第73話
「ぐっ......ううっ......」
「シオンさま! シオンさま!」
「シオン! 大丈夫?」
☆★★
いつものあの原っぱ。夕日に色を変える海。そして隣には......金髪の女の子。彼女はいつも白いスカートを着ていた。僕の記憶ではエイビスを連想させるが、そんなことはなかった。いつものように彼女の顔は見えない。
「シオン君。時間がないから簡単に教えるね。私の今いる場所」
今いる場所! どうして今まで教えてくれなかったんだ。そう言いたいところだけれどさすがにそうしているわけにもいかない。僕の心は希望に弾んでいた。
「考え事をしている暇なんてないからね! 場所は星議院2階の隅っこの......」
紫色の空間に包まれる。待ってくれ。まだ僕は彼女に聞きたいことがあるんだ。彼女の......なま......
★☆☆
「名前はっ!」
「……何言ってんのシオン?」
僕は現実に戻らされた。脱力感が僕を支配する。僕の目の前には僕の汗ばんだ手を握るミカロとエイビスの姿があった。
「エイビス・ラターシャですわ、シオンさま」
「ヒラユギじゃ。もう忘れたのかの?」
「あんたたちも乗っからない!」
「あうっ」
ヒラユギは僕たちの部屋に招き入れた。本当のところは2人ずつで分かれようと思ったのだけれど、さすがにミカロが認めてくれるはずもなく、僕たちが2人っきりになれるのはずっと後になってしまった。
とはいえ朝は全員が修行のために部屋を空ける。その時間を利用していることを彼女たちは知らない。
僕が記憶のために今回修行をすっぽかしたことは秘密だ。誰にも言えない。エイビスにも言ったら怒られるだろう。
僕はミカロの肩に手を置きありのままを話した。彼女たちは口を開き、僕は高揚を抑えられずにいた。
「ナクルス、フォメア! ちょっと待っててください!」
「クエストはどうするつもりだ!」
「すぐに戻りますから!」
もう僕を誰も止められはしない。正星議院の2階の端。そこにきっと何かがあるはずだ。
ミカロやエイビスも僕を追いかけ続こうとする。善は急げだ。止まっているわけにはいかない。彼女が僕を求めているんだ。それをつっぱねる理由なんて必要ない。
正星議院の2階。本来は議院内部に関係する人でしか侵入できない。が、ジークとの戦い以降、僕たちは彼らの“公認対象”となった。
公認になれば正々騎士団と協力してクエストに挑むこともできる。が、リラーシアさんのいない正々騎士団への興味は完全に削がれていた。
名前のない扉。この先に彼女への場所の手掛かりが......
とはいえここから先はカードキーがないとどうしようもない。2人からも意見を聞こう。
「どうしましょうか?」
「現在のシオンさまなら、突き破るという強引な手段を取られそうですが、そうすると“公認”が失効されてしまいそうですので、ここは誰かに頼るほかありませんわね」
「賛成。せっかく成功率も難易度も上げられたのに、自分で失うのはもったいないし」
僕たちはデバイスを取り出し頼れる人物に電話をすることにした。こういった科学技術といえば、当然彼女だ。
茶色髪で少しだけ言葉に乱暴さを覚える正星議院の危険分子。シェトランテ・エリシア。いや、ちょっと失礼か。
彼女は意外にも二つ返事でこちらに来てくれた。本当は忙しいはずなのに......僕たちが何か波乱を巻き起こすとでも思っているのだろうか。
「それで、私に何の用? 仮眠室は悪いけど貸せないよ」
「借りませんよ。それがあっても僕たちにはここに部屋がありませんから。ここの部屋を開けてもらえますか?」
「ん、白昼堂々の強盗ってこと?」
「違いますよ! 実は......」
僕はことのいきさつを話した。彼女は面白がってうなずいたり相槌を打った。僕は呼んでおきながら失態だと気が付いた。
この人、誰の部屋であっても扉を開けられてしまうんじゃないか。その興味を僕は開いてしまったんじゃないか?
「なるほどねー。了解、了解。懐かしいなー。子供の頃は全部の部屋に入ろうとマスターキーを作ろうとしてたっけ」
「完成されたのですか?」
「うん、とはいえすぐにばれちゃってカードから指紋に変えられちゃったんだけどね」
「それは災難、ですね......」
やっぱりだ。でも少し安心した。彼女を呼んでよかった。間違いなくこの扉を開けてくれるはずだ。
「運がよかったね3人共。ちょうど資料がほしいと思ってたんだ。ここ、私の前の研究室だったから」
僕は何の運がよかったのか少し理解に苦しんだが、ようやく彼女の部屋に入ることができた。すべてが真っ白で何も置かれていない机。その下には黒い箱。
金髪の女の子に言ってやりたい。“この嘘つきがーっ!”
僕の身体は熱を帯びていた。真っ赤な炎だ。今なら紅茶にぴったりなお湯ができそうだ。
「シェトランテさん? ここはあなたの資料室なのですよね?」
「そ、場所別情報統括機能って言って、過去の資料をここに電子情報として置いてあるの。これ見てみ」
彼女はエイビスに緑に光ゴーグルを渡す。彼女はそれをつけるなり口を開きそれを手で隠した。
「本当ですわ! 何もないはずの机の上にファイルの入れられた箱が見えます!」
「私にも見せて! わー本当だすごい! 私も欲しいなー」
「あーこれはまだ問題が残ってるからダメ。使えるようになったらお試し版を貸してあげるよ」
「本当!? やったやったー!」
珍しいものをもらえるとわかったミカロと、そわそわと小刻みに揺れて物欲しそうにしているエイビスを見ていると、自然と怒りは吹き飛んでいた。
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