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救世のソヴェルス  作者: ソラキラリ
第一章
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第1話 告白

目が覚めた。

有雷零歌ゆうらいれいかは辺りを見渡す。薄暗い空間の中に並べられた机とイス、前方には深緑色の板が存在を主張している。今自分がいるのが、高校の教室だというのが一目でわかった。その教室には今、零歌一人しかいない。

 零歌は眠い目をこすりながら壁に設置されてある時計を見るに、現在時刻は午後5時26分。ちょうど夕暮れ時だが、外に夕日は見えない。空一面を巨大な雲が覆っているからだ。おかげで、電気もついていない教室は闇が溶け込んでいるかのような空気に満たされており、不気味さを醸し出している。

 零歌の机の上には1枚の紙が置かれており、そこには数学の問題が10問記されている。解答欄はすべて空白である。これを見た零歌は、今自分が置かれている状況を思い出して、喉の奥からあぁーーー……と気だるげな声を出して机に体を乗せた。


 時間は約2時間前にさかのぼる。

 今日の授業を終え帰り支度をしていた零歌は、担任の女教師天島地穂てんしまちほに声をかけられた。

「有雷くん。今からちょっと職員室まで来てくれん?」

「……え、何でですか」

「大事な話があんねん」

 場所は変わり職員室。この時間は部活動に行っている教員も多く、人は割と少ない。そんな中、天島と零歌は1対1で向かい合っていた。

 天島千穂はアラサーの独身女教師。サバサバした性格で生徒には割と人気はあるが、零歌は結構苦手である。

「で、なんすか」

 天島は深い溜息をつき、

「なんすかちゃうやろアンタは……」

 呆れた顔で零歌を見る。そんなことを言われても、零歌には何も心当たりがないのだが。

「なんか思い当たる節ない?」

「いやーないっすね」

「もっとよーく思い出してみ」

「んーいや、ないっすね」

「これやこれ」

 痺れを切らした天島が、1枚の紙を掴み零歌の前に差し出す。それは、中間テストの成績表だった。どの教科も赤点ギリギリかそれ以下であり、悲惨な状態となっていた。

「今日返されたやろ? アンタも今持ってると思うけど」

「え。あ、ああ……はいはい」

 成績を確認した瞬間ビリビリに破いて捨てたなんて言えなかった。

「これがどうかしたんすか」

「いやいや……わからん?」

天島は溜息をつき、成績表のある部分を指差した。そこは、数学の部分。そこに記されていた点数は、『4』。

「これはどういうことなん?」

「……どういうこととは」

「わかるやろ。なんでこんな点数かってこと」

 天島は零歌を鋭い目で睨みつけた。

「難しかったんですよ」

 目を逸らしながら零歌は答える。

「難しかったっていってもクラスの平均は51点、学年の平均は54点やで。……あんな、有雷くん。数学が難しいのは確かにわかるわ。でも、このままやったらこれからついていけなくなるで」

 その真剣な眼差しはまさしく生徒と真摯に向き合う教師といったものだった。しかしそう言われてもまったく心に響かないのがこの有雷零歌という男である。

「数学なんかどこで使うんです? こんな集合だか関数だかよくわかんないやつ」

「生きてればいつか役に立つときが来るわ」

「いや、来ないと思います」

「有雷、そろそろ怒るで」

 え、さっきまで怒ってなかったんすか。という言葉は飲み込み、零歌は一歩後ずさる。天島は逃げ腰になっている零歌を見て、

「なに逃げようとしてんの? 今日はまだ帰られへんで」

「なんですか怖い。もう帰りたいです」

「このプリントを最後まで終わらせたら、な?」

 差し出されたのは、零歌が見るだけで頭が痛くなる数学の問題プリント。似たようなのをテスト前の数学の時間にやった記憶があるようなないような。多分ない。

「今から教室に戻ってこれをやってき。合ってる合ってないは重要ちゃう。とにかくやることが大事やからな。終わったら職員室まで持ってくるんやで。あ、途中で投げ出して帰ったりしたら明日首絞めるからな」

「お、おう……」

「は?」

「はいはい、はいわかりましたはい」

 零歌は問題プリントをひったくると光の速さで職員室から出ていった。

 いや、おっかない。あの教師はマジおっかない。


 そして現在に至る。やる気などあるわけがなく、開始数分で寝落ち。正直バックレたいが、そうすると明日天島に首を絞められる羽目になる。

 ふと外を見ると、雨が降り出していた。今日の天気予報では夕方から雨が降るときちんと知らせてあったのだが、朝の天気予報などろくに見ない零歌は傘など持ってきていない。ただでさえダルい気分になっているのに、追い討ちをかける天気の変わり目だ。これは自分の運を呪うしかない。

「早く帰りたいのに……帰れない」

 机に突っ伏しながら呪文のようにモゴモゴと呟く零歌。こうなったら雨が治まるまでここで寝ておくか、という思考に至ってしまう。

 そのとき、教室の扉が開く音がした。誰かが教室の中に入ってきたのだ。

「………………?」

 零歌は机に伏したまま、入ってきた人物の正体について考えた。

 忘れ物を取りに来たクラスメートか……もしくは鬼教師天島か。どちらにしても今の零歌の姿を見れば不審がることは間違いなしだが、もう半分おやすみモードに移行している零歌にとってはどうでもいい。

 その人物は、カツカツとローファーの音を響かせてこちらにやってくる。そして、零歌の机の前で止まった。

「あの……有雷零歌くん……だよね?」

「――――――――??」

 自分の名を呼ばれた驚きに加え、多分自分の記憶にはない声を聴いた驚きで、零歌は顔を上げた。

 そこにいたのは、今まで見たことがない少女だった。この高校の制服を着ているのでここの生徒なのだろうが、クラスメートではない。淡い桃色のロングヘアーに整った顔立ち、制服のボタンを1つ外し着崩していて、スカート丈を膝より1センチ上まで短くしている、一言で言えば今時の可憐な少女だ。

 その少女が今、零歌の正面に立っている。零歌はしばらく固まっていたが、少女の方からもう一度語りかけてきた。

「あの……有雷零歌くん……?」

 再び投げかけられた質問に、零歌は恐る恐る答えた。

「はい……そうですけど」

 答えると、少女は明るい笑顔になり、

「あ、やっぱりそうだよね! あの……その……」

 少女は顔を俯かせ、モジモジしだした。

「と、突然なんだけど…………………わ、私…………」

 か細い声だったが、零歌はその声が一言一句しっかりと耳に入った。

「……あなたのことが、好きです。付き合ってください……!」

 告白、されたのだった。

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