第38話
僕は1Fロビーへと降り、係員さんから手紙を受け取った。
もちろん送り主の記載はない。ただ“シオン・ユズキへ”と誰が描いたのかわかりにくい僕の名前のみが書かれている。
手を切ってしまうとは思えないほどの柔らかさ、そして折り目の正しい、1発で成功している3つ均等に折られた紙。
よっぽど僕に正確に伝わるように誠意を見せたいみたいだ。
まぁ、たまたまかもしれないけれど。
僕は文章を目にし、少しずつ読み進めていく。
……どうして。どうしてこんなものを書いてきたのだ。
僕は手紙をポケットにしまい、外へと歩き出した。
ホテル・サカスミアの裏側にある地面の見えない庭。いや建物の跡地か。
雑草が数え切れないほどに繁殖し、地面を支配している。
太陽が当たる時間帯が限られているせいか、このあたりには誰も歩いていない。そのせいでここには誰も住もうとはしない。
まさに静寂の場、といったところか。2人だけで話をするのにはピッタリだ。
それにしてもいったい急になんだろう。
彼女から話がしたいなんてどういうことだ?
「……来ましたか。まずはこのような気分の悪くなるような場所に呼んだことをお詫びします」
僕の目の前に姿を現したのは、鎧兜の隙間から赤髪を見せる剣士の彼女。文面にはこうあった。
あなたの記憶に関する情報が1つだけ手に入りました。
情報を伝達しますので、ホテル・サカスミアの裏地に1人で待機していてください。
リラーシア
「リラーシアさん。お久しぶりです」
「……久しぶり、と呑気に話をしておきたいところですが、時間がありませんのでさっそく伝達事項を述べます」
リラーシアさんは僕を見るなり鎧兜を取り、いつもの冷静な目と顔を僕に見せた。
……彼女なりに僕のことを調べようとしてくれたのか。いったいどんな情報だろう。
まさか、金髪の女性のことか!
「あなたは確かエピソード記憶、個人的に体験したことや家族関係のことに関する記憶喪失でしたね」
「は、はい。それで間違いないはずです」
……そう。僕は計算や文字を書くことや鉾星を使ったときに、すぐにどの記憶が僕から失われてしまったかは理解していた。
けれど、人物に関しては1人も覚えていない。
……それに何か関係があることが見つかったのかな?
まさかそれがわかっただけ、なんてことはないか。はは。
「記憶屋。という名前を聞いたことはありますか?」
「え? ないです......」
記憶屋さん? もしかして記憶を売っているのか? いやいやおかしいじゃないか。
まさかそれの商品って、人の記憶から奪ったものなのか!?
僕は思わず目を丸くして彼女の目を見ていた。ひとまずそんな考えは落とそう。
とりあえずはリラーシアさんの話を聞こう。
「正規のお店では、精神面において重症を受けた人物や疲れを得た人物を癒すために、体を疲れさせることなく幸せな記憶を体験し、精神のケア・ヒーリングを行っているのですが、困ったことにその記憶抽出装置を悪用した敵が存在しているというのです。
ここまでくれば、あなたに言わずとも私が何をしにここへ来たのかはわかりますよね?」
……ここまで聞けば、僕には嫌でもわかる。
金髪の女性のような確かではない。けれども重要な情報。
“僕はその記憶抽出装置を悪用した敵に記憶を奪われた” そういうことか。
僕は彼女の何も恐れていない目に向かってうなずいた。
「……私には時間がありませんので、この情報にある敵の位置が報告され次第、
また連絡をすることにいたします。
では」
リラーシアさんは煌めきとともに、雲の中へと飛び、消えていった。
まだ我慢しなければならないようだ。金髪の女性さん。
僕はリラーシアさんとの話を終え、のんびり空を眺め気分を落ち着かせていた。
いつもと変わらないオレンジ色に輝いてゆく空の景色。
さてと、とりあえずホテルに戻ろう。
ミカロのことをフォメアがどこまで調べ終えているのか気になるし。
僕がホテルへと歩き出そうとしたそのとき、光に煌めく髪が目に留まる。
後ろを振り向き、その姿を確認する。
「ミカロ!」
「あ、バレちゃった?」
ミカロは悪びれる様子もなく、首を傾げて僕の目の前に突然現れた。
彼女のショートパンツに、真ん中に桃色の大きな星が描かれている真っ黄色のTシャツ。
そのいつものクエスターでの姿を見るのは、僕にとってはなんだか新鮮だった。
「今までどこにいたんですか?」
「ちょっと用事があっただけ。思ってたより時間がかかっちゃったから参ったよ。 今度苦情を言っておかないと」
はぁー......僕は彼女の言葉に大きくため息をつきうつむいた。どこかに行くのなら、教えてくれればよかったのに。
なんだか僕の中のミカロを心配した気持ちが嬉しさを感じない。
むしろ嫌に灰色の雲みたいになって、モヤモヤした感覚がする。
どっちにしても嫌な気しかしない。
「とりあえずよかったです。後は部屋に戻ってから話をしましょうか」
「うん。そう、だね......」
ミカロの返事が素直に、まっすぐに帰ってこない。
そんな気がした。
なんだ?
もしかしてまだ......
ぷすっ。
そのとき僕の首に何かが勢いよく刺さった感覚がした。
なんだ、これ。目の前がぼやけ、て――
真っ暗になっていく視界の中、僕はミカロの銀髪が煌めくのを再度確認した。
ものすごく綺麗、だ。まるで彼女が金髪であるかのように、彼女を彩って......
僕の目の前は暗礁に包まれたように真っ暗になった。