第48話
「イス、ファイス!」
「どうした! いつぅ......」
俺が目を覚ましたところは、ベッドの上。
隣にも上にもベッドがついてやがる。どれだけスペースがねぇんだよ。
玄関の部分と比べていくらなんでも狭すぎるだろうが。
手から血が出ていることに気が付いた俺は、回復薬を飲んで辺りを見回すことにした。
すると、下からひょっこり青い髪をした女の子が顔を出した。
「ファイス起きたー!」
「ふ、フロー......」
フローは俺に向かって勢いよく抱き着き、その感触を確かめるために身体を揺らして確認していた。
というかどうなっている?
フローは俺に向かって攻撃をしたはず......
「フロー、いったい何をしたんだ?」
「“砂散烈風”でベルセイムたちに砂をまき散らして、その間にファイスをフローのベッドに運んだの。
うまくいってよかった」
フローは俺が回復薬の効果でみるみる傷が治っていくのを見ると、安心そうな顔をした。
まぁ、落ち着け俺。ってことは、フローは......
「あいつらを裏切ったのか?」
「……そういうわけじゃないよ。あの2人は遊ぼって行っても2人でずっと遊んでいるだけで、いつまでたってもフローと遊んでくれないから、キライ。
でもファイスはこれが終わったら遊んでくれるんでしょー?」
フローはあのメガネの2人を思い出して頬を膨らませると、俺に顔を近づけて首を傾げた。
俺はフローから目を逸らす。
けど答えは1つしかねぇみたいだな。
俺はフローの頭に右手を置いて口を開く。
「ああ、もちろんだ。これが終わったら疲れるまで遊んでやる!」
「わーい! やったやったー!」
フローは俺が後で遊んでくれることのうれしさか、ベッドとベッドの間をはしゃいで飛び回った。
さてと、俺も少し休んだらシオンたちと合流するか。
そういやフォメアは何している?
さすがに電子ロックは解除しただろうし、合流した方がいいような気がするな。
ま、とりあえず休むか。
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オレは門を施錠していた電子ロックを解除し、ファイスたちの後を追うことにした。
正直なところ、他の全員がやられていたとすると状況的にはかなり手厳しい。
まぁそれを100%信じているというわけではないが、物事を冷静に判断することも必要だ。
大切なのはときにそういった第三者の視点のものだったりする。
例え関係している者がどんなに怒り、悲しんだとしても、誰かがそれを記録・記憶しなければ何も残らないのだから。
敵が罠を仕掛けていないとも言えなかったが、あえてオレは玄関から侵入することにした。
そこには何者か判断のつかない和服を着た桃色髪の女と、傷を癒し眠りに就いたナクルスがいた。
地面はいたるところに衝撃の跡を残し、その戦いを物語っていた。
剣のような薄く細やかな傷が壁中にある。
どうやらエイビスがいたか、剣を使用する敵がいるようだな。
とりあえずここは上の階に上がるとするか。
2階に至るまでも、特に罠らしきものはなく無事にたどり着いた。
2階の中央にあたる部屋はとても奇妙な感覚だった。
ところどころにある何かを打ち付けたような壁の跡、割れているガラス。
そして何より辺り一辺にまき散らされている砂。
オレたちのチームでこれに一致するのはファイスぐらいだ。
シオンなら嫌でも鉾のキズが残るはず。
ということは、あいつはいつも砂を持ち歩いているということか?
