第16話
僕たちは船の中に集まり、今回の出来事をまとめておくことにした。
「とりあえずそこの危険物、渡してもらえる?」
「えと......」
「危険物って言い方ひどいでしょアスタロト! 彼女だってちゃんと生きてるんだからね!」
「生きている爆弾ってことが問題なのよ。危険物って言えば物事が伝わりやすいのよ」
「こんなに小さくて可愛いのにそんなこと言ったらかわいそうでしょ? そんなんだからこの子に懐かれないのよ。ねー?」
ミカロは僕に近寄りスライムに笑顔を振りまく。が、彼は彼女と目を合わせることなく僕の頬に擦り寄った。彼女の顔に力が入ったような気がした。
僕は彼女を落ち着けようと言葉をかける。けれどたびたびのスライムの塩対応に彼女の右手には着実に力がこもっていく。ミカロはむくれて端っこの座席で縮こまってしまった。
「どうして仲良くしてくれないのかなー......別にいつものことだから気にしてないけどさー。この前だって寂しそうにしてた......」
「アレは放っておくとして、とりあえず船を爆破されても困るからこの強化ガラスケースの中に入れておくわよ。それくらいは承認してもらうわよ」
スライムはアスタロトさんの両手の上のガラスケースを見るなり、左右に体を傾けて僕に“私を捨てるの?”と言わんばかりの子供のようなキラキラした目を見せた。僕は心を鬼にして彼を両手で優しくガラスケースに入れた。アスタロトさんはケースを閉じ背中に担ぐと窓の外を眺め始めた。
僕はそれよりも問題な同じようなキラキラ目をしている彼女を慰めることにした。
彼女は僕が傍に来たのに気がつくとまたむくれて窓を眺めだした。
「そんなに怒らないでくださいよ。彼は僕を親だと勘違いしたんですよ、たぶんですけど」
「……別に怒ってないし。あのスライムの行動が少し気に入らないだけ。シオンは良いよね、懐いてもらえて」
彼女の放った言葉に僕は注目した。彼女は以前逃げ出したペットを探すクエストをしていたようで、あまりの嫌われようが気に入らず時折ペットショップに行って動物慣れをしていたのだという。最初は警戒されていたようだけれど、通うたびに彼女と動物は親密になっていったのだという。
僕だったらどうしただろう。まぁ気にすることはない、と考えることもできるけど、もし僕がスライムに嫌われていたらディモンを倒すことも難しかったわけで......なら少しの時間だけでも彼には慣れてもらおう。ストレスで体調に影響を与えてしまうかもしれないけど。
僕はアスタロトさんからスライムを借りミカロの見える位置に彼を連れてくる。彼はさっきと同様の塩対応を彼女に見せる。けれど、彼女は手を差し伸べひたすら彼に視線を向ける。“こっちに来てほしい。悪いことはしないから”と念じているかのように。とはいえだんだんと目線が強くなってきたせいか、彼は僕の方を見るだけになっていく。
僕はミカロの手を指さすと、“やれやれ仕方ないなー”というため息を見せスライムは彼女の手へと移動した。その瞬間彼女の全身が尖った感覚がしたことから僕は目を背けた。
「へ、へー。こんな感触なんだぁ~......肩まで来てほしいなぁ」
なぜだろう。彼は人と深いかかわりを持っていないのに好き嫌いが存在している。まぁミカロの場合は彼女とそっくりでそっぽを向いて“早く終わらせてよね”と言わんばかりの表情を見せている。ミカロも少し納得したのか押し付けるように僕に彼を戻そうとする。
僕はまたキラキラ煌めく目線を無視しつつ彼をガラスケースに閉じ込めた。どうして嫌われないのだろう。彼は慣れているのかな。
ミカロはまた変わらずそっぽを向いて何かを考え込んでいる様子だった。僕が隣に戻ってきたことに気が付くと、チラ見して目線を窓に戻した。
「不思議な感触だったけど、その......ありがと」
「どういたしまして。ミカロは動物好きなんですか?」
「昔はよく動物たちとよく遊んでたから。仲良くなるのにシオン以上にかかったんだよ。よくやったよねー私としては」
今さりげなく僕をそれなりに問題少年として扱われたような気がするけど、それは気にしないでおこう。その素直さがミカロなんだ。別に彼女が悪いわけじゃない僕の考えが好印象に寄りすぎているんだ。
そうか動物が好きなのかー。今度僕もペットショップに付いて行ってよいか尋ねると、彼女は何度か僕を見たり窓に目線を向けたりしつつしぶしぶそれを納得してくれた。どんな動物がいるのだろう。まぁスライムはたぶんいないよね確実に。できれば癒しがほしい、触っているだけでほっこりとした気分になれるようなモコモコの動物が。
「でもシオン1人で行った方がいいかもだよ? その......私嫌われやすいし」
「僕はミカロの方が興味ありますけどね。あのスライムやどんな動物たちよりも」
僕の言葉を聞くなりミカロは僕に赤い頬を見せた。それと同時になぜかバッグを顔面に勢いよくたたきつけられた。
「シオンの変態! なにさりげなくとんでもないこと言ってんの!」
「ええっ!? 思ったことを素直に言っただけなんですが!」
「それでも言っていい時と悪いときがあるでしょうがー!」
「なんですかその危なそうなドクロマークのビン!? こっちに投げつけないでくださ......」
「眠りに就け......」
僕はミカロに逃げようと後ろに飛び出そうとした瞬間、アスタロトさんがミカロの頭に一撃をかまし僕のことを睨む顔が見える。“言いたいことはわかるわね?”そう言っているような気がして僕は何度も高速でうなずいた。彼女は理解してくれたのか、僕の頬を擦る一射を放ち座席に戻った。
☆☆☆
僕たちは正星議院へと戻り、リラーシアさんに今回のことを自信満々に報告した。けれど彼女は僕たちの話を聞いても表情を一切変えることなくダメ出しの時間に移行した。ミカロがアスタロトさんとの戦闘を開始してしまったこと、そのせいで戦力が変更され作戦に影響を与えたこと。そしてむやみやたらにスライムと慣れようとしてしまったことなどなど、1つ1つの出来事が彼女の気分を落ち込ませたのは言うまでもない。
けれどこの2人の親友同士の会話を見ているとなんだかうらやましく感じる。僕にもいたのだろうか、こんな風に自分のことを注意してくれる大切な存在が。
それを忘れてしまっている自分を少し恨めしくも思う。
結果としてクエストをクリアすることはできた。けれどリラーシアさんが思っていた僕たちの想像とはだいぶ違っていたらしい。とはいえ条件は成立している。多少せこいと思われてもいい、大切なのは踏み出すことで正しさじゃない。少し悪いくらいがちょうどいいときもあるのだ。
僕は散々文句を言われたミカロを支えつつリラーシアさんとの会話を開始する。
「リラーシアさん、約束覚えてますよね?」
「無論です。私が契約の類をうやむやにするような人物に見えましたか?」
「そういうわけじゃないですけど一応の確認ですよ、師匠」
初めて言ってみたけれど悪くない響きだ。僕はなんと呼ばれるのだろうか。できれば名前以外は勘弁してもらいたい。半人前とかそういう印象に大きくかかわるものは誤解を与えてしまいそうだ。
誰かが言っていた。“理解は誤解から始まるのだ”と。
彼女は僕の言葉を聞き笑顔を見せた。よし、ここから始まるんだ。この人と共に明日を......
僕は彼女が発した言葉を忘れられなかった。
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