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第91話「砂煙香る発明女」

「シオン」


 ミカロは首を右に回し、目で後ろを指す。その言葉に僕は鼻で笑った。


「わかっていますよ。けど、ミカロの準備運動には持って来いの敵じゃないですか?」


 歩行の隙間に後ろを見やる。そこには一足一足がまるで大木のように太く大きな巨躯をもった黒岩を被ったようなトカゲが姿を見せていた。僕らに目が合うこともなく、ただひたすら僕たちの先を見つめている。僕らでいえばアリの気分だ。


「勘弁してよ。私あーいうヌメッとしたやつ大嫌いなんだから」


「わかりましたよ。けどその代わりに何か奢ってもらいますからね」


「それもパス! 今お金ないんだから」


 リゾートで金のピアスを買おうか迷っていた者とは思えない言葉を背に、やれやれと思いつつ、トカゲの腹へと駆けてゆく。


 その道を断つ存在に、僕らは後退する。珍しく誰かと同じように着るのに一苦労な桃色の着物を見にまとい、緑髪の彼女は僕に笑顔を見せ、刀を鞘に収めるとトカゲの咆哮は海を揺るがした。


「ゴォオオオオオオオッ!」


 海はひしめきと共に波動き、大鯨が身を隠したように津波と雨潮をまき散らして姿を消す。けれどそれ以上に僕らは彼女から目を離せなかった。


「お怪我はございませんか、シオンさま?」


「エイビス」


「なんで私の心配はゼロなのよ」


 相も変わらずミカロはエイビスへと近づき、睨みをもって彼女を見た。彼女は文句もなしにミカロに掌で空間を開けさせ、後退させると笑みを持って答えた。


「その必要はないと感じましたので。なにせ後ろのあらゆる方に向けて下着を見せびらかす余裕がおありのようでしたので」


 ミカロの顔が真っ赤になるのと同時に、僕は顔が青ざめ、ヘマをした共犯者のごとくに僕を赤顔で睨む彼女に目を逸らす。心の中でやれやれと思う自分がいる。ミカロは後ろのスカートを片手で押さえ、口を開いた。


「そんなわけないでしょ! どこでそんなの見てたの」


「シオンさまに害が及ばないよう、離れた位置で待機していたのです。あなたが空から来た時は少し驚きましたわ。危うく攻撃してしまいそうでしたから」


 有利を見せほほ笑むエイビス。悔しそうに唇をかみしめ彼女を睨むミカロ。ふと口から笑いがこぼれると、2人は僕を見た。


「参りましょうシオンさま。ミカロは忙しいみたいですから」


「ちょっとなんでそうなるのよ!」


「おーい、ちょっと待て」


 耳に飛び込んできたのは男の声だった。頬に傷があるものの、整いを知らない、ところどころに跳ねている赤髪。両拳を握っているところから見ても、彼はあの人物と一致していた。けれどその顔はいつになく不機嫌な仏頂面だった。


「エイビス、いくらなんでも再会早々に力を披露されてもなぁ」


「ファイス!」

「ファイスさん!」


 揃い出た彼の名前とともに、彼は笑みでなく一応といった手振りを見せると、エイビスに近づき拳をそっと優しく彼女の頭に触れた。


「いくら俺が見えなくてもあれはやりすぎだ。あいつだって気持ち悪く思われるとしても、命あることに罪はねぇんだからな」


 刀や和服は桜吹雪の中に消え去り、彼女の白いロングスカートが姿を見せる。そして懐かしい両手を揃え、謝罪する彼女の姿にふと安堵を得た。


「申し訳ありませんファイスさん。わたくしの不注意で」


「まぁ私は人の通り道に、こんな考えなしの巨大獣連れてくるやつをどうかしていると思うけどね」


「しょうがねぇだろ! あいつ水に泳がせると見境なくなるんだよ。地上にいると行動が制限されて、ちょうどいいんだよ」


 僕は眉間に皺を寄せていた。それは彼の言葉ではなく、だんだんと眉が吊り上がってゆく女性の顔に対して浮かんだ悪寒と耳をふさぎたくなる情景のせいだ。


 案の上、銀髪の彼女は眉を噴火のごとくにふき上げ、口を開いた。


「それだったらそんなの連れてこないでもらえる? 自業自得もいいところよ。エイビスはおとなしく謝ったけど」


 エイビスは自分を庇護するミカロに対して驚きの顔を浮かべ、ファイスは意外にも口を開かなかった。ミカロは不思議に首を傾げ、僕の出るはずだった抑制の言葉も出番をなくし動揺していた。


「ま、あいつに悪気はない。悪かったよ。サンキューな」


「ゴォオオオ!」


 汽笛に似た雄叫びをあげ、手を振るエイビスを見ると、大トカゲは音速のごとくに海の中を泳いでいった。ミカロは心の消化不良と言わんばかりに腕を組んで不満な表情を浮かべていた。僕は心の中で笑みを得ていた。


「不満ですか?」


「別に。私の意見は通ったから何も文句ないし」


 文句を裏に隠し、大人ぶろうとする彼女の姿に安堵の息が空に舞う。やれやれというよりも、かわいげ含んだその顔に思わず失笑してしまいそうだ。その顔を見ると彼女はさっきのトカゲのような顔をしたので、すぐに冷静にさせられたが。


「相も変わらず、といいたかったのじゃが、さすがに2年も立てば別人じゃの。それでこそ我らが友というところか」


 右手から発せられたディスプレイで何かを調べるメガネの青年。右で炎を首に巻き付け温まる男。そして身体の成長を含めれば一番に変わったといえるであろう、紫色の着物を見につけ140ほどの身長へと変化を遂げた女性が口を閉じる。


「なんだ? 3人はもう集まってたのか」


「なぜか揃う気がしなくて通り道の始めで誰かの通信を待っていたのじゃ。案の定獣に乗って来る輩もいれば、横から斬りかかった者も、空から来たもののおったからの」


 僕はそっと目を逸らし、それを境に思い当たった何人かも我知らぬというばかりに目が外に逃げる。彼女は目を丸くして手を胸前に挙げる。


「冗談じゃ。皆に違うから頼もしい、そういう裏言葉でもあるぞ」


「まぁ知ってたけどな」


「緊張していらっしゃるようですわね。ファイスさん」


「気のせいだろ」


 エイビスの笑顔をよそに、僕らはかつての部屋へと向かっていた。自慢そうにゴーグルを額に上げ、特殊銃を腰のホルスターに下げる彼女に会うまでは。


「ずいぶん遅かったわね。おかげで紅茶が冷めちゃったわ」


 その言葉を聞くなり、僕らは苦虫を加えたような顔で彼女の跡を付いて行った。

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