第63話
「シオンー! まだ入ってるの?」
「えー......はい!」
なんでミカロの声が? まさか扉の前で待っているのか? それほど僕に鉄拳を浴びせたいのか?
いや、むしろみんなに見せしめたいのだろう。これが天真の星屑でのルールなのだと。男女間には厳しくありたい。それが一時の油断につながってきたことを僕も何度か経験した。
けれどそれでもいいじゃないか。どのみち1年後にはみんな結婚せねばならないのだ。そうなればそんなルールはきれいさっぱり消え去るほかないじゃないか。だったら......
「シオン、私のこと嫌い?」
「え?」
「声が震えてるから、そうなのかなって」
彼女に気づかれた。けれどそれは悲しくなかった。むしろ僕を気遣ってくれている。ならば僕はそれに乗っかるべきではないのか。彼女だって一応活動停止中だ。それくらい場をわきまえているだろう。
なるほど。それならそうと早く言ってくれればよかったじゃないか。意外なところで素直に話してくれないところが彼女らしい。
「捕まえた!」
「え?」
嘘でしょ!? 全ては鉄拳コースのための布石? 僕の感情を母親のように優しく撫でつつも実は心の中では汚い笑顔を浮かべていたような?
せこい。意地汚い。あざましい。
けれど当然か。僕は焦りすぎたんだ。エイビスも僕の勢いに驚いていた、かもしれない。彼女の制裁を受けるのにはちょうど良すぎるほどに僕は罪人だった。
彼女は僕の首を腕で巻き付けたかと思いきや、両手で僕の顔の感触を確認する。顔が変化する。まさか僕が寝ているときに毎回チェックしているんじゃなかろうか? いやそれはないか。そんなことあるわけない。もしそうならむしろ怖い。
「よかった~!」
彼女も抱き着いてきた。いったい何が起こっているんだ!? まさか彼女も笑顔の彼の影響下にあるというのか? けれど僕には何の変化も見られない。ということは......
「リラから聞いたよ。まぁ正確に言えばシェトランテさんから教えてもらったことなんだけど、本当に心配したんだからね! でも外出の許可もなかなかもらえないし......っていうかシオンもほとんど私と“シベル島”のとき一緒に行動してるのに、何で私だけ......」
僕は思わず失笑してしまった。それは言葉の返しとなって彼女と共鳴させた。さっきまで曇っていた心がウソのように晴れやかに変わってゆく。楽しい。僕は彼女の行動に答えた。
「ミカロはミファさんと一緒に行動したからですよ。連日1人で潜入作戦を取っていたから、心身ともに疲労していたんですよ」
「お前、よくわかっているじゃねぇか。そう、身体だけならクエスターは何とかなるんだが、心ではそうもいかない。だからうちのとこの院長は“彼女の活動停止”を宣告したんだ。悪くない判断だ」
「それだったらシオンだってミファの攻撃を返せるようにするために極限突破してたけど?」
「知るか。そんなものこちらで検査してみないと素性がわからん。それよりもそこをどいてもらえるか。心寄せ合うのは良い傾向だが、場所を選べ」
彼はこちらに煙草を向けながら僕のことを褒めた。医者なのか? それにしては健康とは対照的の存在な気がするけれど。
ミカロは僕のことを気にしている。というよりむしろ一緒の場にいたかったのだろう。やっぱり観察者として対象の傍にいられないのは、何よりつらいことだろうし。
彼女は今更冷静になった。そして僕の顔を見て赤く染まってゆく。これはまさか......
「シオンのバカッー!」
知っていた。ってなんで!?
特に意味のない暴力が僕に振りかかった。いや、毎回か。
彼はその意味を察知して扉の中に消えた。その間に僕たちはシェトランテさんたちと合流した。
「シオン、少し顔赤くない?」
「あー気候のせいですかね。参っちゃいますね」
シェトランテさんはうれしそうな顔でこちらに寄ってきた。言いたいことはなんとなく理解できた。彼女は慌てる人を見ては心の中で笑いたい性格なのだ。そうに違いない。
「焦ってはいかんよー。女の子は絹で包んで優しく接してあげないとー。特にミカロはね」
絶対特殊ブラックリストに乗っている気がする。もし彼女たちにそんな暇なものを作る時間があれば、ミカロはトップ5ぐらいに乗っているだろう。寄るな危険! この注意書きがされた付箋が写真に貼られていそうだ。
シェトランテさんは僕を終始不敵な笑みで見つめる。素直に言う必要もないだろう。とりあえずミカロは......あれ、どこだ?
「シオンさま~!」
今度はエイビスが戻ってきた。涙はない。よかった。僕は彼女の頭に手をやる。彼女は笑みを押さえながらも僕の行動を気持ちよさそうに従っていた。
綺麗な緑髪が僕の手をすり抜けてゆく。よしよし。
「シオンさまは傷の類はございませんか?」
「ええ。不思議と。それでなんですけど......」
「もちろん存じ上げておりますわ。けれどそれはまたの機会にいたしましょう。心が万全を期しているときに」
彼女の言葉に僕は従うほかない。今は平和な気分に浸っている。が、僕は何が起こったのか理解できていない。ユースチスのときと同じだ。笑顔の彼や赤髪の男性がどうなったのか認知していない。
彼女は僕から目を逸らすことなく隣にいてくれる。それが何より拠り所だった。
銀髪の彼女のつまらなそうな顔でこちらを見るまでは。
「ミカロ、どうしてこちらに来たのですか? わたくしたちを信用できなかったのですか?」
「そんなわけないでしょ! けどエイビスがシオンを困らせるんじゃないかって......」
「とんでもありませんわ。どうして仲間であるはずのわたくしがシオンさまを困らせなければならないのですか?」
「なんとなく? いつもシオンの布団に忍びこむわ、寝顔のぽっぺを押してみたりだとか......あ」
なんの“あ”だ。絶対僕にばれないように彼女もやっていた口じゃないか。よくも......といいたいところだけれど今回は許そう。彼女は目を合わせると顔を逸らした。悪気はあるみたいだ。
「と、とにかくエイビスはシオンに近づきすぎ! ほかにも安全な場所があるっていうから、そこを寝床にするわよ!」
「了解ですわ! それではシオンさま、また」
僕は彼女の手を振り返した。ミカロにも笑顔を返した。つもりだけれど彼女は答えてはくれなかった。銀髪の男性が僕の元へと戻ってきた。
「アイツ、ああ見えてだが無理をしている。どうしてこう元気が出るのか、まったく不思議だ」
「ミカロ、どこか悪いんですか?」
「いや、危険な部分は見当たらない。だが1つに合う言葉があるとすれば、情緒不安定。という言葉が正しいだろう」
じょうちょふあんてい? たぶん感情が不意に変化......ああなんとなく理解できた。
けれどそれが何の問題をきたすのだろうか。
ミカロにとってはそれが普通であり自然的な行動だ。それがどうして彼の目に止まったりしたんだ?
「不思議に思うだろう? 調べて発覚したことなんだが、ミカロ・タミアは特殊な人物なのかもしれない。へたを言えば俺たちと同じではない存在。といっても相違ないかもしれないな」
僕たちと違う? それはどういう意味なんだ? 突然鉄拳を食らわせてくることか? それとも急に怒りを見せること?
「なぜ起こっているのか解明できてはいないが、彼女は怒りと共に笑っているんだ。怒りと同数の笑いを。だが表情には決して見えない。心理を極める者がいれば、うってつけの相手だろうな」
ラグルーシアに戻ってきた僕たちに待っていたのは、絶望だった。
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