第53話
体が揺れている。背中が浮かび上がる。まるでベッドが生き物のように跳ね回る。
僕は無理やり馬にでも乗せられているのか?
気にしている暇などなかった。彼女の縛られている姿を思い出す。僕には青い壁と水色の波の光が窓から差し込んでいた。
「シオンさま、お目覚めですか?」
「エイビス! ここは......」
彼女の目を見て昨日の自分を思い出す。顔が熱い。けれどなぜだ、また高揚する自分がいる。彼女から顔を逸らす。
彼女は僕に髪のかきあげたおでこを突き付ける。冷たい感触が僕を襲う。いたずらを終えた彼女は笑顔で僕に“異常なし”を告げる。彼女の言葉に太刀打ちできる術を僕は持ち合わせていなかった。
僕は身体の治癒に専念していたせいで、エイビスたちの行動を全く理解できていなかった。青く際限のない別世界の環境だけが僕の唯一の道しるべだった。僕は朝食のパンを含みつつ彼女の話を聞く。
ミカロの父親、セウス・タミア=スターさんは急ぎ僕たちと戦闘したカキョウさんや黒鎧さんを集め彼の娘を救おうと考案した。
が、ファイスは自分たちの力を見せて彼の考えを変えたかったのか、代わりに自分たちが乗り込むことを提示した。セウスさんは実力のこともあり少し不安げな様子。それでも僕らのことを認めこの潜水艇でミカロの元へと向かうことに賛成してくれた。
眠った僕は何も知らず無理矢理に乗せられ呑気に眠っていたものの、起きたときには即戦闘という重労働を強いられることになっていた。
エイビスはそれを嬉しそうに語っていた。けれど、彼女だって理解しているはずだ。僕には制限時間のその先の問題があるということを。
正解はない。彼女を救うことが正解だとしても僕が傷つくことは正解ではない。自信はある。そうでなければ敵は弱っている僕らに奇襲をかけないはずがない。彼は実力がないかパワータイプでないかのどちらかだ。
いずれにせよ僕は身体を起こし未知の戦いに備える。0感覚。身体の勘も働かない。考えだけがすべてだ。乱れなければ勝機は見える。
僕は黒鎧さんとカキョウさんの姿が見え体が飛び上がるのを感じた。だが彼らの笑顔に僕は支配されていた。もちろん良い意味で。
「準備万端? まぁそうじゃなくても無理やりたたき出しちゃうけどね!」
「病み上がりの戦士に何を言うのだ。華の字など一片も残っていないぞカキョウ」
「華僑のかは成果のか。挑まなくして喜びは得られん」
「ハハハ......」
彼女の言葉が僕には正しい。そうでなければ怖気づいてしまうかもしれない。それでも僕の中の銀髪の彼女が背中を蹴飛ばし外へと解き放つのだ。
潜水艇は島に到着しミカロの奪還作戦は開始された。
フォメアたちのおかげで敵の情報はすでに把握済みだった。名はシベル・ラスフィーニ。この島の所有者で目立った報告はなし。けれどむしろ何も問題を起こしていない科学者ほど不思議なものはない。
カキョウさん、黒鎧さん、ナクルスはその場に残り、僕は交渉、フォメアとエイビスとファイスは裏で隠密行動を開始する。ミカロを見つけ次第すぐに帰還。戦っていたら限がない。おそらく僕たちの負けだ。僕は彼女と会えるまでは動けない。彼女を見つけたとき、僕の右手が姿を現す。それまでは逆手で待機だ。
ファイスと拳を合わせフォメアと目を合わせ、エイビスと握手した。温かく力がこもっている。僕は彼女に笑顔を返す。不安なのは誰でも一緒さ。
エレベーターに乗り込みボタンを選ぼうとした瞬間、シベルの顔がディスプレイに映る。警戒されているようだけれど、本当に僕以外の人物は彼の場所に侵入していない。ファイスたちの姿は残念ながら監視カメラでは映らない。そんなものに負けるほどフォメアの知識は薄くない。
シベルのいる場所まで自動操縦で連れていかれ、僕は彼女と再会した。そして彼らの部下のような人物にも。3人、まだ何とかなりそうかな。彼女は目隠しをされ僕の声でようやく事態を理解し始めた様子だった。彼が求めていたものが何かはわからない。僕は差し伸べられた手にファイスたちに託されたボール状のアイテムを置く。
シベルの欲に包まれた顔は忘れられない。そこまでしてこれがほしいのか。その考えに僕は彼から離れたくなった。僕が彼女の名を呼んだとき、笑顔が見え......
