第97話「真の道」
武装の躊躇いなく雷は大地に怒りを覚えたように僕らに牙を向いた。木が火に燃えてゆくなか、拳に電気をまとった少女とヒラユギはここに現れた。
「助太刀はいらぬ。市民に被害が出たときを除いてな」
「わかりました」
うなずくとほぼ同時、炎帝さんは雷を携えた状態で姿を見せた。彼女の手には不自然に誰かの右腕が驚異を見せつけていた。
無造作にそれを落とすと、彼女は口を開いた。
「油断をしてくれて助かった。お陰で1対1に持ち込めた、感謝する。おかげで1人を殺せた」
「は?」
僕の発した言葉に対し見せたミカロの恐怖に固まった顔はさておき、炎帝は白く透き通った手を落とした。入れの行き届いた美しい肌。どこかで見たことのある感覚が、背中に両手斧を呼び寄せた。
「緑髪よりも目線がどこか遠くに行っていたから何か気になるのだとは思ったが、まさか本命だったとは。あの女も災難だったが悪くない最後だったと思う。幸せの顔だった」
「そうか。ならキミは何も語らなくていい」
両手斧にまとった水は、彼女から発せられた熱によって煙のたなびきみたいに蒸気となり消えた。彼女は笑わなかった。
スクロールを投げ背中に風が僕を炎帝に押しやる。彼女の焔がほとばしるよりも先、僕の両手斧が彼女を貫く。血を得た瞬間、両手斧は傲慢だった。動きを留めることなく彼女に左右に食らいつく。彼女は両腕を盾にしたまま何もせず吹き飛んだ。
「爽龍燐・渦牙槍!」
斧の端、突起上に伸びた水の槍。生き物のごとくそれは彼女が避ける先をゆく。炎帝の拳に消されても、何度となく再生する。この優勢に僕は不敵な笑みを得ていた。両手斧を回転させ、自分上空に渦を作り揃え、突きの接近とともにそれはドリルへと形を変えた。
「爽渦水・燐魯槍!」
炎帝の急な回避に、螺旋が貫いたのは左腕だけだった。右手に焔を溜め留まることを知らず拳を僕に投げつけた。僕はまた不敵な笑みを浮かべた。水を得た両手斧は炎など知らなかった。まるで避けるように一振りごとに火は二手に分かれ逃げ出した。彼女が後退するよりも早く、僕は彼女の腹を突き、首元に狙いを定めた。
けれど風の一閃は僕の手を穿つように炎帝との間に放たれた。背に振り返ると、そこには扇子に風を纏わせたミカロがいた。
「誰なの。そう聞きたいけど本物のシオン、だよね?」
僕は両手斧を背にしまった。
「話をするとミカロは怒りそうですが、本物ですよ。お腹を出してよく寝ているところをちゃんと覚えていますから」
彼女は手元の扇子をホルスターに戻し、エイビスを見るとともに口を開いた。その眼はいつになく冷静で笑いの顔など一つも見せはしなかった。
「……本当みたいね」
「わたくしも何度か見たことがあります。間違いありません」
ミカロは僕の奥、おそらく炎帝に目を向けた。何も語らぬその一筋の視線に対し、炎帝はため息をつき、続いてどさりと座り込むような音がした。目線が僕へと移ると同時、炎帝は確かに座り腕を組んでいた。
「本気で拳を交えたいところだが、どうやら叶いそうにない。我らが社を更地にするわけにもいかんしな」
「……」
各々その意味を読み取ってか、二人は何も語ろうとはしなかった。炎帝の目は動揺を含んでいるような気がした。語る必要がある、そう言わんばかりに静かに彼女の瞳に灯が揺れていた。
語るべきか否か、選択の余地はなかった。
「敵も味方も倒す。それが僕の、以前からの目的です」
思った通りに誰も言葉を発しようとはしなかった。それは後ろで心を図っていたヒラユギたちにも聞こえていたようで、彼女もこちらを見たまま動く気配がなかった。
