第68話
「ちっ、ちょこまかと......」
「アスタロト、舌打ちしない! 後で肌が荒れちゃうでしょ!」
「よくそんな呑気なこと言ってられるわね。このままだと私たちがどうなるか理解した上で言っているのよね?」
確かに私たちにそんな呑気なことを言ってる暇なんてなかった。けど、もし敵がアスタロトを怒らせることを目的にしてるんだとしたら......
敵の手の中にいるのだけは絶対に嫌。それだったら空振りでも逃げていたい。
私はこの後の連戦のために星霊たちを戻して扇だけで戦うことにしていた。それでも敵の攻撃には不安があった。もしヴィエンジュたちがいても、敵は黒い空間に隠れて攻撃を回避してくる。
力を温存するにはちょうどいい敵だけど、うまく策を考えられないと、相手の思うつぼってことになっちゃう。
アスタロトは粘着網で敵の動きを封じようと動く。でも黒い空間には影響がないみたい。直接打とうとすると避けられちゃう。やっぱり接近して狙うしか......
「接近して狙う策はどう?」
「悪くないわ。けどまたあんたの扇が使いものにならなくなるわよ」
「そ、そう。まぁでもいいわ。その策でいくわ」
本当なら今すぐにでも扇をしまって大事にしてあげたい。そんなにみんなが使ってる武器じゃないから、専門の人にお願いして直るまでに1か月くらいかかったのにまたお別れなんて......
いくらなんでもひどすぎる! って言ってもいつかは壊れちゃうものだもんね。使えるときに出番を作ってあげないと、埃で廃れちゃうもんね。
屋上から飛び降り黒い空間に一直線に飛び込む。その中にうごめく物体。彼女は私を見るなり槍で私を貫こうとした。
扇で泳ぐように私は明かりのある天を目指した。その明るさと共に槍は姿を消した。もしかして彼女の正体って......
:ねぇアスタロト? 彼女の正体ってもしかして影?
:いまさら何言ってんのよ。あんなの影以外の何でもないでしょ。まさかあんた今までそんな......
:そんなわけないでしょ! 気まぐれで覚えただけ......
私の目の前に人型の影が現れた。そして目の前には槍。扇を開いたその瞬間、私たちを彼女の矢が割いた。そして辺りを炎で満たす。私は素早くその空間から脱出し、扇の炎を消した。
変なとこ燃えてないかな。とりあえず大丈夫みたいだけど......でもどうしよう。火で変形しちゃうと風の押し方とか変えないといけないし、でもそれだと本来の感覚がずれて直した時余計に面倒に......
どうしたらいいの!?
彼女は私に矢を向けた。
「迷いはあんたに似合わない。それは私が保証する。もしあんたが迷うときが来たら、私は電撃矢をあんたにくらわせてやるわ。頭もリセットできて悪くない気分になれるわよ?」
「ふふっ」
私は失笑した。面白くって仕方ない。アスタロトの顔は真っ白だけど、私は笑うことを止めなかった。その瞬間だけは敵も目を瞑ってくれたみたい。
「何よ? なんか文句でもあるわけ?」
「なんだか前に戦ってた頃が懐かしいなーって思っただけ。やっぱり変わったね、アスタロト」
「なっ......」
彼女は無言でまた私に弓矢を向けた。でもこれが冗談だってわかってる。だから私は何も気にせずに両手を挙げてアスタロトに勝ちを譲った。いつか素直になれる人が私以外に見つかればいいけど。なんてつまんない冗談を思いついたそのとき、影は姿を現した。
「これ、あんたに託すわ。できれば使いたくなかったけど、こうでもしないと状況が変わりそうにないから、手放すことにするわ」
渡されたのは充電装置に似た黒くて重いプラスチックの箱。簡単に言えば爆弾よね。目の前でスイッチを握るアスタロトを私は睨みたかった。けど、理由はすぐにわかった。矢で放ったら、間違いなくその瞬間に爆発しちゃう。 そしたら正星議院どころの話じゃないもんね。
「飛び込んで投げるだけ。簡単でしょ? あんたの彼氏との約束、果たすんでしょ?」
「オッケー! って私今付き合ってる人いないんだけど......」
「あんたの問題じゃないってことよ。あんなの見せつけられたら、誰でもそう意識させられるものよ。まぁ私は悪魔だからその辺はよくわからないけど」
私はアスタロトが光を放った瞬間に黒い空間へと飛び込んだ。シオンはいまごろ何しているかな。無事にリラの元にたどり着けたかな。シオンのことだからきっと平気だよね。約束を堂々と破るなんてこと、しないって私は信じてる。だからきっと守ってくれる。
爆弾を投げて扇を仰いで天を目指......足が影に掴まれた。力を込めて振っても反応がない。もう少しなのに! こんなところで待ってられない!
私は扇の風で影を掃おうと動いた。結果は変わらない。迷ってる暇なんかない。
:アスタロト、お願い!
:ふざけたこと言ってんじゃないわよ! 姿も見えてないのにできるわけないでしょ!
:最期くらい友達の言うこと、聞いてよ......
:あんたのこと、買い被りすぎてたみたいね。
爆弾の起動した音が聞こえた。ごめんシオン。私が約束を破ることになっちゃった。
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