第95話「飽き時、ちょうどいい」
「所詮はぬるま湯の児子というわけか」
エイビスの攻撃を飛びかわすと同時に僕は鉾とともに空に浮かんだ。重力の前に鉾は地中へと串ささる。相棒を背に敵は拳を構える。
「奥の手というわけではないようだ。先に主を消しておくとしよう」
「させません」
水の潤いをまとわせエイビスの刀は姿を見せた。敵は臆することなく焔を拳に彼女と対した。蒸気が辺りに舞い、視覚が泳ぐ。右隣の影を背に鉾を手に取り態勢を構え一落の奇襲を仕掛けてゆく。
鉾に逆らったそれは、焔の右腕だった。
「どうしてなお戦いを求める? お前の攻撃が通らないのはわかっているはずだ」
「だからこそ考え狙う。無抵抗のままやられる気はないんですよ」
「語ることだけは一人前か。差なら理解が深まるか」
焔が語ったのが幸いと言うべきか、僕の目は背に向かう火を捉えていた。
鉾の切っ先が彼女の頬をかする。けれど溢れたのは血でなく宙を舞う零れ火。体重を空に預け飛び放った砕牙の一撃に彼女は門と同じほどの高さに飛び上がった。
「艱難辛苦は承知の上。けれど考え皆同じならば、世界は変わるはず。それをあなたも知っているのではないでしょうか」
彼女は悟ったように瞳を閉じ、僕は飛び上がるのをやめた。エイビスの刀は桜色の光を灯し、鞘から花びらが舞う。
「わたくしたちは今を変えるために刀を手に取るのです」
雪景色の氷を穿つように、3斬の稲妻のように放たれた一撃は、桜の調べを呼んでいるようだった。
「三翔二門・桜吹雪」
桜とともに映った悪意の笑み。巨大化した右手は彼女の刀を挟み掴み、左から押し寄せた僕にもう一方の手を向ける。
けれどその手は力なく拳を解き、彼女は口を開いた。
「まとまった悪くない考えじゃ。少しは信頼に値する」
彼女がエイビスの刀から指を離したのを見ると、僕は彼女から後退した。数分の間。彼女は虚像に似合わぬ困り顔と呆れ手を見せると、人型へと戻った。
「武装を解除せよ、といっても納得してはくれんか。我は善悪が決まる戦い方は嫌いなのだが」
エイビスと目を合わせてうなずき、僕らは武装を構えに収めた。はぁ、とため息付いた女性の声は呆れ顔を強調していた。
「少しは信頼してほしいものじゃ。我は守神。信じても罰は当たるまい」
「いえ、それよりも先に。どうしてあなたは薄装なので?」
西部の気候は僕らよりも安定していて暖かい。が、どう頑張っても彼女の服装、真っ白く羽のようにふんわり柔らかい衣だけなのは無理がある。何より僕にとっては普通の会話をすることに障害が生じている。冷静な今は横目で見るだけで精一杯だ。
彼女は枯葉を手に取り肩に乗せると、両拳を握ると、火元に油を注いだかのように弾ける炎が彼女の背中に姿を見せた。
「見ての通り、我の衣以外は全て燃えてしまう。熱を発生しにくいものや水性のものなども試して見たが、灰となったオチじゃ」
彼女に服を投げつけなくてよかったと考えるべきか、永久に落ち着けないこの状況に焦りを得るべきか。僕はエイビスに彼女へと近づいてもらい、エイビスの肩先に彼女が見えるようにした。だんだんと直視に落ち着いた。
「1対1で話せんとは、なんとも弱々しい覚悟かの」
「それとこれとは別ですよ。あなたのような人、他にいませんから。人がどうかも曖昧ですが」
「わたくしもシオンさまに賛成なのですが、なにぶんお顔を見ずに会話をするのは失礼な気がいたします。申し訳ありません」
「気にするな。誰かが鍵を毎朝かけるせいで、壁越しでの会話は慣れてしまっているのでな」
混乱も一潮に、僕らは武装を解除した。しきりに聞こえる端末からの衝撃音を背に、女性は口を開いた。