「シオン、それって?」
ミカロの答えよりも早く、ヒラユギが僕に斬撃で応えた。両手斧と剣がこすれ合うなか、彼女はねこだましをくらったような顔をして動かず、エイビスは迷いなく剣をヒラユギに向けた。
ヒラユギの腕は闇の渦へと消え、その瞬間エイビスは僕を彼女の方向に押し出した。裏切りを背にしたかと思えば、エイビスの手には彼女の消えた腕があった。舌打ちと同時に剣が牙を向きしかめ面が近づいた。
けれど両手斧を振り落としたときの衝撃に柔らかみがあった。案の定、そこには被雷のようにたなびく頬髪を垂れ下げた女性が僕らの合間に入りこんでいた。
「仲間割れか。まとめて相手をしてやろう」
力の解放。きっと彼女たちにはそう見えたことだろう。血のようににじんだオーラが身体から抜け出、空へと飛び立ってゆく。はたから見れば、僕は敵のそれだ。困ったことにヒラユギは殺しの目突きで僕に刀の筋を見極めていた。
やれやれとため息まざりに言葉をつぶやいた。
「雷帝さん、距離を取ってもらえますか?」
「……」
「下がれライセイ。こやつらはここにいる意味がない。それ以前に問題がある」
「その名で呼ぶな」
雷帝はそう言いつつ僕らに背を向けたかと思えば、体を発光させどこかへと飛び去った。オーラを解いてもヒラユギの紫色の殺気は消える気配を見せなかった。
「ヒラユギ、今はクエストです。語るのはまた今度にしましょう」
「……」
クエストという言葉がよほど効いたのか、彼女はそれを聞くなり雷帝とほぼ同じスピードで飛んで行った。安堵の吐息とともに両手斧をしまい、目を閉じた。目に見えなくとも頭には見えていた。僕の頬に振りかかる稲妻に似た一撃が訪れることを。
けれど困ったことに全身の力を消してもそれが現れはしなかった。あえて観念を選んだ。
「ミカロ、僕を試しているんですか?」
「……」
埒が明かない。目を開き彼女を見やると、すぐさま僕の両手を揃えそこに両手を添えた。まるで何も知らない純粋で無垢な子供のように、彼女は汚れを知らない目をしていた。
「私達のためになること、なんだよね?」
「ええ。でも僕を信じるなんて相当お人よしですよ」
「甘いのは嫌い?」
僕はクスリと笑った。ミカロもそれに応え白い歯を見せた。拳を胸に当て、エイビスが目に入り、ため息をついた。
「そんなに手負う必要はないですよ。エイビスは自分の考えを貫けばいい」
「ええ。正真正銘、わたくしの考えに基づいた行動ですわ。それに困ったことにもうすでにシオンさまは手向けられているようですから」
初めて僕はミカロから手を逸らした。いつもは彼女が素早くやるものだが、今回は久しぶりの感触が幸いしてか、僕が勝った。おかげで彼女の頬は少し膨れていた。逃げ場を奪ったことを恨んでいるに違いないが、それをよそ眼で逸らし、息を整え咳払いとともに無理に言葉を出した。
「どこか部屋で話さないか、できれば2人で」
「はいはい、長い話になりそうだけど聞いて……ハァ!?」
彼女は熱湯が沸き上がったような顔・瞳で僕を見た。文句を言いたげでそれを口ごもるその姿は可愛らしくもあり、子供っぽくもあり、さっきまでの行動を悩ませる。
いつの間に姿を消した炎帝はさておき、僕は彼女の手を取り移動を開始した。炎帝たちの三山に囲まれたこの町は風を守ってくれるはずもなく、寒気がほとばしり太陽を知らぬ朝の気温には、そのぬくもりはそれを忘れさせるほど暖かく、離す理由がないほど不可避のものだった。
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