第72話
夕日が照らす踊り場。僕は彼女と距離を取って話を進めることにした。窓から入りこむ風が僕の気持ちを冷静にする。
「ごめんねシオン。今日は人に話を聞かれたり、治療を受けたりで散々だったのに」
「戦うことより簡単ですよ。それで僕に何か用ですか?」
「……うん。シオンにとっては悪いニュース......かな」
彼女は姿を消したかと思えば、僕の目の前にいた。
殺気。ではないにしても、僕にはただならないものが見えてしまったような気がした。まさかリラーシアさんのことが......いや、そんなはずはない。
狼さんがミカロのことを確認してくれたはずだ。ならどうして彼女はここに......
「どうしてあんなことしたの?」
僕の頭は真っ白になった。完全に理解できない。まさか彼女は僕を見張っていて、全てをすでに知っているのか? それとも......
ひとまずとぼけるしかない。そうすれば事態は防げるかもしれない。
「何のことですか? 今日はいろいろあったので、記憶の整理がついてなくて......」
彼女は僕の耳横に扇をたたきつけた。僕には目を丸くしていることしかできなかった。彼女の気迫、息遣いがまじましと聞こえてくる。
「どうしてあんなことしたの?」
「あんな、こと? 何を言っているのか説明してもらえないと......」
「どうして私に当たるように剣を吹き飛ばしてきたのかって言ってんの!」
「ぐっ......」
腹に痛みが走った。彼女の拳に僕の作り笑顔は姿を消した。
……そう。その通りだ。僕は彼女の風を得て攻撃した後、彼女に剣を投げしまった。そして案の定、彼女もそれを目視していた。
攻撃した後に感じていた。あの程度の攻撃ではジークを倒せてはいなかった。ヒラユギさんがいなければそれこそ何時間も続いていた。
だからこそ僕は結論付けたのだ。彼女には気絶してもらい、僕だけが不幸を見る選択肢を。彼女と僕をつなぐものを見えなくしたんだ。その方が彼女にとって幸せだかっ......
「理由、教えてくれるよね?」
彼女の真っすぐな視線を逸らしたのは初めてだ。僕は洗いざらい彼女に僕の優しさ、一人勝手、独りよがり、自己中を伝えた。
彼女の眉は動いたが、決してそれが笑顔につながりはしなかった。彼女が怒るのも無理はない。
全ては僕の未熟さが招いたことだ。彼女が僕に罰を与えようというのなら、僕はそれを拒むつもりはない。すべては僕の未熟が招いたことなのだから。
『そっちに白衣が向かっている。警戒しろ』
『バレても構いませんよ。今の彼女は僕の言葉を聞いてくれないでしょうから』
『そうか。了解した。では緑髪の元へと戻る』
彼との念話は終わりを告げ、僕はミカロと目を合わせ直した。が彼女は僕のことを見ていなかった。
彼女の拳が飛んで......こない。
僕を気遣ってのことだろうか。それとも天真の星屑のリーダーだから従わざるを得ない、ということなのか?
「シオンはいつも私達、私のためになんでもしてくれる。例え勝てないってわかっていても鉾を持って戦いに向かう。そんなシオンが誇らしくって、私は少し憧れてた。どうしたらあんな風になれるんだろう。どうやったらあんな風に考えられるんだろう。そう思ってた私もアスタロトと話をしてみたんだ。“修行相手になってくれないか”って。そしたらオッケーしてくれてうれしかった」
彼女は話をしていくたびに力が抜けていった。が、彼女の眉間に再度力がこもった。
「シオンは優しいよ。それは認めるよ。私達が傷つかないように、犠牲はじぶんだけで済むようにしてくれる。悪い人ならそれで満足するよ。自分は戦わなくともシオンが守ってくれる。楽に生きられるよ。でもね......」
彼女は素手で僕の耳横、壁を叩き言葉を印象付ける。思わず僕は彼女から視線を逸らせずにいた。他のことがばれてしまうのではないかと心配が身体を駆け巡る。
「シオンは残された人のこと、考えたことある? 私が気絶したあのとき、ヒラユギが来なくてシオンが黒マントにやられてたら、いったい誰が戦っていたと思うの? いくらヒラユギに実力があるからって、1対2じゃ相手にならないよ。確かに私じゃ力不足かもしれない。ミファだって制限時間をぴったり守らないと身体がふらついちゃうし、戦えなくなっちゃう。私にだって死ぬ覚悟ぐらいできてる。シオンの勝手な想像で、私を殺さないで。例えシオンが死ぬことになっても、私には戦う覚悟があるよ。シオンにはある?」
僕はそこ答えを言おうとはしなかった。いや、むしろ言えなかった。これから変える考えもあるが、ここは彼女の言葉に従うのがベストだ。彼女だって人形じゃない。れっきとした女性であり人間で、何よりクエスターだ。
僕は自分を買い被りすぎていたのかもしれない。自分がいなくなったときを全く考えていなかった。僕はただの甘えん坊だ。何も面白くない。さっきまでとは違う味のしない空気が僕の身体を駆け巡った。
「……すみませんでした。僕は......弱いです。何より怖いんです。ミカロがいなくなるのが。僕の恩人が姿を消すのは嫌なんです」
「……私だって弱いよ。でもそれでも頑張っていかなきゃいけない。厳しいことを言わせてもらうけど、“甘ったれんな!”ってファイスなら言うかな。シオン、私がもし死んでも戦いなさい。エイビスを、ヒラユギを、みんなを守ってあげて。次こんなことしたら、その時は......」
彼女はそれ以上は語らなかった。僕には十分伝わった。彼女の覚悟が嫌でも理解できた。彼女の腕は力がこもっていた。リラーシアさんのことがあったから、それが覚悟につながったのか。
僕は情けない。彼女を失望させたかもしれない。が、今ならまだ変えられる。それだけには感謝だ。彼女と、みんなと隣で戦おう。彼女に覚悟があるように、みんなにも覚悟があるはずだ。
僕は病室に戻った。
★☆☆
数日後、僕たちは退院を遂げようやくクエスターの活動に戻った。とはいえ正星議院から謝礼をもらっていたので生活にはなんら困ったことはなかった。
けれどはっきり言って僕とミカロの距離は離れるばかりだった。彼女の笑顔が見られるのは、エイビスたちと一緒にいるときだけだった。
森の中にひっそりと建てられた小屋。残念ながら人の住んでいる様子はない。僕とエイビスは重い木の扉を開き、埃たちの集会に訪れた。
「ごほっ! ごほっ! ……まだ戻ってきてはいないみたいですね」
「そのようですわね。んっ......埃が入りますわ」
「構いませんよ、エイビスとなら」
「シオンさまぁ~!」
彼女の距離が一層縮まった気がする。もう完全に体を押し付けられている。僕の心臓はなり響いている。
何よりそれをチームの時ではわきまえている辺りがまた彼女らしい。彼女には頭が上がらない。
彼らを集会から追い出し花瓶に花を添える。そして彼女のタンスに入っていた紅茶“ルルマリー”を足しそれを口にする。3人分のティーカップを用意して。
甘い香りに包まれ僕は橙色の紅茶を含む。心が弾む。修行のときが思い出される。
僕は彼女と毎月彼らを邪魔することを決め、次のクエストへと向かうことにした。リラーシアさん。あなたは今どこにいるんだ。教えてください。せめてミカロに。
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