第61話
「ガキ! お前と遊んでいる暇はねぇんだ! さっさとどけ」
「ずいぶんなもの言いじゃの。焦る気持ちはわからんでもないが、余はおぬしと同じ怒りで満ちておる。余の夜刻判月、しかと受けてもらうぞよ」
千の剣が舞う夜月。12の時を示しとき判断が下る。空は黒に隠れ逃げ出す。
敵は串刺しの惨劇じゃ。
これで2人を倒したか。体中が悲鳴をあげておる。とはいえこれでしまいじゃろう。シオンやエイビスなら余以上の実力になる。あの2人を倒すのはそう難しくないじゃ......
空気が黒さを増した。誰じゃ。何かが来る。
:エイビス聞こえるかの?
:はい! どうされました?
:おぬしらは先にこの町から出ろ。それだけ伝えたい。
:どういうことですか? そちらに敵がいらっしゃるのですか?
:少し違うの。正確に言えば近づいておる。さらに言えば余では勝てん。
:待ってくださいまし! シオンさまとわたくしも加勢いたします! それなら問題ないはずですわ!
余の考えは変わらん。このまがまがしさ。勘に間違いがなければこれから来る敵に余は絶命させられるじゃろう。けれどそれでよい。どうしてかわからんがあって1日の彼らに情がうつらされたせいかの。
まったく笑けてしまう。
「凛欺・愁蘭!」
紫の花から姿を現し敵のスキを突く。余が目を開いたとき、そこにあったのは青空じゃった。
「危ないじゃないですか、仲間を斬るところでしたよ。警戒心が強いのは良いことだと思いますけど」
「ぬしは......誰じゃ?」
余の頭が壊れたのかと思うた。けれど目の前にいるのは紛れもなく鉾の持ち主、シオンのはずじゃ。
「嫌だなー。シオン・ユズキに決まっているじゃないですか。あのとき自己紹介もしたのに忘れちゃったんですか? ヒラユギ?」
確かに姿も声もシオンじゃ。けれど何かが違う。笑いに心がない。もしや感情操作に隠れ者がいたというのか。なるほど。エイビスは囚われの身、とも言えるか。
余は刀を構え対峙の意思を示す。
「ちょっと勘弁してくださいよ。そんなに傷だらけなのにこれ以上戦ったら、1日じゃ治らなくなっちゃいますよ?」
「構わん。どうせ全員と合流したその瞬間、皆殺しというところじゃろう? それなら時間を稼いだ方がまだ得といえよう」
彼の眉が動きを見せる。どうやらその考えで間違いないようじゃな。
彼は首を傾げる。
「皆殺し? そんなこと、いったい誰が?」
「表情には出さずとも、体はしっかりと反応しておる。そろそろ正体を見せたらどうじゃ? これ以上離しても何の得にもならんぞよ」
「何を言っているのかさっぱりですけど、ヒラユギの考えているような悲しいことは起きませんよ。そんなことは僕が決してさせない。例えみんなが僕を恐れようとも、ね」
その言葉は希望の広がるものだった。だが疑いが晴れん。みなを危険に巻き込むわけにはいかん。余は刀を捨て注意を引き付けお札を彼に貼りつ......
「そのお札、面白い形をしてますね。自粛符、って読むんでしたっけ?」
三角札を落とし後ろに下がる。この文字が読める、ますます怪しい。余でも星を使わねばどのような効果があるのか理解できなんだ。やはりこやつシオンではない。油断で勝てるかどうかも微妙なところじゃの。
刀を鞘に収め彼の元に近づく。エイビスは何も語らなかった。
「やっと信頼してくれたみたいですね。よかったよかった。このままお札を発動されたらどうしようかと思いましたよ。ヒラユギにはじき返すわけにもいかないですからね」
不思議なことに敵意を全く感じない。エイビスが一緒にいる意味が分かる。じゃがさっきまでとは違い彼女は口を開こうとはせん。が、ここは様子見じゃ。ひとまず確認を......
姿を消した。エイビスをこちらに引き寄せ位置を確認する。建物の崩壊する音。彼はあいさつの笑顔で敵を壁にたたきつけていた。
「ヒラユギさん、協力していただけますか?」
「おぬしも感じておったか。なら話は早い」
刀を取り出し態勢を整える。さっきまでは決定打に欠けていた。知り合って何時間もない。ひょっとすればあれがシオンなのかもしれんと納得がいかなくもない。じゃがエイビスの発言があればそれだけ決を採るのは容易じゃ。
「今度はエイビスもですか。ヒラユギ、彼女を説得してくれませんか?」
彼女の足は震えている。彼に悩んでいるのか。じゃがその考え間違いないはずじゃぞ。少なくとも余の勘はそう言っておる。エイビスと目を合わせる。
彼女は頭を振り気持ちを正す。彼の元へとつき進......
