第41話
僕がミカロに伝えたいことをメモしている間に、エイビスは僕の元へと戻ってきた。彼女は僕のポケットバッグを持ってきてくれていた。回復薬に小型煙幕爆弾、キャプチャーネット。ピンチのときの僕にはどれも大切になってくるアイテムばかりだ。
さすがエイビス。なんでも戦略のようにお見通しだ。そこが怖くないと言えば嘘になるけれど。真っ赤だった彼女の顔も元に戻り、真っ白で光を弾く綺麗な肌を見せていた。
さてと、そろそろミカロの生まれ故郷に着きそうかな?
「さっきはすみません、エイビス。ふざけ過ぎましたね」
「いえいえっ! シオンさまが謝りになる必要はありませんわ! それに驚いてしまったわたくしが悪いのです。シオンさまのお気に召していただけたようで、わたくしは全く気にしていませんので」
エイビスは僕に向けて笑顔を返す。
なんでそうなるんだ! 彼女にはそう返したいところだ。
けど、彼女のまっすぐで好きなものを食べているときのような笑顔がそれを止めさせる。
彼女は僕の行動に関してはいろいろと寛大だ。彼女が入浴しているときに僕がお風呂場へ入ってきても平然としているし、僕の着替えを一緒に洗濯しても良いと言ってきたりする。
ミカロも他の女性も、絶対にそんなことは言ってくれないししてくれるはずもない。それが当たり前だ。きっと彼女は僕を“パートナーさん”として頭でごまかしている。
このクエストが終わったら、彼女にきちんと僕として見てもらえるよう言っておこう。
僕としては不便になるけれど、それが普通だ。甘えているわけにはいかない。
「シオンさま、あの先にあるのがミカロのお父さんのいらっしゃる町、ヴィル・マータ・ラフォーレですわ」
僕はエイビスが窓を見るのと同時に、彼女の目線の先にある風景を僕も眺める。
そこには人々がはしゃぎあうビーチ。そして美しい蒼色の海。
そして何より、風によって横に回転するプロペラが目立っている。
名前は長いけれど、僕たちよりも発展して、さらに言えば平和であることも間違いないだろう。
僕たちはラフォーレに降り立った。空気はピントレスの方が美味しいかもしれない。
あの綺麗な景色を見ることができるとも思えない。
けれど、それだけの何か有名なものがここにはある。それは間違いないはずだ。
僕の元に勢いよく何者かの右手が僕の首に巻き付けられる。
こんなことをするのは赤髪の彼しかいない。そう、ファイスだ。
「大丈夫かシオン! 毒針喰らっちまったんだろ!」
「は、はい。でもエイビスのおかげで助かりました。彼女は本当にすごいですね」
「そんなことありませんわシオンさま!
わたくしはシオンさま一筋に力添えができるよう、努力・研究しているだけですから」
ファイスは僕を珍しく嫌いな食べ物を見たときのような、心配した顔を僕に見せた。
さすがの彼も、毒には心配してくれたみたいだ。
けれど、僕が平気であることを伝えると、すぐに僕のことをからかおうとした。
女性とやましい出会いをしようとしたとか、幸運の壺を買わされそうになったとか。
まぁどっちにしても真実ではないし、あまり気にしてもいない。
今はミカロのお父さんに会うことの方が大事だ。他のことに囚われている暇なんてない。
駅から出た街並みは、まるで山のように坂道でできていた。
きっと昔は敵を通りにくくするためにそういう地形にしたか、たまたまこの地形でてっぺんにいられる環境にとってとても良い場所だったに違いない。
岩でも転がって来たら、たまったものじゃない。
勢いに乗ったものほど恐ろしいものはない。へたをしたらこの駅でさえも突き抜けてしまいそうだ。
この町を眺めていると、プロペラが本当に目立つ。
あれがこの町の電力源なのかな。電柱もないようだし、違いない。
特にてっぺんに位置している家にある2mの幅と奥行きがある一番大きいプロペラ。
あれが一番偉い人の家で間違いなさそうだ。
まぁミカロのものはこれよりちょっと小さいくらいのやつだと思うから、関係ないか。
フォメアさんがディスプレイを見ながら僕のもとへ近寄る。
なんだろう? もしかしてミカロの居場所がわかった、とかかな?
「シオンは聞かずともわかるようだな。そう、あの一番大きなプロペラのある家がミカロの実家だ」
「へーって、ええっ!? 本当ですか!?」
「オレは無駄に嘘をついたりはしない。詳しくは知らないが、案内を記す手紙にはそう書いてある」
「そ、そうですか......」
僕は驚かずにはいられなかった。もし僕の勘が当たっているとすれば、彼女はこの町のリーダーの娘、ってことになる。
大金持ちかはともかくとして、僕たちのような一般的は人とは価値観が違う、ということは間違いない。
……みんながミカロと同じ性格だったら困るけど。
僕はおでこから冷や汗が流れているのを感じ、手で拭き取る。
ミカロもなんだかんだで、いろいろ隠しているじゃないか。
今度質問して彼女から聞き出そう。僕は自分のことを包み隠さず話しているのだから、それくらい聞いても問題ないだろう。
最初はチョップをしかけてきそうだけど。
『シオン行くよ!』
今の! 僕はミカロの声が聞こえたような気がしてその方向に振り向く。けれど、そこにはエイビスが僕に向けて手を振っていた。
どこに行ってしまったのだ、ミカロ......
「シオンさま~! まだ体調が優れませんか? それであれば、一度医療機関に――」
僕は首を左右に勢いよく振って彼女の言葉を遮る。
彼女の治療は完璧だ。おかげで体も言うこと聞いてくれる。
これ以上の文句は必要ない。
「大丈夫です、行きましょうか!」
「はいっ!」
僕たちは一番大きなプロペラへと向けて走り出す。
ミカロのお父さんが、僕たちをミカロに導くと信じて。