ボールは光輝きファイスの一撃がシベルを吹き飛ばす。エイビスさんの一振りで暗闇の世界に招待する。彼らの光が僕たちを包む。ミカロが引っ張られていくのが見える。
「シオン!」
飛び上がると同時に鉄がおなかに突き刺さる。かわしたときに彼女の姿はない。下に降りたか。3人にその場を任せミカロを追いかける。約束は必ず果たす。嘘つきになるのごめんだ。
まるで予定されていたかのように開けられている通路。考えすぎか? いや、今は気にしないでおこう。カプセルケースに無理やりねじ込んだ彼の鉄が僕を引っ張る。ちょうどよかった。おかげでわざわざ扉を何度も開ける必要がない。先にすすも......
風が部屋を拡大させ不格好な形へと変化させる。まさか......僕の中に希望が灯った。初めからそうしてくださいよ。彼女にそう言ってしまいたい。部屋に入った瞬間、そんな妄想は姿を消した。
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俺たちは紫服の年を数え忘れてもおかしくねぇハゲ野郎に腕に包帯を巻いた若い男、でもって黒く体にフィットした服を着た若気の女と対峙した。シオンは勝手に走り出しちまうから、考えるまでもねぇ。まったくカップルってのはどうしてこう場をかき回してめちゃくちゃにしちまうんだか。とはいえ俺が言えることでもねぇけど。
フォメアとエイビスが残ってくれただけ勝機は大きい。元のエイビスだったらと思うと少し参るけどな。
俺の警戒が柔らかい。まさか......
「エイビス? お前自分で戦ってんのか?」
「いけないことでしょうか? わたくしはもう後悔は散々しましたので、次にそのときが来るなら自分の責任、と前々から決めていましたの」
相変わらず考えがまわるヤツだ。俺は歯を見せ敵に突っ込む。周囲に散開したしたところにエイビスが突っ込む。外れるか。いつもみてぇにはいかねぇか。
「ジモング! 展開せよ!」
「わかっている」
フォメアの銃を避けてハゲ野郎、ジモングが指先に力を込める。右手に力を蓄え一気に放......鉄が横から姿を現し俺を壁にたたきつける。腕に包帯を巻いたやつのくせに、拳で語らねぇのかよ......
「ハルス、悪くない一撃だ。おかげで溜まったぞ」
「エイビス何か来るぞ、警戒しろよ!」
「はい!」
ジモングは無視だ。腕巻野郎、ハルスから叩く。フォメアと目を合わせ、距離を詰める。さっきのお返......蓄えたハズの力が消えていく。何が起こってる。
フォメアの銃撃が青い空間に突き進んだと同時に姿を消す。嫌でも考えが浮かんだ。ジモングを何とかできなきゃ俺らの負けだな。エイビスと目線を合わせる。首を振る。そうくるか。どうする? 作戦担当?
考えるまでもねぇ。まずはエイビスを自由にする。青い結界から逃げ出し女に拳を向ける。一撃......
