第64話
僕たちの元へと駆け出す住民たち。火が付き希望の消えていく情景に変わった正星議院。何より聞こえてくる爆音。そして悲鳴。僕が鉾を握るのには十分すぎるほどの状況が満点そろっていた。
僕が前に歩き出そうとした瞬間、エイビスは僕の手を取った。彼女に僕は背を向けた。
「無理をしないでくださいまし。そう言ってもシオンさまはその約束を守ってはくださらないのでしょうね。自分を犠牲にしてもかまわない。そんな心をお持ちの方ですから」
彼女の顔を見ずともわかる。きっと体中が恐怖と不安でいっぱいなのだ。敵の正体も能力もわからない。何よりクエスターの多くいる正星議院だと理解していて攻撃に来ている。そんな敵に僕たちがどこまで立ち向かえるのか、そんなことはわかりきっていることだ。
僕は彼女の手を離そうとした。その意思は彼女には伝わらなかったようだ。
「けれど、もしわたくしの小さく強引なわがままが通るのであれば、必ず生きて帰ってくださいまし。わたくしもシオンさまに約束いたしますので」
僕が口を開こうとしたとき、赤髪の彼女が現れた。返事をするときはまだのようだ。
彼女は僕を見たときほほ笑んでいるようにも見えた。やっぱり試していたのか。もう一度見たとき、彼女は冷徹なリラーシア・ペントナーゼさんに戻ってしまっていた。
「シェトランテ、あなたの力を借してください。あなたも親友の2人のことが心配でしょう?」
「まぁそこまで心配してないけど、わかったよ。そっちに行かないとあんたらも落ち着かないだろうしね」
彼女の言葉が引っかかる。親友はともかくとしても、リラーシアさんたちが冷静さを失う? どういうことだ? それだけ彼女は僕たちや、リラーシアさんよりも上の立場、ということなのか?
いや、ならリラーシアさんが彼女を紹介しにくるはずもない、か。
「私達は先に正星議院に戻ります。その援護を頼めますか?」
「了解です! 力になりますよ!」
初めてまともに僕を頼ってくれた。正確に言えば僕たちだが、そこは気にしないでおころ。大切なのは拠り所としてくれたことなのだから。
手の握られる感覚。銀髪の彼女はわざとらしく顔を地面に向けていた。彼女だって不安くらいある。それに何より休養期間中だ。彼女を守るすべが今は消えてしまっている。星のないクエスターは一般人となんら変わりない。
僕は彼女の手を握り返す。暖かくほっこりした感覚を思い出させられる。彼女は僕に糸で編まれた袋を差し出した。
「これは?」
「お守り! 今だけ特別に貸してあげるから、絶対返しに戻ってきてよね! 約束破ったら許さないか......」
見覚えのある赤衣の敵。ワインズハットのときの人か。鉾を突き付け着地点を狙う。感触はない。
「ずいぶんと物騒なぁ歓迎やねぇ。うちもそやけどアンタも大概やなぁ」
「あなたたちが正星議院を?」
「さぁどうやろなぁ? 自分で確かめたらええんとちゃいます?」
彼女の笑顔に曇りはなかった。が、僕の心を灰色に染めた。不気味な笑顔が僕の力を削いでいるのか、それとも単にそれが気に入らないのか。僕は後退し彼女はその場で礼をした。僕はミカロのお守りをポケットバッグにしまい、彼女に赤いペンダントを渡した。
「ミカロが持っていてください。帰ってきたら互いのものを返しましょう」
「うん......」
シュプリンガーさんの姿はない。逃げたか、あるいは......気にしないでおこう。彼にはミカロの恩がある。さて、まずはミカロを安全な場所まで届け......
足に衝撃が走った。なんだ。まさか彼女が......
隣にいたのは銀髪の彼女だ。足を飛び上がらせる僕に一枚の紙を見せつける。
“戦闘許可証”。絶対に僕に対しての理不尽な攻撃は必要なかった。彼女にそう言ってやりたいが、どうやらその時間はもらえそうにない。
「シオンはかっこつけなくていいの! 今は目の前の敵に集中!」
「了解です!」
「その心配はない」
紫髪の彼女が敵に飛び込んでゆく。互いの間に生まれた光の亀裂に僕は身体の気が逆立つのを感じた。
彼女の実力を侮っていた。さっきあのまま後退していなかったら? もしこの敵が一番弱かったとしたら? そう思わず考えてしまう。
僕たちは彼女の目を見てその場を後にする。意外にも敵は僕たちのことを見逃した。
「いったいどういうつもりやろか? まさかウチと、さしでやろう言いはります?」
「その通りじゃ。下っ端同士戦うのは礼儀。大将に会わせん戦い方をするとは、恥を知りたいのかの?」
「ちゃいます、ちゃいます。ウチで相手にしとかんと体がきちんと保っていられるか不安なんどす。ウチ以外のメンバーはみーんな見境ないさかいに」
余はその意味が冗談でないことを理解しつつも、刀を構えた。鏡を使いたいところじゃが、必要以上には攻めず確実に守り反撃する。その余の不利とする戦いかたに考えを改めさせられるほかなくなってしもうた。
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