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七つの星の英雄~僕は罪人~   作者: ミシェロ
第9章「僕はシオン」
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第84話「彼女の隣」

~シオン君へ~

 夕日の沈むころ、私の実家に行かない? もしよければ同封してある紙をポケットに入れてください。嫌だったらビリビリに千切ってください。

セイン・カルトレット


 シオンは彼女が意外にも策士であったことに驚きを隠せなかった。確かに彼女は水鉄砲で戦ったとき、背後から敵を狙うという子供らしからぬ戦法を使っていた。それよりも、いつの間にこれを仕掛けたのか、それが最大の疑問でもあった。


 喉にごくりと唾を飲み込み、便箋の隅に刺さっている丁寧に切り取られた紙の一片を取り出した。紙は優しい光を放っては消えてを繰り返していた。チャンスはこのときしかない。拳をぐっと握り、シオンは少しだけ皺のできた彼女の紙をポケットにしまった。


 けれど何も起こる様子はなかった。まさか彼女が飛び込んでくる、わけもなく、ひょっとすれば道しるべにでもなるのかと思えば、それも否定だった。その瞬間、彼女は実は気が付いていないじゃないかと不安がよぎった。けれど彼女の実家までは3・4時間を要するという事実に、俺はタイムオーバーを悟った。


 別に焦る必要はない。今日で一生会えなくなるわけじゃない。時間はまだたっぷりとある。と自分を落ち着け、俺はまた暗礁の世界に帰った。もし彼女がどこか遠くへ行ってしまったら、と一抹の不安を残して。


 体を冷やす心地の良い風が髪を流し、暖かい夕日がシオンの体を照らす。整った環境に彼は思わずにこりと口で笑みを浮かべ、隣でその様子を見つめる彼女も彼の可愛らしい寝顔をうれしく思っていた。


 風になびく草の擦れ合う音。シオンは飛び上がるように目を覚ました。白い石造りの屋敷。まぎれもなくそこはセイン・カルトレットの実家だった。夢か。彼の思考は思ったよりも冷静だった。


「夢だと思ってる? それだったらつねってあげようか?」


 物をつまむような指の仕草を見せ、綺麗な夕日を背に風で髪が波打つ金髪の女性に、シオンの鼓動はテンポアップを始めた。


「うそうそ! もうー真剣に受け取らないでよ。こっちが困っちゃうから」


「そうか、悪かった。にしてもセイン、どうしてここに?」


 彼女に再会できたことの驚きに動けないシオンを見て、セインはお腹を押さえ、けらけらと笑い、涙を拭きとった。彼の質問を聞き、彼女はポケットから小さな紙を取り出した。光はないものの、それは彼の持っているものと近似していた。そして、彼のポケットにはそれは消えていた。


「光は主の元へと戻る。私の光を得た紙が、シオン君をここまで連れてきてくれたの。便利でしょ私の能力」


「今まで何人と星使いに会ってきたが、確かにそんな生活向きの能力を見るのは初めてだな」


「まぁでもシオン君は狼さんがいるから、必要ないかもね」


 彼女の冗談に笑いを見せつつも、俺は流れる風に髪をかき分ける彼女から目を離さなかった。彼女を見ているほど、今までの彼女との記憶がよみがえっていく。初めて知り合った出来事。数多く遊んだ思い出。そしてなにより、彼女が一瞬遠い場所へと消えてしまったこと。今となっては全てが大切な思い出だ。


 小刻みに揺れる鼓動を落ち着け、俺は彼女の手を握った。なぜだか、彼女の背中を見るとまた何年も会えなくなってしまうような予感がして、思わず強く握らずにはいられなかった。


 セインはほんの少し不安そうに頭を傾げ、優しい目で俺を見た。強い風が靡いた瞬間、俺は好機に口を開いた。10年前のあの時の約束を果たすために。


「セイン、俺のパートナーになってくれないか?」


 言葉の意味を考えた瞬間、体が燃えるような熱さになった。けれど彼女は目を細め、俺から手を離し、心細そうに腕を曲げた足に巻き付けた。


「ごめんシオン君。私もう相手がいるんだ。私が一緒にいてあげないと、どうしようもなくて、ダメダメな人が」


 刃は残酷にも俺の心臓を貫いた。けれど、俺は痛みを得ていなかった。それどころか無傷な気もしていた。冷静な考えが頭に浮かんでいた。10年もたっているんだ。彼女にパートナーがいたっておかしくない。一桁の歳の記憶なんて伝説と一緒だ。ふっ、と情けないため息とともに、言った。


「なんか悪いな。勝手に俺だけワクワクしていて」


「いいよ、謝罪なんてしなくても。私も約束し解いて破っちゃうなんて最低だよね」


「それでも、その人がセインにとって大切な人に変わりないってことだろ? むしろ安心したよ。昔のセインは俺しか友達がいなかったから、離れ離れになったときは一人ぼっちになってないか、心配していたから」


 その言葉を聞いた瞬間、彼女は頬を膨らませ、俺の腕をぽこぽこと優しく叩いてきた。俺はダメージを受けたように痛みを口にしたが、彼女は嘘つきを嫌い、ふいとそっぽを向いた。が、俺の謝罪を聞き、彼女は得意げに何か奢ってね、の一言で解決した。


 その瞬間、彼女は俺の左掌に口づけをした。柔らかい感触に全身は針のような肌を見せ、時が止まったような感覚にさせられた。彼女のしてやったり、の顔に俺は仕方ない、とため息をついた。


「シオン君も早く良い相手、見つけてね」


 彼女は彩変わる群青色の空を背に、上目遣いでそう言った。自信はなかったが、このときばかりは彼女の姿勢に負けるわけにはいかなかった。


「見つけてみせるさ。セインが羨ましく思うぐらいな」


 それはどうかなぁ、と自分で言っておきながら、ナンバーワンであることを外れたくないセインは首を傾げると、俺のごまかし笑いを受けて一緒に笑った。その響きと共に、彼女だけの輝きが町に残った。


不思議な光を背後に感じ、振り向くと、そこには丸く柔らかそうな白い毛並みをした、見たこともない動物が姿を見せた。それは彼女の両手に乗ると、紙の時と似た優しい光を放つ。そろそろ分かれどき、そう思ったのは俺だけで、彼女は物足りなそうに服の袖をつまんできた。彼女はなんだかんだ俺のことが心配らしい。


便利にも白い生き物は体から缶コーヒーを差し出してきた。少しだけそれに興味が湧いたが、彼女はそれを守るように全身で覆い隠した。金属の擦れるかちっ、という音、冷静を呼び覚まし、安らぐ香りとともに、彼女は言った。


「シオン君はミカロちゃんとエイビスちゃんならどっちが好み?」


Twitter「@misyero1」で更新情報を確認できます。

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