっきりとわかるぜ。お前から漂う忌々しい香りがな」

忌々しい。さっき零歌を有無を言わさず殺そうとしてきたのは、その感情があったからか。

「改めてお前に聞くぞ。お前はソヴェルスのメンバーなのか?」

目を見開き零歌を睨みつける道化師。相手の真意を問い質そうとしている目だ。ギルテスも零歌の返答を待っている様子。

しかし、何度言われても零歌の答えは変わらない。

「何回も言うけど……オレはソヴェルスって組織は全く知らないし、香りがする理由も全然わからない」

それを聞いて、ポラルは諦めたように長い溜息をつき、ギルテスに顔を向けて話す。

「おい……どうする? 原因不明のままで終わりか?」

ギルテスはしばらく下を向いて沈黙していたが、こちらも同意見のようだ。

「……この件はひとまず一旦保留。我々の本目的は業霧結光の殲滅にある」

前髪を邪魔そうにかき上げ、再び零歌に顔を向けた。

「有雷零歌くん、君はもう帰っていいわ。ただ、事の真相が判明次第また話を聞きに行くかも知れないけどね」

帰っていいわと言われても零歌の家は隣の405号室である。帰った気がしないと思う。

ポラルはビール瓶を持って零歌の前に差し出した。

「まー、なんだ! 付き合わせちまった礼に一杯どうだ?」

「未成年だっての」

「冷てーなぁ」

ギルテスに白い目で見られたポラルはビールを最後まで飲み干した。

零歌は立ち上がって伸びをする。あぐらをかいていたとはいえずっと座っていたので尻も痛い。ポラルも同じく伸びをしたが、ギルテスはまっすぐ立ち上がりコップを台所まで持っていった。ずっと正座だったのによく痺れないな、と二人の男は感心した表情でギルテスの脚を見る。

零歌はそのまま玄関に向かったが、何かを思い出して振り返った。

「あ、最後に一つだけ……殺人鬼の女って本当に大丈夫なんだろうな」

「安心しろ、俺たちを誰だと思ってる。一般市民に手出しはさせねえよ」

自信に満ち溢れた表情だった。ギルテスもそうだと頷いた。

「なら……いいけど」

零歌はそのまま早足で扉を開けて外に出た。バタンッ、と扉を閉めた後に周りを見渡す。

いつもの団地だ。いつも自分が見ている風景だ。さっきの空間での会話が異質すぎて、零歌は知らない世界に来てしまったんじゃないかと錯覚していたのだ。 隣は自分の家である405号室。その玄関の表札を見てみると、405号室と『有雷』の文字がしっかり書かれている。紛れもなく自分の家だ。

零歌はカバンから鍵を取り出し扉の鍵穴に差し込む。そしてガチャッと音がしたら扉をゆっくりと開けた。ポラルの家と造りはほとんど同じだが、内装の違いでこれが自分の家だというのが一目でわかる。零歌はスマホで時間を確認すると、現在時刻午後8時4分。

零歌の父親はいつも帰宅時間が午後9時くらいなので、家の中は真っ暗だ。零歌は自分の部屋に入り、カバンを床に置きベッドにダイブした。そして、さっきの出来事を思い起こす。

『ソヴェルス』、『イルナギ』、『リスペル』。

謎の二人により謎の単語を用いて語られた謎の話。

さっきは一つ一つ頷きながら聞いていたが。

意味が。わからない。

いや、正確に言えば意味はわかるかも知れない。しかし、それを信じるかは別問題だ。

あれは夢じゃない。その事実が、零歌の気分を憂鬱にさせていく。

その時、スマホにメッセージアプリの受信通知が届いた。誰からだと思って画面を見ると、『ゆな』という人物からだった。

『ゆな』。それは。

(そうだ……オレの彼女じゃん)

今日の夕方に告白されてそこから付き合うことになった正真正銘の彼女、真竜夢為(しんりゅうゆな)

そういえばそんなこともあったなー、というところまで、その出来事の印象に残る順位がさっきのソヴェルス云々の会話と逆転しつつあった。それほどさっきの会話は現実性がなかった。だからこそ、忘れようと思っても忘れられないのだ。

そんなことを思いながらメッセージを見ると、

『零歌くん、こんにちは! 初めてのトークだね! 改めてこれからよろしくね♪ by彼女のゆなより』

「…………いい」

憂鬱気分が少し晴れた気がした。











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