いや、砂を使う敵に出会った。
という方が合理的か。
とりあえずさらに上の階に向かうとするか。
もしかすれば、ファイスも敵の探しにどこかをうろつきまわっているかもしれないからな。
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「ファイス起きて―!」
「お、おう! まぁ元から起きてたけどな!」
あぶねぇ危ねぇ。危うくそのまま寝ちまうとこだった。
それほど身体が疲れているってーことか。
まぁ電車のせいだな。あんまり乗り慣れていねぇし。
「ファイス、何か気が付いたことある?」
「んぁ?」
俺の耳に聞こえてきたのは、嫌でも聞こえるくらいに明るく耳に響く声。
けど今度聞こえてきたのは違ぇ。
ハッキリと聞こえてくるのは変わらねぇけど、確かに希薄さ、大人みてぇな冷静さを感じさせるこの声。
俺は飛び起きてその姿を確認する。
「お前は誰、いたっ!」
膝のあたりまで伸びた青髪が見えたその瞬間、俺は上のベッドの下にあたる部分に頭をぶつけた。
俺は頭を押さえて再度目の前にいる女を確認した。
「あ、ファイスやっと起きたー! 早くパパのところに行こうよ!」
「……フロー?」
俺の目の前にいたのはさっきまでのフローじゃねぇ。
太もももふっくら、胸は特徴的な丸みを見せてまるで俺自身で自分をだましているみてぇだった。
いやいやそんなはずはねぇ!
フローは俺のへその位置ぐれぇに小さかった。
目を覚ませ!
俺がそんな夢を取り払おうとしている矢先、フローみてぇなやつは俺のベッドに侵入し、俺の逃げ道を塞ぐ。
「ファイス、まだ調子悪い?」
「いや、んなことねぇよ!
ただちょっとな......」
フローみてぇなやつは俺の目線も気にせず勝手に、身体を前にかがませて俺の右頬を右手で包み、俺にその十分に育った上胸を見せつける。
こんなのミカロに見られたら俺は生きて帰れる気がしねぇな。
ぜってぇヴィエンジュがレーザーを打ち込むに違いねぇ。
「ちょっと、なに?」
「いやだからそのっ!」
俺は見えてきちまう胸の部分に目を逸らす。
まぁ見てもいいだろうけど、そういう時間じゃねぇ。
早いとこミカロを救わなきゃいけねぇからな。
「……ぷぷっ、ぷぷぷ......」
そのとき女は口を必死に左手で押さえながら、笑いを口からこぼす。
……やっぱりこいつは。
「お前フローだろ! こんないたずらしやがって!」
「うわーバレちゃったー! 逃げろー!」
「逃がすかっ!」
俺は逃げようとするフローの手を掴む。
何があったかはしんねぇけど、フローであることには変わりねぇ。
それにこんなに遊んでいる時間も今はねぇからな。
「行くぞ、フロー」
「う、うん。でも......私の胸から手を離して?」
「んぁ?」
俺は思わず左手を見る。
柔らかい。けれど少しいつかのときより物足りないような......
俺は何も言わずに手を離そうとしたそのとき、扉が勢いよく開いた。
そこには俺のよく知る、青髪のデータでできた画面ばっかり見ていやがるアイツがいた。
「……邪魔したな」
「いやちょっと待てよフォメア! 何サラッとスルーしてんだ!」
「オレは何も見ていない。赤髪のパンチバカがどうしようと関係ない」
「ちょっと落ち着けって」
「そうそう落ち着い――」
俺はその冷静で綺麗な景色を見たときのように、途切れなく耳に入ってくる声を聞いた瞬間、フローのもとに振り返って歯をくいしばってできるだけ威嚇しているみてぇな顔を見せた。
ったく、いたずら好きなところだけは変わってねぇな。
「お前はちょっと黙っておけ。ややこしくなんだから」
「はーい......」
フローは今回頬を膨らませるわけでもなく、ただ不満そうに下をうつむいた。
助けてくれた恩人に叱るのは何ともいい気分とは言えねぇが、まぁとりあえずフォメアと合流できた。
今度ならあのメガネ野郎を倒せる気がすんだよな。
だけど今面倒くせぇことになっているのは間違いねぇ。
どうやらフォメアが拗ねちまったみてぇだ。
俺は柄にもなく最近ピントレスで見た商売人のマネで、親指が自分の方にある状態で両手をクロスに交差させ、それを揺らして相手の気持ちを困惑させることにした。