第37話
僕のティーカップが空になり新しい紅茶をいれようとしたとき、エイビスはお風呂場から戻って来た。やっぱり彼女には長い丈のスカートが良く似合っている。心からそう思う。
お茶を入れ直し、僕たちは話を再開した。でもどうしてだろうか。エイビスがいつもより強引でない気がする。……まぁそれに越したことはないのだけど。僕もあまり動揺のない生活の方が好きだし。
「先ほどの電話はシオンさま宛て、でしたか?」
「ファイスからですよ。まだミカロが戻ってこないので、フォメアさんが探してくれているみたいです」
「はぁ。全く彼女はいったい何をしているのでしょうね。
わたくしはともかくとしても、シオンさまに相談しても罰は当たりませんでしょう」
相談、か。確かにミカロはどんなことも、たとえ自信がない事でも真正面から堂々と言葉を発してくる。だからこそ、弱いところが見せられないでいる。彼女も昨日でそれがわかっただろうし、さすがに同じようなことをするとは思えない。けど――
「相談できないことだったらどうなるかわからないですよ。 僕で言えば記憶のこととかにあたります。チームのみんなには言えますけど、そうでない他人にはあまり言えないものですから。エイビスも前のパートナーのことを、僕以外には話していないですし」
エイビスは僕の言葉を聞くと、僕から目を逸らした。彼女にとって聞きたくないことなのはわかっている。けれど、もしミカロにもそういったものがあって、今の状況にいるのなら彼女の気持ちが理解できるはずだ。
「……確かにシオンさまの言う通りですわ。けれど、それは既に過去の出来事。シオンさまたちに出会う以前のことでしたから、もう結果を変えることはできません。しかし、今のミカロであればまだわかりません。現在の出来事であれば、まだ納得のいく結果に変えることができますから」
エイビスは床を眺めるように下を見てうつむいた表情を見せながら、僕の質問に答えた。僕は青い紅茶を口に含み空を見上げる。
確かに彼女の言う通りだ。今ならミカロの行動の目的をどうにかできる。僕の記憶も今から行動すれば、取り戻せる道筋になるように。僕は彼女の目に映るように移動し、頭を下げる。
「す、すみませんでした、エイビス。また思い出させてしまって......」
「頭を上げてくださいシオンさま! 悪いのはシオンさまではありませんわ。そのような結果をもたらしてしまったわたくしのせいですから、気にする必要はありません」
……どうして彼女は僕をそこまで許してくれるのだ。今の言葉をミカロが言っていたら、間違いなく夜通しケンカが続くだろう。けれど僕に対してはそれがない。
強さがあるからなのか?
それとも修行してくれた恩があるから?
自分を囚われの場所から解放する手助けをしてくれたから?
……女性というのはよくわからない。
「シオンさまにはいずれ、わたくしのパートナーだった方についてさまざまなことを話していきたいと思っています。けれどそれは、シオンさまの記憶が戻ってからお話したいのです。ですから、わたくしはシオンさま以外の方にこのことについて話すつもりもありませんし、相談するつもりもありません。ですからそこまで気にしないでくださいまし。わたくしたちは、その先を生き抜かなければならないですから」
……彼女の言っていることは正しい。
パートナーの時間は止まっているが、僕たちはそういうわけにはいかない。
彼の知りえない先を見ていかなければならないのだ。
とりあえずこの話は置いておこう。今はミカロを探し出さないと。
「そういえば、ミカロの扇はどこにあったんですか?」
「確か今日はこちらのお部屋の方に......」
エイビスが周りを見渡した瞬間、彼女は口を開きそれを右手で塞ぎ驚いた表情を僕の横目に見せた。
彼女の視線には何も映ってはいない。とすると......
「なくなっている、ということですか?」
「はい、間違いありませんわ。
シオンさま、ミカロは一度ここに――」
ジリリリリィ! とまたうるさいベルの音が僕たちの部屋を包む。
今度はなんだろう。もしかしてフォメアさんがミカロの居場所を突き止めたのかな?
「はい、もしもし?」
「あ、シオン・ユズキさまでいらっしゃいますか?」
僕の耳に帰って来たのは、聞き覚えのない透き通るほど綺麗な声のする若い僕より年上の男性だ。ホテルの係員さん、かな?
「はい、そうですけど」
「さきほど直筆の手紙を渡すよう、ある方に申し付けられまして。
とはいえわたくしはここを離れるわけにもまいりませんので、一度ロビーまでお越しいただけますか?」
ある方? 誰だろう?
セレサリアさんかな、今時直筆の手紙って結構珍しい。
わざわざそんなことをしなくても、電話で伝えてくれればいいのに。
まぁ僕が受け取らないと彼も困るだろうし、とりあえずもらっておこう。
「わかりました、今からそちらに向かいます」
「よろしくお願いいたします」
僕は電話を切り、彼女の入れてくれた紅茶を一気に飲み干すと紺色の上着を着て外へと向かう。
この時間だとクエスターの人はそんなにいないだろうし、あまり変な噂がたたずに済みそうだ。
「エイビス、僕に手紙が来ているみたいなのでちょっとロビーに行ってますね。
すぐ戻ってきますから、紅茶を入れ直しておいてください」
「はい、かしこまりました!
フォメアさんたちから連絡が来たら、報告いたしますね」
「お願いします」
あの手紙は何か事情のあるミカロが僕に渡そうとしたものだ。何となくそんな気がする。
会って話したくない、声を聞くことなく意思を伝えたい。
そんなことができるのは、文字だけだ。
わざわざ時間をかけてそんなことをするのだから、きっと僕の考えは正しいに違いない。
とりあえず僕だけで逃げようとする彼女を追ってみよう。何か掴めるかもしれない。