第83話「彼女の言葉」
「そうでした! シオンさま、ファイスさんに伝言をお願いしても?」
「何を、だ?」
「本日は休暇、もしくはわたくしたち3人だけでも欠員にさせていただきましょう。昨日お酒が入っていたとはいえ、もしかすれば準備をしているかもしれませんので」
「わ、わかった。ファイスにそう言ってくる」
見送るように手を振るエイビスの姿を不自然に思う自分がいた。彼女はそれを先に思いつかなかったことに対して疑問が現れたが、きっと酒のせいだろうと自分で収めた。行儀悪く廊下を駆け出し、エレベーターにそそくさと乗り込んだ。
☆☆☆
シオンは駆け足でエレベーターへと向かった瞬間、エイビスはほっとしていた。それは安堵であり、同時に不安でもあった。
「ありがとう。エイビスちゃん」
わたくしはセインの自らを読み切った言葉にぺこりと恐縮の礼をした。ミカロは戦うときのような張り詰めた目で口をつぐんだまま、何も言葉を発しなかった。わたくしが紅茶を一口含んだ瞬間、セインは立ち上がって頭を垂直に下げ、口を開いた。
「ありがとう。それでしか私は二人にお礼できないよ」
「ちょちょっ!」
「落ち着いてくださいませ、セインさん!」
二人も立ち上がり、彼女にかけ寄ろうとしたが、セインは息を吸い込み、はきだした。
「これが私のできることだから。情けないよね、昔からよく知っている幼馴染なのに」
怒号に似た声量でありながら、光の結晶が零れていくセインさんの言葉は、二人の感情を改めさせた。セインさんは涙を腕で取り去ると、ソファーに座りなおし、静寂が流れた。けれど、それはミカロの光明を持って消え去った。
「てぇいっ!」
「いたっ!――」
セインさんに訪れた衝撃。わたくしの目には考えなど毛頭なさそうなミカロが、彼女に手の膝をくらわす瞬間が映った。わたくしは彼女の手を力強く握り、首を振った。けれど彼女は悪びれる様子もなく、わたくしから手を振り掃い、席に戻った。
「誰が悪いとかじゃないよ。シオンは記憶を取り戻せた。セインさんにまた会えた。それで結果オーライ、でしょ?」
エイビスは不満を彼女に言おうかと考えていたが、全て吹き飛ばされてしまっていた。繊細でありながらも素直。この出来事で誰が悪いとか悪くないとかはもうごめんだったのだろう。そんな考えが宿ると、彼女はセインに笑顔を見せた。
「ミカロらしいですわね。セインさん、確かにわたくしたちはシオンさまの記憶を取り戻すことに成功しました。けれどそれは、あなたが最後の最後で助けてくださったから、ではないですか?」
その言葉を真に受け取ったのか、セインは一筋の川に似た涙が流れた。二人はその様子に動揺を隠せず彼女の元に近寄った。けれどその瞬間、セインは腹を抱えて笑い始めた。彼女の想いが広がり、その場を3人の笑い声が覆っていた。
☆★☆
シオンはファイスに休暇のことを聞くと、彼はもう10回は聞かれたことのように、だから今日は休みって言っただろ? と不満げな声を返してきた。その言葉に謝罪をし、セインの用意していた個室へと戻ってきていた。
とはいえ内心では鼓動が異常なまでに鐘を鳴らしていた。まるで警報のレベルで。これからどうしよう。綺麗な夕日が見れるところがいいな。そこで告白......
自分には荷が重すぎると知っていた。10年ぶりの再会だ。無理もなかった。彼女はまるで昨日会ったかのような表情をしていたが、やはり体からはすっかり彼女への耐性がなくなってしまっていた。そのせいで鏡を見ては自分に変なところはないかと確認する始末だ。
3度の深呼吸を終え、個室の扉を開く。
「どういうことだ?」
ふと出てきた疑問。そこには金髪も銀髪も緑髪もなかった。あったのは二つに折りこまれたメモ帳の一片。開けるとそこにはエイビスの文字が記されていた。
~シオンさまへ~
わたくしたちはセインさんの提案で、ショッピングへ参ることにいたしました。わたくしはシオンさまもお誘いしようと考えたのですが、何分女性服ではシオンさまに不都合が生じるかもしれません。
そこで申し訳ありませんが、しばらくシオンさまの部屋でお待ちくださいませ。できるだけ早い時間で済ませますのでお任せください。ちょうど新しいお菓子が届く日ですので、シオンさまとヒラユギさんでお召し上がりください。それではまた。
P.S 覗きにいらっしゃいますか? わたくしは歓迎いたしますので。
エイビス
「相変わらずの冗談だな」
P.S+ 冗談ではありませんよ。ぜひお越しくださいませ。
まるでこの言葉を読んでいたかの如く、彼女は俺を罠にはめた。やられたことが情けなく、ソファーに勢いよく飛びこみ悔しさかみしめる。が、なぜか心が洗われたような気分にさせられたのもまた事実だった。
「昼寝でもして待つか」
ソファーから飛ぶようにその場を後にし、俺は退屈だったはずの眠りをなぜかここから欲していた。この時間が嫌いだったわけでも、1人でいることを寂しく思ったわけでもない。けれどまるで心にぽっかりと穴が空いたように、気が付けば呆然と見慣れている部屋の天井を見つめていた。
ヒラユギは俺のことなど気にもせず、じっくりと古くに栄えていた文明の古文書を読み、ほほう、と俺には理解できない感嘆の声をあげつつも、知識を欲しページをめくっていく。
シオンは本が好きではなかった。昔はよく読んでいたが、ある日に自分の知識だけでは意味がないことに気づかされ、それ以来読んではいない。知識が増えるのはよいことだとは思っているが、それで戦闘に支障を出したくなかったのだ。
けれど、そのせいで戦い以外にやることがないのも事実で、シオンはやれやれ、と面倒に思いつつ、アイマスクでキラキラと輝く光の世界を暗礁にした。どうせならたっぷり眠ろうと意気込み、真っ白で優しく柔らかい枕に力を押し付けると、地面にぱらっと静寂を破る一筋の音が耳に響いた。
面倒ながらもアイマスクを取り外し、今度は綺麗な便箋付きの手紙を拾った。明るさに慣れきれない細目を指で擦り、次第にピントが文字に合っていく。そこには宛名も差出人の文字もない。
シオンにはこの差出人が誰なのかわかっていた。何もかも全て計算づくだったのだ。俺がこうして最初に眠ろうとすることも、ヒラユギがテーブルを占領していることも。参ったな、と軽いため息をつきつつも、中の手紙を開く。けれどそこにあったのは裏切りの文字だった。
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