第87話「災禍の魔術」
「シオンさま、わたくしの水着、いかがでしょうか?」
普段では絶対に見えないすらりとぷにっと柔らかそうな感触のしそうな足やハリのある胸の上部をさらけだした、白を基調とした花柄のビキニ姿のエイビスを僕は顔以外まともに見れなかった。けれど感想を何も言わないわけにもいかず、ありのまま思ったことを述べた。
「エイビスに、とてもよく似合っていると思いますよ」
「ダメですわ。しっかりと見てくださいませ。シオンさま」
逆効果だった。彼女は僕の顔を両手で押さえ、目線を胸近くに固定した。目を逸らそうにもエイビスは顔を近づけ、僕を逃がそうとはしなかった。
「ていっ!」
「ひゃん!」
エイビスは飛び上がったかと思えば、その瞬間、彼女の首から氷が滑り落ちる。僕の前に現れたのは、桃色に緑のストライプのビキニを着た銀髪の女性だった。
「シオンが困ってるでしょうが! 相変わらず隙も何もないんだから」
「いえいえ、シオンさまはきっとわたくしの水着に見惚れてしまったのでしょう。わたくしは誰かさんとは違い、シオンさまをお風呂に閉じ込めたりしていませんので、きっとまだ慣れていないのでしょう」
「なんでアンタそのこと知ってるの!?」
「用事を思い出しましたので、失礼いたしますわシオンさま」
「ちょっと待ちなさいよ!」
エイビスは思わずこぼしてしまった情報を背に、ホテルの方へと駆け出していった。ミカロもそれを追うようにビーチサンダル片手に走り出していってしまった。残ったジュースをもったいないと思い、僕はそれぞれに口を付けた。味が混ざって意外とおいしい。
「まったく相変わらずじゃの。これじゃあしばらくは楽しめそうにない」
ヒラユギは僕の隣に背もたれが調節可能な白い縦長椅子を持ってくると、僕と同じようにサングラスを付け書物のページを開いた。彼女らしくあるが、古文書にサングラスというシュールな感じがまたなんとも言えない。
右を振り向くと、息を荒げてミカロが戻ってきていた。
「エイビスを追いかけなかったんですか?」
「追いかけたけど、逃げ足だけは速いのよね。あれだけなら、星必要ないんじゃないの?」
「さすがにそれは無理だと思いますよ」
というよりもむしろ彼女の意見には全力で反対したかった。もし星なしに刀を持とうとすれば、彼女は筋力をつけようとするだろう。そうなれば当然腕も太くなる。が、それは勘弁だった。エイビスにはすらりとして上品な腕が似合っている。ティーカップの取っ手が取れてしまう絵など見たくない。
ミカロも僕たちと同じように椅子に腰を降ろし、この島の見取り図を見ていた。きっと今夜の予定もぎっしりと詰まっているのだろう。僕は彼女の邪魔になるだろうと、波のすぐそばで、島の先を眺めた。
ずっと欲しかった休暇だ。けれど、僕の中ではもうすでに不服がなかった。言ってしまえばもう戻ってもいいのでは? と思ってしまうほどに。
セレサリアさんは三カ月もの休暇を用意してくれた。けれど、それを見た瞬間、僕はそんなに長い間は必要ない、と言いたかった。けれどシェトランテさんたちに文句を言われる気がし、こうして受け入れてしまっている。そして退屈してもいた。
「ほっほっ。少年よ。悩み事か?」
声の方向へと振り向くと、そこには首が隠れるほどに鬚を伸ばし、熱さを気にしていない、といわんばかりの茶色皺立ったシャツ、ジーンズ、杖を片手に茶色く汚れたローブ。違和感こそあったものの、僕は老人を見て立ち上がった。
「お主、どうやら普通の観光客ではないようじゃな。もしや星使いか?」
「はい」
「それならちょうどよかった。ついてきてくれんかの」
「はぁ」
彼は一度笑顔を見せたかと思えば、尖ったような目線で僕を訪ねた。危険もあったが、退屈な僕にとってこれほど好機な何かはなかった。彼は30階あるこの島にたった一つのホテルへと向かい、迷うことなくエレベーターに乗りこんだ。ここの常連、だったりするのだろうか。にしては恰好が正装とは言い難い。
彼がカードキーを読み取り機に見せると、一番上のRというボタンが姿を見せた。それを杖で押すと、ゆっくりと屋上へとエレベーターは上昇を始めた。僕は警戒し、腰のポーチから星を取り出し、右手に握った。
「君はどこ出身だね? サイグルマギア、アルフトベレン、それともニスティアか?」
「ラグルーシアです」
「……」
彼の選択肢が何を意味していたのかは理解していた。彼が挙げたのは平和に名高いクエスターの町だ。ミカロと出会うまではサイグルマギアで所属していたことになっている。けれど、今ではラグルーシアの出身ということで辻褄を合わせている。そうすることで、一応記憶喪失だった、という話はないものになっているのだが、今回は別に意味をなさなかったようだ。
「ラグルーシア。確かクエスターの踏破率は100%とかいったかの。お主、ちなみに世界平均ではどのくらいか知っておるかの?」
僕はゆっくりと首を振ると、彼はやれやれといった表情で鬚を搾るようにつかみ、はぁとため息をついた。屋上の到着音と共に彼は言った。
「ざっと40%ってとこじゃよ」
扉が開いた瞬間、僕には半円を描くドームとタイルが敷かれた日光浴にぴったりの場所が見えた。が、血を流し倒れている4人の姿に、僕は奥歯を砕くように力を込めた。
「みんな!」
一番近くにいたエイビスに駆け寄り安否の確認を取った。彼女は頭から血を流し、うつらではあるが僕と目を合わせた。わずかの呼吸で彼女はかすれた声を上げた。
「シオンさま。申し訳ありません......」
ぐるりと彼女が重力に負け、胸が膨らみを見せるのを確認し、彼に鉾をたたきつけた。感触はない。杖は鋼鉄のような硬さを持ち、僕の鉾を弾いた。輝きと共に服が姿を現し、睨んだが、彼はひるみを見せなかった。
「満足ですか? 僕を呼び出せて」
「満足ではない。はなから全員を相手にするつもりだった。貴様で五人目。残るは一人。ほんの少しだけ期待していたんじゃが、どうやら誤算だったようじゃの。年は取りたくないわい」
彼は鉾を持った僕を見た瞬間、僕に杖をかざし火の玉3つを召喚した。それらは生きているように僕の元へと飛んできた。彼らの包囲網を潜り抜け、彼の正面を取った。
「我を守護せよ!」
鉾を振り下ろした瞬間、まるで世界が彼のもののように水の壁が彼を守った。背を取った火の玉はこれみよがしに速度を増してシオンに接近する。水の壁は意外にも頑丈で、トランポリンのような飛び上がりの動きを得た。
振り向くと水の壁は消え、火の玉は五つとなって姿を見せた。魔法を使ってきた相手は今までに何度となく戦ってきた。そのたびに欠点を突き、隙を勝利に繋ぎとめてきた。けれど、狙ってくるのが僕だけとは限らない。エイビスの息を止めようと動いてもおかしくない。慎重にならずにはいられない。
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