第74話
僕は罪悪感から外へ出てミカロに報告することにした。臨時とはいえ今はミカロをリーダーとしていた方が、みんなの士気も上がるだろうと考えてのことだ。本当ならエイビスと話をしたいところだけれど、ミカロに見つかっては大変だ。
『シオン! そっちは順調?』
『ええ。これから青い玉を探しに向かうところです』
『そっか。不思議だね、なんかシオンが遠くに行っちゃったような気がするよ。実際はそんなことないのに』
昨日までの彼女とは大違いだ。むしろ彼女は僕を慕いつつある。そうなった今では、なおさらエイビスとのことを話さないわけにはいかない。……いや、彼女はシルヴィルタのときから僕のことをどうにかして好きになろうと努力しているのではないか、その疑問が今でも晴れない。それだったら僕は彼女に真実告げるべきだろうか。
『シオン! 何考え事してるの!』
『すみません! ちょっと気になったもので......』
『……別に謝らなくてもいいのに......シェトランテに変なちょっかい出してないよね?』
『ミカロは僕がそんなことをする人だと思っているみたいですね』
『そ、そうじゃないけど......念のため? 忠告の上書きよ。それとシオンに話とかなきゃいけないんだけど......』
彼女は端末を耳から外しベッドの方を僕に見せる。そこには白い布で緑髪の彼女の体を拭く紫髪の女性の姿があった。彼女の体は火照り、息もあらく、何より熱に負けている様子だった。まさか......
『エイビスが体調を崩しちゃったみたいなの。本人は大丈夫だって言うんだけど、シオンはどう思う?』
僕と彼女の目が合う。今すぐにでも飛んで行きたい。そんな表情を見せると彼女は僕に手を振り、笑みを見せた。僕は彼女の心配からかちこちの固まった笑顔しか返せなかった。
『心配ありませ......シオンさま。シオ......さまは自らの直感を......』
『まだしゃべったらダメ! 熱だって上がりっぱなしなんだから......』
ミカロも不安を隠せない様子だ。確かにエイビスは今まで無理を押し通してきているイメージがあった。どんなときでもみんなを後ろから支えられるように努力してきた。彼女が倒れるのは時間の問題だったのかもしれない。
いまそれに気づかせてくれたことに感謝するべきか。できることならそんな彼女を僕は心から抱きしめたいと思った。何より詫びたい。自分の管理が怠っていることを。何がリーダーだ。何が彼氏だ。僕は彼女の何も知れていないじゃないか。
……決めた。そんなことになるくらいなら、僕は彼女に真実を告げる。それがみんなのためでもあるんだ。
『クエストはどうするんですか?』
『そこは心配しなくても大丈夫。シュガーが女医さんをこっちに連れてきてくれるって言ってたから、任せることにしたわ。ただでさえ、誰かさんのおかげで最近は収入が少ないからね』
ミカロは笑いかけるように僕の目を見て犯人を語る。何も言えない。現に僕のお金は減る一途を辿っている。記憶のためにはしょうがないと割り切っているのだから問題はない。それは後でもどうにかなる話だ。……リラーシアさんに言ったらきっと怒られるだろうけど。
『あ、シェトランテには言わないでね。すぐに駆けつけようとしちゃうから』
『いや、ここまで来たら僕一人でやりますよ。そうした方がエイビスにとってもいいでしょうから』
『なりませんの! シオンさまの行動を......わたくしが止めるなどぉ......』
『だから安静にしてなって! 自分の状況わかってんの?』
彼女の上ずり浮かぶ重みのない言葉に僕は拳を握った。シェトランテさんならすぐに対処することができるんじゃないか。けれど彼女がいなければ青い玉の探しに支障が出ないとも限らない。
僕は彼女に手を振り返すことしかできなかった。ミカロに覚悟があるように、彼女にも覚悟があるはずだ。健康体の彼女なら、きっと僕の背中を押そうとするに違いない。
