第31話
温泉。白煙がたなびき香りが一面を舞う。身体が自然と彼を欲している。さてと、入る......
「シオンさま、まずは体を清めてからですわ。それがマナーですから」
僕の目の前は真っ白になった。彼女は僕の左腕を取った。タオルの壁だけが唯一の救いだった。
「エイビスさん!? こんなとこで何を!」
「シオンさまに救っていただきましたのでそのお礼にお背中をお流ししようと存じまして。ダメでしょうか?」
彼女の煌めく目に僕は言葉を失っていた。何より彼女の他人にはそうそう見せてはいけない部分に困惑せざるを得ないでいる。
「ダーメっ! シオンは私が洗うんだから!」
メロンパンが背中から飛び込んできたような感触がする。顔を上げた先にはミカロの姿があった。まさか彼女も......
「こら! 見ない! シオンだからしてあげるんだからね?」
僕の頭は考えることを放棄していた。このまま続行させておくわけにはいかない!
「待ってください!」
左腕が何かに包まれている感触......エイビスさんか。彼女は元通り服を着ている。いや、僕の妄想か。ハァ。何を考えているんだ。おかげで身体が休まった気がしない。
それにしてもどうして彼女はここに? 答えを気にせず彼女をベッドに寝かせる。このままじゃ眠りきれない。アスタロトさんから話を聞こう。
中心階層へと降り、操縦桿を握る人たちの部屋にアスタロトさんはリラーシアさんと話をしていた。寝ていた様子が見られない。手慣れているのだろうか。むしろ悪魔特有の何かなのだろうか。
「ずいぶん髪が荒れてるわね、ミカロに整えてもらったら?」
「……面白くない冗談ですね」
僕は目を逸らし彼女に状況を気づいてもらおうと考える。伝われ、伝われ。……いや、理解は誤解から始まる。誰かがそう言っていたのを思い出した。
「喧嘩?」
「そういうわけではないですけど......」
「どっちにせよおんなじようなものよ。彼女に気まずさを感じるんでしょ?」
彼女は僕の考えていたことを素直に口に出す。僕はうなずくことしかできなかった。
「聞きたいことがあれば言え、それがミカロのスタイルじゃなかった? そういうのは無理やり押し倒してでも聞くべきことなのよ」
彼女はマントをひらめかせその場を後にした。僕はその言葉に拳を握りしめることしかできない。……気が付けば飛行船は仕事を終えていた。
☆☆☆
「シオンさま!
お目覚めの後、いったいどこに行かれていたのですか?」
彼女は僕を見つけるなり飛び込んで来る。これから修行だと考えると少しだけ影になりそうだ。早めに手を打つ必要があるか。
僕は彼女の柔らかさに触れていることを無視した。彼女が不意に頭を叩かれる。それが誰なのかは考える必要もない。
「あうっ、何をするんですかミカロ!」
「別に? シオンが困ってるかな、って思っただけ......」
彼女も疑問の顔を見せる。僕はそこから目を背けた。リラーシアさんの修行が終わってから全てを整える。それをズラすわけにはいかない。自分の感情コントロールも修行だと思えばいい。
温泉はいい。何も言わずただ僕らを温め、効果を与えてくれる。そこから離れたくなくなってしまうことが不安要素だ。
僕たちの話はエイビスさんのことでもちきりだった。やたら字がうまいとか、治療上手だ、とか。とはいえ何よりも話題は彼女の持つ星のことだった。
「砂のやつは知らねえけど、氷のやつは倒したんだろ? 結構厄介だったぜ、あいつ」
「むしろ1人の方が戦いやすい相手ではあったがな。とはいえ俺たちが1人でそれを成し遂げられたかと考えれば、無理だったろうな」
「シオンは聞いてねぇのか?」
「え、あーどうだったですかね。そのとき意識がなくって......」
とんでもないことを口走ってしまった。ファイスに間抜け者の烙印を押されるかと思ったけれど、そんなことはなかった。彼も根はやさしいのだ。だからこそ冗談で話題を作ろうとするんだ。
とはいえ彼女のことは内緒にしておこう。たぶん間違いなく彼女の印象が悪くなる。これは僕たちにとっても有益ではない。それなら空を眺めている方がずっと効果的だ。
思わず笑みが湯船にこぼれてしまう。ようやくか。おめでとう僕。やっと彼女の修行を受けられるんだ。こんなに晴れ晴れしいことはない。
「ん、やけにうれしそうだなシオン。エイビスに告白でもされたか?」
「違いますよ! やっとリラーシアさんと鍛錬を受けることができるようになったんですよ。それを考えたら気持ちが落ち着かなくて......」
3人は僕から目を逸らした。ファイスが彼女をチームに誘ったのだろう。そう考えれば少し納得がいった。
ミカロはともかく天真の星屑にとってリラーシア・ペントナーゼさんは意味を持つ人物なのだと理解する。原因は彼らにあるのは言わないでおこう。
とはいえチームの過去を知るのは悪くない。1つ気になっていることもある。僕が口を開いたとき、3人は何も言わずうなずきその場を後にした。なんだか僕だけ輪の中に存在していないようなそんな感覚に包まれる。
お風呂上がりの一本は最高だ。体に染み渡る感覚がなんとも衝撃的だ。糖分が身体を包み組織全体を笑顔にする。その感覚が忘れられず思わず2本も飲んでしまった。さてと、修行、修ぎょ......
火照った身体。紐だけの簡易な浴衣からこぼれる白い肌。銀髪の彼女は僕のことを地から見つめていた。
「大丈夫ですか!?」
手が思わず離れる。身体が熱い。何か飲み物を......緑髪の彼女が何も言わずとも僕の意思を受け継いだ。彼女は水を含むと次第に火の気が薄らいでいった。
「申し訳ありませんシオンさま! お見苦しいところを......」
「いえいえ! ミカロ、大丈夫ですか?」
彼女はゆっくりとうなずいた。僕は息をもらしエイビスに後をお願いする。ミカロたちは3階、僕たちの部屋は2階だ。
彼女がのぼせるなんて珍しい。いや、それだけの何かが彼女に起こっているっていうことだよな。話がしたい。そう考えたときにはリラーシアさんとの時間になってしまっていた。