第57話
シェトランテさんは緑色の巻物を広げたかと思いきや、それは電子状の地図だった。ラグルーシアの位置に赤い逆三角形がある。ここが僕たちの居場所か。
リラーシアさんはそこから北東の位置を指さし、僕たちの注意を集める。シェトランテさんは僕たちに地図のすばらしさについて教えようとしていたのか、頬に空気をためていた。
「ここで一体何が起こっているんですの?」
「怪奇現象に近いものだと報告されています。巨人の存在が確認されていたり、急に意識が朦朧とする、死にたいと訴えだすなど、実に困ったものばかり報告されています。私も向かおうと考えたのですが、殿下は感情の揺れに慣れていない兵士たちを連れて行くわけにはいかない。と許可は出ませんでした」
リラーシアさんが留まった。いや、本人は納得していないか。絶対に“それを予測していないのが悪いのです”兵士たちにそう言おうとしたに違いない。
僕にはなんとなく彼女が僕たちを呼んだ理由がわかった。とはいえまさか......少し不安だ。エイビスは僕の異変に気が付き体調を尋ねられたが、なんとかごまかした。彼女は首を傾げたが、気にはしない。
「そこで私はどうにか対策処置を取れないか、とシェトランテに感情を保つことのできる薬の類がないかどうかを尋ねることにしたのです」
「ようやく出番だ―! と思ったけど感情を保つことができる薬は作ってないんだよね。怒りっぽくなるとか、泣きやすくなる、そう言った感情の波を増幅させる薬はあるけど、そういった類のは、中毒続出で全部燃やされちゃったみたい。成分表は私が持ってるから絶対に作らせないよ」
なんか今とんでもないことを口走っていたような。まさか彼女から盗んだら......いや、問題はそこじゃない。もし僕の考えが当たっているとしら、僕たちは……
師匠だからといって何でも許すと思ったら大間違いだ。先に釘を打っておこう。
「そこで、あなたがた天真の星屑に協力をお願いしたいのです」
やっぱりか。押しつけだ。自分たちではなんとかできないので、最悪犠牲になってもなんとかしてこい。そういうことか。
「報酬はリラの給料から……」
「出ません。が、礼金とシェトランテの先行実験を受ける権利を渡します。あなたがたにとって悪いことではないと思いますが」
お金に先行実験? 前者はともかく後者は明らかにおかしい。要は新発明を体感するということ。聞こえはいいが犠牲の文字が入っていない。何がどうなるかわからないところへ突き進む必要はない。僕の考えは出ていた。
「せっかくのお話ですが、お断りさせていただきます。ミカロはまだ休養中、万全な状態でないチームの今、危険難易度がこれまでよりも高い場所に行く必要はないと判断します。それに何より、そういった類の話はわたくしたちよりも業績高い集団が担当すべきでしょう。クエストで犠牲となっている者たちをひた隠しにしようとするあなた方の意見にわたくしは賛成できません」
理に適っている。おまけに裏のことまで。確かに社会は悪いことを良いことで埋め尽くしている。エイビスはそのことを一番よくわかっている。確かに彼女が囚われたことは新聞には載っていない。それは秘密事として僕たちにクエストとして告げられた。
彼女だからこそ言える、説得力のある語りだった。僕はそんな彼女が隣にいることを誇らしく思う。
リラーシアさんたちは言葉を失っている様子だった。
「そうですか。それでは仕方ありませんね。シオン、あなたにこれを」
一枚の写真。高い木で作られた塔から取られた写真だ。この髪色は……
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エイビスは不機嫌を体現していた。温和な顔を捨て、集中の目で睨むように前だけを見つめている。一応僕のことを怒っているのか聞いても“気にしていません”とそっぽを向く一点張りだった。
「どうしてあのクエストを急に受けようと思ったのですか! わたくしたちはそんな暇をしている場合ではないはずですわよ! 4人でできることは限られているのをわかっていまして!」
写真の中に偶然移りこんでいたのは背を向ける金髪の女性だった。以前の10人は全てハズレ。ラグルーシア内に僕の約束をした彼女がいないとわかると今度は電話での交渉が始まった。
隣国とはいえセレサリアさんに迷惑をかけるわけにいかず、僕は正星議院の持つ金髪女性のありとあらゆる個人データを受け取った。これでセレサリアさんと会うこともしばらくない。彼にとっても有意義な日々を送れるだろう。
エイビスは確かに反対した。けれど彼女が感情操作を受けていて僕のことを探しに、正星議院に行けていない可能性がありえないこともない。押し付けは嫌いだが、えり好みをしている暇はない。内容がどうであれ、僕のためには拒否する必要はないのだから。
けれどこれをエイビスやナクルス、フォメアは認めてくれるだろうか。何もかも僕の自分勝手だ。こういうときファイスなら二つ返事だけど、さすがにそうはいかないか。
「シオンさまはお優しい方ですわね」
彼女の顔がはっきりと変わっている。不機嫌な様子など一片もない。いつものように僕に話しかけてくれる彼女だ。少し感動を覚えてしまう。
「わたくしは自分たちのことばかり考えていました。チームに問題があるから、ファイスさんが不在だから、と。けれどシオンさまの意見を聞いて思ったのです。それではリラーシアさんとわたくしに違いがあるのでしょうか。いえ、ありませんね。理由はどうあれ自分でなく誰かが、誰かが必ずやり遂げてくれるだろう、という根拠のない自信を誰かに押し付けているだけなのですね」
彼女は僕の違う意味に気が付いた。嫌だと思うことはいくらでもある。けれど大切なのは自分自身がそこにいるってことだ。違う場所にいることがかっこいいとかすごいとかそういう意味じゃない。僕は僕だということを知ってもらいたいだけなんだ。僕の意味は違えど、彼女のためになればそれだけで満足だ。
彼女は近寄り僕に腕を回す。僕に不安がないわけじゃない。けれど困ったときほどやり遂げなきゃいけないんだ。僕たちは希望なのだから。僕はナクルスとフォメアに頭を下げる、気持ちで向かっていった。けれど2人は意外にも2つ返事だった。
「本当にいいんですか?」
「ファイスの意思だ、あいつがいない間はシオンの意思を尊重しろと言われている。そうでなくともオレたちは初めからそうするつもりでいたがな」
「うむ。頼むぞリーダー。早速記憶を取り戻しに向かうか」
そ、そうか……いや気にしないでおこう。僕たちはクエストへの準備を始めた。待っていてくださいねミカロ。彼女には何も告げないことにした。そうでないと彼女は無理にでも休養の日を短縮してこっちに向かってきてしまうだろうから。
1通の手紙を残し、僕たちはホテルを後にした。
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