『それじゃあまたね』
電話が切れた画面にシェトランテさんが映る。僕たちは挨拶を済ませると移動を再開した。青い玉の位置まであと少しだ。
「燃料は大丈夫なんですか?」
「これ、太陽光で充電できるのよ。まぁ今回は海上の危険もあるから普通の燃料も積んでるけど」
バイクの左右に付けられた大きな鞄にはハンバーガーが2000個は入る空間が存在している。アイテムを画面によって選択するとそれが出てくるという画期的なものだ。僕もほしいところだけれど、財布はそれを許してくれないみたいだ。
僕が眠っている合間に、僕たちは新たな街へとやってきていた。そしてレーダーの位置:大きく白い石造りのお屋敷へとやってきた。ここならパーティーができそうだ。エイビスのドレス姿、見てみたいな。
ここに青い玉を盗んだ犯人が......僕を高揚が包む。とはいえさすがに人の家に勝手に入るには忍びない。ミカロなら強引にでも入りたがるだろうけど、さすがにそれを黙認してくれるわけもない。
呼び鈴を鳴らして反応を確かめる。……当然のように都合よく応答は帰ってこない。
「留守なわけないでしょ! ぶっとばすわよ!」
「シェトランテさん落ち着いてください! 正星議院にいられなくなりますよ!」
「いいわよ自分で研究所くらい作るから!」
「そういう問題じゃないですって!」
僕は鍵穴をハンマーで叩こうと考えたシェトランテさんを必死に止めた。この人が正星議院の中一番危険分子な気がする。たぶんそのことをわかっているから、リラーシアさんは彼女の近くにいるのかもしれないけど。
とはいえ鍵がかかっているんじゃ埒が明かない。ここは出直すほかないか。ちょうど重要な事項も残っているし。きっとエイビスのために姿を消してくれたのだろう。僕はむしろ感謝をした。彼女は怒りそうだったので早めに物騒なハンマーをしまってもらった。
けれど僕のため息は心がこもった大切な何かをはきだしてしまっている感覚がした。
「また別の機会にしましょうか、そしたら何か状況が変わっているかもしれないですしね」
「いいえ、そんなわけには参りませんわ! せっかく突き止めたんですもの! 最後まで正面突破ですわ!」
「また乱暴な......ってエイビス!?」
僕は彼女の火照りのない姿に衝撃を得た。手は震え彼女の背中に回したいくらいだった。が、シェトランテさんがいる手前そうするわけにもいかない。きっと彼女がこの事実を知ったら僕を脅しにくる。そんな気がする。そして間違いないと信じて疑わない。
けれど“ハル=ゲフェイル”まではそんな2、3時間で行ける距離じゃない。いったいどうやってここまで......
「どうしてここに?」
「決まっていますわ。シオンさまの、彼氏の一大事にわたくしが参加を断る理由なんてありませんもの。そんなときにクエストをしようとしても気になって集中できません。ですからわたくしはシェトランテさんのお力添えいただき、今ここ、シオンさまの目の前にいるのです」
「効き目が1時間で発熱作用のある薬“ペルトレイズ”と1日1回好きなところまで連れて行ける“エリアピート”。この2つを貸したってわけ。最初理由を聞いたときは驚いたけど、まさか2人がね~。面白い組み合わせね」
彼女は僕たちに不敵な笑みを浮かべた。彼女が敵になったような気分になる。絶対にミカロに何かしらの助言を言う可能性もある。そればっかりは勘弁だ。これ以上彼女を悲しませる要素は......
僕は何を正義ぶっているんだ? それが彼女にとって本当に幸せなことなのか? ありのままの真実を告げることが、彼女にとっても僕にとっても正しいことなんじゃないのか?
「わたくしはシオンさま一筋でしたから。シオンさまもわたくしを選んでくれて何よりです。全力を尽くさせていただきますわ」
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