第55話
「エイビス!? ここは......」
「わたくしたちより何倍も強いお方が付いておられるのですよ。シオンさまたちをそのままにしておく......」
彼女の言葉を断ち切り、エイビスは抱きしめに答えた。言葉はいらない。彼女にとって意味は違っても否定されはしなかった。柔らかくほっこり温かい。腕を触っていると思わず折れてしまうんじゃないか。不安を抱えるほどに感触に異変を感じる。これが彼女なんだ。
稲妻と柔触が僕の中をひた走る。
覚醒。それと同時に僕はミカロの元へと向かう。大丈夫だとわかっている。けれど身体はそれと反対に動く。疑ってなどいない。気にしてもいない。彼女の傍を離れたくないだけだ。
幸せそうに身体を癒す美少女。僕にはそう見えた。夕日が僕らに姿を見せる。おかげで彼女が目を覚ましてしまう。さっきの衝撃が映りこんでしまった。彼女は僕の姿を見るなり涙を流す。
もしかしてまだ何か......
「どこにいても追いかけてきて、困っちゃったよ。おかげでシオンたちを巻きこんじゃった。本当なら私1人がこっそり戦ってるだけで済んだはずなのに......どうしてかな。シオンのせいで涙が止まんないや......」
僕は彼女に背中を貸した。できることなら耳栓がほしい。彼女の涙がベッドに注がれていく。
僕がファイスたちを連れてきたようなものだ。けれどそのたびにある言葉を思い出してしまう。
“仲間は傍にいなければ何の意味もない”
“距離の遠い仲間はただの他人”
“1人で走る少年少女では、考えがあろうとも何一つ変えられはしない”
僕は弱者だ。したいこと、成し遂げたいことはたくさんあるくせに、考えはまとまっていない。完璧にできるのは人を慰めることぐらい。それでも僕は空を向いていなければならない。例え右腕の衝撃が彼女のおかげで5倍になっていたとしても。
「それはミカロが反省しているんじゃないですか? 前に僕に言ってくれたじゃないですか。『素直に自分に話してほしい』って。ミカロの中の僕は、その意見に反対したみたいですね。案外ミカロも僕と同じかもしれないですね」
「そんなこと思ってないし! その......反対されるかなって思いはしたけどさ、リラに『シオン・ユズキはミカロを助けに来るでしょう。とはいえ結末はあなたに任せます』って言うから......」
「素直じゃないですね、ミカロは。そんなだからファイスにからかわれてしまうんですよ」
「わかってるわよ! 私はシオンに......助けてほしかったんだと思う。ほら、あそこって少し寒いし! それに......」
相変わらずのミカロだ。僕は彼女が気に食わない。彼女と目を合わせ僕の胸に引き入れる。顔が赤い。いや、夕日のせいか。気にしない。
きっとミカロは単純にこう言いたいんだ。彼女のプライドが許してくれない最大の言葉。
“ありがとう”
僕は彼女の顔を自分の中に押し込んだ。右腕に反応がない。少しお仕置きだ。
金髪の女性。探してみせるよ。これからね。
僕が顎にパンチをくらったのは言うまでもない。彼女が謝り、僕が後悔するいつものパターンだ。今更彼女に一緒に行けばよかった、なんて言えはしない。
「バカシオンは言い過ぎですよ。ミカロだって女の子なんですから」
「シオンがどうしても私の言うこと聞かないからでしょ!」
「よく言うこと聞かない人に強引にねじ込もうとしましたね」
「そ、そういえば......ねぇシオン?」
「え、な......」
僕たちはまた息を交換した。今度はさっきよりも短い時間だった。ふっくら柔らかい感触が僕の熱を燃やす。
彼女の不意打ちに僕は敗れた。
「シオンに壁が見えてきたら、きっと私に教えてくれるよね。私も少しは素直になるからさ」
「もちろんですよ。とはいえまずは体を治さなくちゃですけどね」
「今更嫌味!? 確かにすごく痛そうにしてたけど!」
「なんでそうなるんですか!」
今が幸せであればいい。そのときはそう思っていた。どうにも僕は考え込んで迷宮世界に足を踏み入れてしまう。そんなときにいつもそこから救い出してくれる人物がいることに気が付き始めた。仲間って素晴らしい。
後ろの扉が開く。不自然に立っているだけのエイビス、カキョウさんの姿が見える。僕はカキョウさんと代わり、エイビスと共に話をすることにした。彼女には必要なことだ。そんな気がする。
彼女のいれる紅茶の香りがする。気分が落ち着く。ホテルの部屋に戻ってきたような感覚に浸る。彼女はいつもクエストから戻るとこの紅茶を入れてくれる。“ブルームーン”まさに冷静を形作った青色をしている。
彼女とは僕の眠ってしまっていた間のことについて話を始めた。ミカロが“スター”一族という大地を耕し、国を統治した始めの末裔であること。そして僕たちを潜水艇で助けてくれたこと。けれどそのせいで今は動くことができないこと。
どうりで夕日がきれいに見えるわけだ。このまま死んでも......いや、縁起が悪い。
僕はエイビスにミカロの意思を告げる。僕の記憶を取り戻すために今回動いてくれたこと。そして何より僕がチームの足を引っ張ってしまったことに謝罪した。彼女は慌てて僕の顔を上げさせようとした。当然の反応だ。
「シオンさまは、これからどうされるおつもりですか?」
僕の側を離れようとはしない。
僕が何をしようともまるで威圧をするような顔で、僕のことを無言で見つめてくる。彼女の嵐の前の静けさが怖い。
バッグの中が光りだす。確かこれはリラーシアさんからもらった端末。赤色の点滅。緊急を示していた。
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