紫色の鎧武者。まだ敵がいたのか。彼は鉾の一振りでそいつを吹き飛ばす。
「うっかりしてました。まだ敵がいたんですね。すみませんエイビス、勘違いしちゃいました」
シオンは鎧武者めがけ建物を貫き距離を詰めてゆく。我ながら悪くない囮じゃった。これで意見を合わせる時間が少しはあろう。
「シオンはいったいどうしたのじゃ? あった当初はあそこまで禍々しさはなかったはずじゃが?」
「わたくしのせいです。わたくしが囚われてしまったせいで彼は壊れてしまったのです」
「なら罪滅ぼしが必要じゃな。協力してくれるか?」
「わたくしでできることならどんなことでもいたします。シオンさまを助けてくださいまし!」
彼女は涙を溜めていた。それだけで動くには十分じゃ。刀に力を入れる必要もない。彼は呑気にこちらへと戻ってきた。
「突然消えちゃいましたね。たぶん逃げたんだと思いますけど、おそらくもう追ってはこない......ヒラユギ、なんのつもりですか?」
「シオンさま、逃げてくださいまし」
エイビスに刀を構えたこの状態なら、シオン、いや操作主よ。どうする? お前の化けの皮は剥がれるか?
エイビスの演技も恐ろしい。こやつがむしろシオンをだましているのではないかと少し不安になる。全く未来が面白そうでたまらん。
「なんのつもりもない。見ればわかるじゃろう?」
「冗談じゃないみたいですね。すみませんエイビス、ちょっと失礼」
背中に移動した。受け身を取......間に合わん。エイビスと距離を取り安全圏を作る。問題ないか。彼はエイビスを救いだした。まだこちらを睨むか。
とはいえ当然の対処か。余はまだ仲間というには浅いものな。
だが策としては完璧じゃな。のう、エイビス?
彼女は彼の足に注射器を付けた。神経麻痺の作用。倒れたと同時に首に催眠作用。余たちはシオンに勝利した。身体から力が抜ける。まったく敵を倒す方がまだ簡単じゃのう。
「大丈夫ですかヒラユギさん!」
「気にするでない。こんなものはすぐに治る。それよりも彼を、シオンを何とかしないことにはこれから先面倒になるぞ」
余はシオンをおぶって2人と合流を図ろうとした。が、どうしてもエイビスが譲らんというので従った。シオンは星も解除されているから問題はないか。
後ろを向くと更地に近い町が広がっていた。本来なら戦いに集中すべき、といいたいとこじゃが、今回ばかりは甘えるわけにはいかんの。
「すまんのエイビス。被害を拡大させてしまったの。確かそちらの法では被害はそちらが受け持つのであろう?」
「いえいえ心配ご無用ですわ! ヒラユギさんがいなかったらどうなっていたかと思うと恐ろしいです」
「ひょっとしたら岩板の上で愛を語り合っていたかもしれんの」
「言わないでくださいまし! その場の情に流されてしまったと思うと恥ずかしいですわ......」
頬が赤い。そして何より足に迷いがない。自分を取り戻したようで何よりじゃ。とはいえ責任はエイビスにもシオンにもない。一番悪いのは余じゃ。
「余はいつも1人じゃった。迷惑をかけたくない一心でそうしていたのじゃ。けれど今回の相手は4人。さすがに戦うには無理が多すぎる。そこに現れたのがおぬしたち。だがこうも思うのじゃ。もし余が1人で戦いを挑み決着をつけていれば、シオンは今頃こんなことにならずに済んだのではないか、とな」
反省の言葉をいくら並べても今は変わりはせん。けれどエイビスの震えの慰めになるのであればいくらでも言える。いくらでも申してやりたい。余はまだまだじゃ。
エイビスはこちらを向いて笑顔を見せる。まったく優しいやつじゃ。本当はシオンほどの大きさのものを持ったことがなさそうなのに、余裕の表情を見せる。エイビスには適わんの。
「そんなことありません。わたくしはいつもどうすればシオンさまの力になれるか考えていたのです。けれどいざ対峙してみるとシオンさまはわたくしに優しくしてくれるばかりで、わたくしには何もさせてくれないような状況でした。けれど今回は少し違います。シオンさまは覚えていないかもしれませんが、役に立つことができたのです。わたくしは夢に近づけただけでも満足ですわ」
余の心が満たされてしまった。そこまでシオンに献身的なエイビス。それが何を意味するのかは語る必要はないの。
余にもそんな人物が現れるだろうか。思わず顔がほころび高揚し、幸せを感じずにはいられない人物が。
身体が動かん。誰だ。
「ヒラユギさん!」
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