第52話
彼ら全員が僕たちに向かって謝罪の姿勢を取った。その不自然さに僕は心が身体から飛び出しそうだった。エイビスが僕の袖を握ってくれかろうじて留まれた。
彼らは頭を上げると僕たちを疑ったことを謝罪した。ファイスは呑気にそれを承諾した。さっきまでの状況よりもファイスの行動の方が身体に悪い。予測ができないとは末恐ろしい。
全ては彼らの主人、セウス・タミアさんによって仕組まれたことだった。彼は僕たちが本当にミカロのために戦う覚悟があるのか、見定めたかった。例え自分の命が果てようとも彼女を救いたい。そんな姿勢を持っているのか結論付けたかった。
家を傷つけてまで屋内で戦おうとしたのはそういうわけか。どうりで簡単に破壊しやすいと思った。きっと戦闘用に作られた家だったりするのだろう。
意思を突き付けあった敵は先ほどまでと違い僕たちをもてなし個室まで連れて行ってくれた。僕とエイビスを除いて。
「数々の無礼を許してほしい。して、ミカロがどこにいるのか君たちもつかめてはいないようだね」
「ええ。彼女もクエスターですから発信機の類を装備しているはずですが、それも反応にありませんの。わたくしの推測から察するに......」
「そう、誘拐。ご名答~!」
黒髪の男が彼の隣に姿を見せる。メイドの女性が剣を構えた。誰だ。
「君たちの予測したように彼女、ミカロ・タミア=スターは僕の手中にある。おまけに首には真っ赤なルビーを付けたチョーカーをプレゼントしたよ。花火付きの類がなくて困ったよ」
映像が現れ、椅子に括り付けられマスクを被せられた銀髪の女性が見えた。右腰のホルスター。間違いない。せめて不気味な赤色を見せるチョーカーだけでも外してあげたい。
僕は彼に近づ......できない。彼の持つ四角形の箱にあるボタンが全てを語る。彼は僕に作り笑顔を振るまう。
エイビスは彼女と変わろうとしていたがやめさせる。彼女の思いはもっともだ。
彼はボタンをポケットにしまうと退屈そうな顔で話を続ける。
「僕が望むのはお金でも彼女でもない。名前を告げたいところだけど、言わなくてもわかるよね?」
「……いいだろう。1日かかる。異論ないな?」
「素直で助かるよ。唯一の長女を失うわけにもいかないだろうしね。それではまた......」
彼は黒い塵となって姿を消す。僕は彼の元に近寄る。また首に剣をつきつけられる。
僕の熱が沸き上がり全身を焚き付ける。机に拳をたたきつける。自分がどんな存在か思い知らされた。僕は負けてばかりだ。
「……君の言いたいことはわかる。が、こうするほか......」
僕には力がない。だからこんなことしかできない。目の前の彼に力を見せることでしか自分を表現できない。力の入る感覚すら、起きない。
「主人、発見しました。どうやら筒抜けの勘は当たっていたようです」
「え?」
僕は彼から手を離す。今何をしようとしていた。彼は僕の何手先も上を歩いていた。それを僕は......しゃがみこみ机に拳を振り下ろす。これが年の差か。
エイビスは僕に近寄り行動を妨げようとする。すべてに納得がいかない。何もかも吹き飛ばしてしまいたい。僕は異常か? いや、シオンだ。
“華僑蓮華・蓮落気”
体の力が抜け......
僕はまたエイビスの膝に飛び込んでいた。何も感じない。僕は......何がしたいんだ?
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覚醒。目の前には椅子がある。まだ空が明るい。エイビスたちはどこだ。早く見つけ......
風で銀髪の髪がなびく。彼女は満点の笑顔で僕を見つめた。
『……シオン、そんなに気張らなくてもいいんだよ。焦ればおっちょこちょいになるの、みんな知ってるんだから』
違う。僕は天真の星屑に入ったときから約束したんだ。“君を、ミカロ・タミアを守る”と。
彼女は首を振って僕から目を逸らす。空が夕焼けに変わる。ここはいったいどこなんだ? 僕の妄想か?
それにしてはずいぶんとそっくりな彼女だ。
『せっかくだけどそういうのうれしくないかな。私は守ってほしくない。シオンに助けてきてほしいの。だからちょっと約束を変えてもいいかな?』
言葉は不思議だ。根拠がなくても身体は素直に受け取ってしまう。どんなに適当であっても明るい言葉をかける暗い人はいない。僕の中のミカロは少し違う。妙に博学なところがある。
確かに守るだと心がストレスに感じそうだ。約束しよう“僕は彼女を絶対に助けに行く。例え佳境であろうと困難だろうとそんなことは知らない”
『よかった、シオンのことだから話を聞いてくれないかと思ってたよ。私の言葉、忘れないでね』
僕がうなずくと彼女は笑顔でその場から消えていった。彼女とはもう会いたくない。
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覚醒? 緑髪の彼女が飛び込んで判断に至る。情けない気持ちでいっぱいだ。
「エイビス、すみません。見苦しいところを見せてしまいましたね」
「いえ、わたくしはむしろシオンさまのことを深く知れたような気がして満足ですわ。不謹慎のようにも聞こえますが、それが真実なのです」
彼女は強い。ちゃんと1人で立っている。僕にできるだろうか。甘えてばかりもいられない。先に進もう。
僕はハートの形のベッドに寝かせられていた。お風呂に食事も用意されているようで至れり尽くせりだ。戸棚に銀髪の彼女の写真があるのを見つけ僕は状況を理解した。3発で済むだろうか。せっかくだから小さい彼女のことを知っておこう。
本当は僕はファイスたちと同じように1人部屋に案内されるはずが、エイビスが看病をするためにこの部屋に連れられたらしい。絶対にあの人の策略だ。僕が彼女に対して取り乱した姿を見せたから、きっと恋心と勘違いしたんだ。
食事をとると僕は彼女の診療を受けた。右腕は僕から完全に離れた場所にいた。
「シオンさま、残念ですが明日戦闘を行うのは......」
僕はうなずき彼女の意思を尊重する。当然だ。そうなるとわかっていて僕は使用した。せめて動けない彼女を運ぶくらいには役に立たないと。
「時間制限はありますが、いかがいたしますか?」
彼女は僕の頭を真っ白にしてばっかりだ。負けばっかりで立ち上がることを忘れてしまいそうだ。
白い錠剤。これを使えば1時間は痛みなく戦える。が、同時にすべての痛みが0になる。気が付いた時には死んでいたなんて冗談は笑えないな。
「ありがとうございます、エイビス。おかげで僕は負け犬にならなくて済みそうです」
彼女の背中に手を置く。温かく気持ちが安らいでゆく。柔らかみ、香りが僕の芯まで伝わってゆく。幸せだ。
肩が叩かれ彼女は僕の耳に体を近づける。体が震える。
「その先はシオンさまの言葉を聞いてからにいたしましょうか」
僕は罪を犯した。彼女の部屋が黙っているわけがない。悦びが僕たちの身体を巡ってゆく。記憶は一時彼女を拒んでいた。僕はシオンだ。僕の中に彼女が流れ込んでくる。何度も続けたい心が先走りする。彼女は口に蓋をし、僕は笑みを見せ賛成した。
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