第96話「魔法武装」
「余裕」
彼女は僕に飛び込んだかと思えば、水の五芒星は生き物のように彼女を灯籠の直前でトランポリンのように伸縮し止めて見せた。彼らは背中を取るのが好みのように肩甲骨に向かい直線に走る。両手斧を彼女に構えると同時に声が飛び出す。
「上昇風!」
背中から聞こえてくる土の吹き飛ばされる音。彼女の拳よりも先に僕はその風で空へと飛び立った。水帝は風から水を自分に戻し僕の元へと弾くと目をミカロに合わせた。
僕は真っすぐに降り立った。直感が叫んでいた。あの水に触れれば予期せぬことが起きるような気がすると。思った通り何もしなかった僕に傷はなかった。
「このままやられる、思った。風めんどう」
ミカロは親指でGOODのサインを出すと同時に左のホルスターから扇子を取り出し、小刀を持ったような手つきで敵へと駆け出す。
彼女の横を走り、狙われたのはやはり僕だった。水帝の水を帯びた張り手に僕は五芒星の水ごと体を貫こうと斧を前に構える。
滝を割ったような飛沫が目の前を塞ぎ、耳横を風衣の扇子が通り過ぎる。水をはらうと意外にも水帝は後退。罠の予感が拭えない。
「冷静、上がってる。こいつのせい」
「思ったよりスピード、って感じじゃないよね」
「けど一瞬が命取りになります。間違っても1人で出ないでくださいよ」
「オッケー、ここはシオンに任せるよ」
狙いを見失ったかのようにミカロはさらに両手から6本の扇子を放つ。攻撃は当たることなく水帝は僕に拳の標準を揃える。
「何度見ても同じ。お前はつまらない」
「これでもそんなこと言える?」
地に突き刺さり役立たずとなったはずの鉄扇子。ミカロの手に戻ったその一つは口から踊りこぼしたように水帝の血を落とした。
水帝は眉間に集中を寄せ、その場から消えるほど早くこちらに拳を構え彼女の前に現れた。ミカロをさらうように彼女を右手に抱きよせ、盾代わりにした両手斧は摩擦を吹いたかと思えば水の弾丸が襲い掛かった。
「水は任せますよ」
無数に放たれたはずの弾丸。ミカロは笑みを見せて空に踊り手を地にかざした。それらの行く先を知っているかのごとくに鉄扇子は全ての水をさらい、僕と水帝の障害をゼロにした。
「それがお前の限界」
「三桂翔磨・龍旋!」
5つの水玉を投げだした瞬間、僕はチノパンに付属させていた風の武装を発動させていた。直感の読みは不幸にも正しく、僕の頬を氷の剣がかすり水帝と同じように血を流していた。僕の目には体を貫いたはずなのに、空元気といわんばかりに息を荒立たせ笑顔の彼女が映っていた。ミカロが地に着くと同時、彼女は倒れた。
「夜、眠い」
言い訳にも思える失笑を不可避とさせる言葉を残して。
「面白いもの持ってるじゃん」
あえて自分ルールなのか、手作業で鉄扇子を拾い集め終えたミカロが自慢気につぶやく。彼女が指さした僕のチノパンには戦闘加工が施されている。一つは移動の加速や小さな障害を除けるのに便利な風、そして火と水ともう一つ。おじいさんに教えてもらった技術だが、残念なことにうちには魔術を知っている者がいないために、そう簡単にストックが作れないことが問題だ。
彼はスクロールとして印字するものを作ってくれたが、敵がそんな暇を与えてくれるとは、考えにくい。
どこかのファッションブランドと似ているのか、それとも単に自分のものに取り入れようと考えているのか、彼女は僕の下半身に視点を置いたまま立とうとしなかった。
ちょうどいいことに僕も考えたいことがあった。ミカロの下着が色までわかってしまうほどに見えていたことだ。本当なら素直に言えば一番簡単なのだが、パンチは免れない。ヘタをすれば鉄扇子の餌食もあり得なくない。
けれどそれを離れようとするたび、余計に彼女の怒りを買ってしまう気がして、やはり言わないのが正解だろう。それか彼女が眠りに踊り始めたときにでも言おう。可愛さがプラスされるのはそうだが、彼女に損があるのはなんとも好きでない。彼女はまだ僕のチノパンを見ていた。
「そんなに気になりますか?」
「気になるというか、ちょっと妙な気がするの。ここは五芒星じゃなくて四平方線理で結べば悪くない火力になるのに。あとさっきの風も三辺頭数理にすれば勢いが上がるのに」
彼女が見ていたのはまぎれもなく僕の魔法陣だった。何度か文様をなぞっては理解に堪えない言葉を繰り返し、一人でため息をついていた。
「これが読めるんですか?」
「うん、言ってなかったかな。星霊を呼ぶには魔法陣の知識が必要なの。特にミファたちは難解で覚えるのに苦労したなー」
僕はうれしさのあまり彼女の両手を握っていた。ほころび出る笑いの中、彼女は驚きを見せるも拳を構えはしなかった。
「じゃあこれに写し書きはできますか?」
「やったことはないけど、コツさえわかればいけるかな」
「そうですか! ありがとう! ミカロ、顔赤くないですか?」
「赤くないわよ! 目が悪くなったんじゃないの!」
赤い、そうでないとの論争の中、二つの砂利を擦る音が僕らをその目線へと動かした。そこにはなぜか木帝とおぼしき唯一話がまともそうな緑の和服を見に就けた男とナクルスが立っていた。
「これが中央部のカップルというものか。うむ悪くない移り映えだ」
「日常茶飯事に見せられると、雲影のようなうやむやな感情にさせられるがな」
「それは不都合というもの。けれどそれは貴方の心次第」
「確かにな」
ミカロは怒号の一つでも放つかと思ったが、それどころか冷や汗を顔に不安と不可思議に2人が話す様子だけを見ていた。それに捕らわれる前に喉を鳴らし僕は口を開いた。
「ナクルスの隣にいる人とは、戦ったんですか?」
あの頃が懐かしい、と言わんばかりに顎に手を添えて木帝は語った。
「本来なら実力行使といきたかったものの、実は炎と氷では耐性が低くてね。無理は後悔の道。私はそう思ったのだよ」
語らうべきじゃなかった。言葉を聞き僕もミカロのように冷や汗を頬に肩を胸に並べ言葉を失った。ナクルスのしてやった、というグッドサインもまともに見る気がしなかった。
「陸帝、面倒が嫌い、だけ。だから雲帝やつける」
そこにいたのは紛れもなく水帝だった。背中に水がないこの状態は小さく愛らしくもあるただの女の子に見えた。衣がもう少し厚ければ。ミカロの警戒に気にすることなく、雲帝は陸帝の手を掴んだ。
「銀髪、もう興味ない。勝手にパンツ、斧男に見せてればいい」
「なっ!?」
僕が目を逸らすもむなしく彼女は背にいた僕を睨み、スカートの後ろを力強く押さえた。後で話あるから、という怒り隠れた言葉を言うと、彼女は笑顔に戻った。ごくりと飲み込んだ唾は苦かった。
「雲帝、お腹減った。温かいもの、欲しい」
「そうだな。ちょうど私も食べたいと思っていた。それではまた会おう、3人よ」
陸帝が扉を開いたとき、髪が焦りを得たように電気を肌に流したような気がした。彼の髪が横に引っ張られるように見えた瞬間、それは確信に変わった。
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