「何十年、いや何百になるか。こうして宝を守り努めるというのは難しいようで意外と簡単なのだ。ここ一帯では多人数に対応した特殊部隊が存在する。そのため我の元に来るのはほとんどおらん。まぁ最近写真機を持ったヘンな女はいたが」
相談するより先に答えが出てしまった。その特殊部隊と対峙することなく、カメラをハンデに背負い、炎帝さんを写真に収めることができた人物はシェトランテさんで違いない。
もしもそうでなくとも、彼女が何かしらの工作を行ったに違いない。口にせずとも、きっと僕らをあの場から遠ざけたかったのだろう。如実にあの場所は故郷のような思い出が呼び起こされはしなかった。
彼女から目をそらすと炎帝さんは眉間に力をこめ腕を組んで口を開く。
「その様子だとどうやらぬしらの知り合いのようだな。今度連れてきてはくれんか」
「どうでしょう。あの人はいつもどこかに飛び回っていますから、伝えられるかどうか」
炎帝さんが古風な考えであることを祈った。今すぐにでも耳の対珠隣に位置しているデバイスのボタンを押せば、心拍数に応じての危険度を本部、星正議院に伝えられ受取手であるシェトランテさんが飛んでここへと来るに違いない。
もうひと嵐の予感が僕をそこまで恐怖へと導いていた。
「そうか。ならば仕方ない。それより他の仲間は大丈夫か?」
「大丈夫ですよ。炎帝さんも始めからこちらに全力で挑むわけではないことはわかりましたし」
「いや殺せるようであればそうしていた。信頼を築くよりも、勢力を減らすことができれば理想に近くからな。手加減など、とうに捨てた」
まるで頭から戦闘データを抽出したかのように、実力を見て笑みを見せる彼女を僕も微笑んだ。どうやら心が禍々しいのは一緒らしい。
エイビスが僕らの戦況への揺れ動きに拳を握る姿を目に僕は力を抜いた。
「平気ですエイビス。5人は僕より強い。残念ながら勢力は減らせませんよ」
「……そうか。ならばマンツーマンでも余裕か」
「マンツーマン?」
お腹に悪魔を宿していたかのように、彼女は僕らに嗤った。それは笑顔でない愚かさを嘲笑っている顔だった。
「二言はない。お主らはバカの1人がいなかったおかげで幸運にも我とタイマンとは相いれなかったが、他の者は違う。果たしてお前の言う信頼がどれほどのものか、見せてもらおう」
彼女の口がさらに動くのをどこの空、その場を飛び出し僕はデバイスにミカロの居場所を提示させた。青いレーザー光線が夜空に一筋の光を見出す。それは七色の反射を見せる銀髪を雨粒の波音らしく、町に降らせた。
彼女の表情はどこか気に入らない曇り色だった。
「シオン、どうしてここに?」
風をまとった鉄の扇子を投げ彼女は言葉を放つ。案の定そこにいたのは水でできた五芒星に輪をかけたものを背中にまとう炎帝さんに似た薄衣の女性だった。
答えを返す間もなく彼女は左掌をかざし、水の弾丸が僕の顔へとめがけ飛び立つ。両手斧でそれを振り払うとともに、口を開く。
「嫌な勘がしたんですよ。話はこの人を倒してからにしましょう」
「わかった。そっちは大丈夫なんだね」
全員が炎帝さんと同じような平和な考えとは限らない。少なくとも今の弾丸はそう思えた。彼女の眉間に深みが入る。
「ずーぶ好かれいる。ちょうどいい、飽きていた」
ミカロの顔に変わりはなかった。しかも人一倍冷静に彼女は何でこっち見ているの、と言わんばかりにいぶかしげな顔をした。僕はそれを心の中でくすりと笑った。
彼女を炎帝とすれば、この人は水帝に違いない。
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