第60話
足が遅い。いや体全体の動きが鈍い。これが彼の......
「勢いは良し!」
足蹴りが容赦なく僕を襲う。何本か骨が弾ける音がする。爽快な音と鈍い痛みが伝わる。僕は天井に吹き飛ばされた。まだこんなところで終わるわけにはいかねぇだろ!
「エイビス離れろ!」
「はいっ!」
鉾を振り上げ藍色髪に近づく。勢いのまま突き進む。いける。
僕は彼の目の前で止まった。違う。真っ赤な笑顔を見せる彼にたたきつけられた。僕は自分の血の多さに気づかされた。すごいな、池みたいだ。
:仕留めたぞ。そっちはどうなって......
僕の耳横は憎悪に満ちた彼によって破壊された。エイビスは藍色髪に掴まれ僕を見つめる。“シオンさまのために傷つくのなら、構いません”そんな顔をしていた。彼女の顔を吹き飛ばしたいくらいだった。力が入らない。僕は彼の金の腕に捕らわれた。
「君は感情を変えていない。だから負けるんだよ。残念だったね三流君。せっかくだから僕が君を引き出してあげるよ。アイオウ」
「了解」
「ぐっ......」
エイビスに容赦なく一撃がたたきつけられる。やめろ......僕のせいだ。彼女を逃がしていれば......
「せよ......彼女を離せよ!」
彼女にこんな思いをさせたくない。以前のパートナーが選んだ道を進むことなんて......僕は鉾で彼の腕を叩く。変化はない。
彼女は赤い顔になっても僕に笑顔を送る。どうしてそんなことができる。君は......どうして僕は彼女たちを悲しませることしかできねぇんだよっ!
あたりが真っ暗になる。誰だ。人の気配がする。
「お前はエイビスを助けたいんじゃない。自分の力が及ばないことが嫌いなだけだ。それで問題ないはずだろう?」
「ちがっ......いや、そうだ。君は一体誰だ?」
「気にするな。迷いだ。よくある話だ」
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わたくしは寒気を感じました。彼を失ってしまった時のような感覚。一体シオンさまに何が......
「思ったよりも早い段階で心が折れたみたいだね。アイオウの幻影のおかげで助かった。感謝するよ」
「心がもろいのはよくあることだ。自分の情けなさで自爆するとは、見ていて滑稽だ」
「一体シオンさまになにを......」
わたくしは顎を掴まれ無理に血に染められた彼の顔を見ました。その笑顔は不敵で何より嫌いでした。
「わざと君が傷ついたように見せたんだよ。傷だらけの出血でいったい誰なのかわからないくらいにね。そしたら簡単に気絶してくれたよ。おかげで助かったよ、ありがとう」
うれしくもない。いくら力を入れても上がらない腕をわたくしはとても斬りたくてしかたありませんでした。涙など出てきてもしょうがないのに、どうしてわたくしはいつもこんなことしかできないのでしょう......
「心配ありませんよ、すぐに終わります」
背中に寒気。それとは背反にわたくしの目の前には彼が姿を見せてくれました。彼は正しい笑顔を見せわたくしに光をくれました。
……こんなところで負けるわけにはまいりません。
「シオンさま参りましょ......」
彼はわたくしの剣を取り、背負い込みました。けれどそれに気が付いたのは彼が敵に向かって動き始めた瞬間でした。彼はいったい何者なのでしょうか? そう思ってしまう不思議な自分がいました。
「何をするかと思えば女性のために体を張るということか。アイオウ」
シオンさまを見た3人は不敵な笑みを浮かべ、藍色髪の彼は歪んだ空間を生み出し彼の動きを遅延させました。
彼の目の前には10にも見える拳。わたくしは思わず目をつむってしまいました。
「思ってたよりも遅いんですね。驚いてしまいましたよ」
デバイスの音。シオンさまのものは壊されてしまったはずでは......
彼は藍色髪の彼を投げ飛ばし鉾に水を纏う。わたくしの足は動くことを忘れ小刻みに震えていました。
「狼水乱舞!」
まるで狼が多数の敵に食らいつき瞬時の判断で攻撃をするように、彼の攻撃は藍色髪の彼を吹き飛ばし、それどころか彼を気絶させているようにも見受けられました。シオンさま......彼は成長されてしまったのでしょうか。それともあれが本当のシオンさまなのですか?
「来い!」
震えたわたくしは赤髪の男性に従うことしかできませんでした。けれどシオンさまはすぐさま隣に姿を現しました。
「僕の仲間を連れて、いったい何をするつもりですか?」
彼の震えを感じました。彼は姿をくらませわたくしたちの前から消えました。
震えが収まりません。どうしてしまったのでしょう。シオンさまと2人きりなのですよ。うれしいはずではありませんか? どうしてしまったんですの?
「大丈夫ですか?」
「は、はい......」
何度深呼吸しても冷静になろうとしても、足の震えがとどまることはありませんでした。一体どうしてしまったのでしょうかわたくしは。やはり身体は自分では操ることのできない神代物なのでしょうか。
「仕方ありませんね」
「シオン様いったい何を......」
わたくしは彼に身体ごと優しく持ち上げられてしまいました。けれどどうしてでしょう。自然と震えが収まったような気がいたします。彼の肌に触れているとわたくしらしくいられる。そんな気がいたしました。
「ちょっと飛ばしますね」
「シオンさま、何か起こっていらっしゃるのですか?」
「この先にヒラユギがいるんですよ。放っておけなくて」
明らかに先ほどまでのシオンさまとは違う。けれどわたくしは彼の何事も否定いたしませんでした。それが彼なのだと、納得してすべてに傾けることにいたしました。
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