右手の鉄爪。気が付いてなかったら今頃指が倍になってたかもな。笑えねぇ。エイビスと目を合わせ、距離を詰める。岩が後ろから飛んでくる。結界がなけりゃ関係ねぇ。動かせねぇようだしな。
拳を突き上げ敵の足蹴りが姿を見せる。動きの速いエイビスと俺が同時に攻撃したとしても俺が彼女の邪魔になる。元からタッグで攻撃する気なんてねぇんだよ。敵が右手を出す瞬間にはエイビスの笑顔が俺に向けられていた。
「薔薇の舞!」
桃色の花が姿を現し、彼女の一撃一撃が花を紅に染める。留まることを知らねぇ連撃。特段綺麗な花、バラには棘があるってな。
鉄の砲弾が俺たちの目の前に現れる。坂道を前にそれらは結界の中に消えていく。さすが作戦担当。ただでは終わらねぇな。
――いかがしますか、フォメアさん?――
彼女の声が響く。エイビスなら本当はわかっちまってるはずだ。ジモングは動こうとはしない。だが、それじゃあ俺たちの星の効果は無意味。近づこうにも奥のハルスってやつが岩やら鉄やらを投げて邪魔してくる。さすがに笑いも考えられねぇ状況だ。
「ファイスさんは組手が得意でいらっしゃいますか?」
「いや、お前にくらべりゃまだまだだろ。なかなか星以外に力をつけようなんてやつはいねぇしな」
「そうなんですの? それだから今回のような事態に陥ってしまうのではありませんか?」
「いいんだよ! その方が成長できっからよ!」
「なんとも無茶の多い成長ですわね。それでは“命知らず”の異名で知られているのも無理ありませんわ」
納得いかねぇ。それでも勝つためにはエイビスの言っていることは間違いねぇ。今度俺も習ってみるか。なんか力を使わねぇってのはむしろ不安だけど。
剣を消し手袋を外すその姿は新鮮で、何より俺がワクワクしていた。やっぱりエイビスはおもしれぇな。俺は彼女の耳元で冗談を告げる。
彼女は両手に力を込めて俺に否定する。ったく、本当に素直じゃねぇお嬢様だよ、まったく。星を解除しジモングに接近、ハルスの攻撃は避けるほかねぇ。フォメアは待機だ。いざとなったら戻って態勢を......って俺らしくねぇ。速度を上げて敵に近づく。
「星なしで私に勝てると?」
「余裕だよ! 星の力に頼ってると足元すくわれんだよ」
――わたくしの言ったセリフではありませんか......――
そう考えるエイビスが思い浮かぶ。ジモングに飛びかかる。さすがに距離を取ろうと後退する。青い結界の位置は変わんねぇ。鉄玉の上に乗り考え......いや俺の性に合わねぇ。
エイビスがハルスに近づいていく。
え、そっちなのか?
岩玉を振りかぶった瞬間、彼女は岩の影に忍び込む。振りかぶる力を利用し敵を地面にたたきつける。ハルスは自爆して顔を地面にめり込ませた。鉄玉から飛び降り態勢を整える。
互いの拳を突き合わせる。これ以上手を傷だらけにさせるわけにはいかねぇな。ひとまず勝利確定ってとこか。
結界の奴はいるけど攻撃できるのがいねぇなら、意味は薄いしな。
「どうすんだ? まだ戦うっていうなら隣のお嬢さんが相手してくれそうだけどな」
「それが困ったことにそろそろ彼女が出番を譲ってほしいと言っておりまして......」
「ウソだろ!? 星は使えねぇんだから我慢しろって!」
「そういわれましても彼女の言い分も最もですし、何よりわたくしたちは2心そろって1人ですので」
笑えねぇ冗談だ。ここで出てこられたら無駄に突っ込むだけだ。それで倒れられたら俺たちが困る。って言ってもどうせ聞かねぇか。隊長と同じやつが集まるのが隊だ。前に誰かがそう言ってたな。
俺はその瞬間、岩投げ野郎の頭に向かって投げ飛ばされた。起きてた......のか。
ってそういう問題じゃねぇよ! 許可もなく変わりやがって!
――何、文句あんの?――
絶対にそう言ってやがる。きっと俺をあいつにとっての鉄玉か何かと勘違いしてやがんだ。まったく困ったもんだぜ、これだから女は理解に苦しむ。突然怒ったり笑ったりよー。嫌に思い出してきちまう。
ハゲ野郎はリングの付いた変な木の棒を落とすと、座り込んだ。同時に結界も姿を消した。
「降参だ」
俺たちは互いの拳を合わせた。女戦士は戦い足りてねぇ顔をしていた。
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