第122話「掌返しの覚悟」
前回のあらすじ
・敵のリーダーを倒せたが、小指は守れなかった。
・シェトランテに小指の人工物を付ける話を持ち掛けられた。
『シオン君はミカロちゃんとエイビスちゃん、どっちを選ぶの?』
なんでそれが思い浮かぶ!
眠っていたのか。セイン、もしかして心配して侵入してきたのか? 荒らされた形跡はないみたいだな。さすがにそんなことはしないか。本人がいなくてむしろ良かった。
少ししか開いていないのに風がやけにうるさい。雲は少ないのに変だな。剣の響く音。まだ誰か起きているのか。だとするともう一人は彼女か? 少し歩いてみよう。誰かが特訓をしているってこともある。
おかしいな。てっきり宿泊地に近いと思ったのに、あと少しで集合した場所じゃないか。聞き間違いか。起きてすぐの騒動には慣れていると思ったんだが。
「シオンも異変に気が付いたのか。ちょうどよかった」
びっくりした。一瞬姿が見えなかった。本人に言ったら殺されるな。幽霊じゃなかっただけまだましだけど。
「ロビンさんは行かないんですか? 夜警担当の格好に見えますけど」
「見た。本来は止めるべきだが、事情を踏まえて不問にしてある。だからこの一件はシオンに決めてほしいナ」
彼女にそこまで言わせるなんて、いったいどんな人物だ。音は二方からしか聞こえてこないから、どちらかの味方になれば決着はつくか。
見間違いと逃げたいけれど、ロビンさんが言ったことはあながち正しい。一人は鉄扇子、もう一人は居合いを構える。
「鳶抜!」
「一愁」
力任せに風を纏い直撃し、二人は地面に吹き飛ぶ。鉄扇子を壁に投げ飛ばし、刀を蹴飛ばす。空気と一緒に逃してやりたいが、腹の底から溢れ出てくる。奥歯の力が緩まない。
「何やってんだよ! 僕たちは仲間だろ。まさか操られているなんて冗談を言うんじゃないだろうな?」
「……申し訳ありません、シオンさま」
「ゴメン」
「謝る前に解決だ。どうしてこんなことになってる?」
「今なら聞いてないよね。この状況には私達がうやむやにしているから起こったんじゃないかって後悔してるの。だからはっきりさせようと思って」
「はい、わたくしもです」
呼吸を整え、僕を見る。突風が横を邪魔する。
「私はシオンのパートナーになりたいの」
「わたくしをシオンさまのパートナーにしてくださいまし」
この気持ちをどこに持っていけばいい。奥歯も自然と緩んでいる。二人の視線が全く動かない。
「分かった。明日の課題が終わったらどちらかの部屋に行く。それでいいだろう?」
二人はうなずくなり宿泊地へと戻っていく。さっきまでの戦いはなんだったんだ。それよりどこで寝るか。ここは彼女に頼ろう。迷惑は還元してもらわないとな。
『シオン君が迷惑に思わなければ私は構わないよ』
よし。ついでに昨日のお礼もできる。何より気兼ねなく使えることが一番に心地いい。
「急で悪かったね。それにしてもよく受けて入れて……アレ?」
やけに女性が多い。目を擦っても人数は変わらない。五、いや七人いるように見える。部屋のサイズは特別大きくなく、歩くのにも面倒だ。
「こらこらシオン君。ここは花宴会場だよ? 悪いけどセインちゃんと話すのはまたの今度に」
「待ってウルカちゃん。シオン君は私が誘ったの。でも宴には参加しないから安心して」
「分かったよセインちゃん。シオン君、ここで何もないといいね」
何で目を光らせるんだ。ここはしばらくあそこで忍んでいるしかないか。
なんだ、誰かが入るつもりだったのか。暖かい。ここなら感覚も少しなら戻るだろう。
ウルカさんによる乾杯の合図。まるでボリュームの壊れたスピーカーだな。話声からしても今日が初めてとは思えない感じだ。ミカロも参加したのかな。その日は隣の人をできるなら匿ってあげたかった。
扉の閉まる音。トイレはない。わざわざ来るのは彼女しかいないだろうな。
「恥ずかしいのかな、シオン君?」
「水がそっちに流れないようにしているだけだよ。それにしてもずいぶん余裕だね。明日が最終日だっていうのに」
「思う存分戦って遊んで食べる。それが私の理想なんだ。簡単なようで難しいことだけど」
洗い終わってもまだ出ようとしない。きっと悪名高い嗤いをしているだろう。人が悪い。弱みを既に何個も握っているに違いない。
「二人と何かあった?」
やっぱりだ。名前を挙げないところがなんともあざとい。
「いつか来るとは思っていたけど、今は聞きたくなかったんだ。絶対にどちらかが傷ついてしまう。チームの信頼としてそれは防ぎたかったんだ」
「もしも答えを出さなくてもチームがバラバラになるのは必至。シオン君は試練の前にいるみたいだね。見えている部分はまだまだ八方ふさがり。一つずつ整理することが必要だね」
小さい頃何があったとか、どっちが一緒にいて楽しいとかじゃない。助けたいと思った時に誰が浮かんだのか。それが答えだ。セインの思うものと違うとしても、これが僕流だ。
決めた。
「外がやけに静かだね。ウルカちゃん、みんなも放電の刑を御所望かな?」
彼女が扉を開けるなり、靴が擦れるような音と静寂。駆け出すと誰の声もしなくなった。
「セインさん、もしかしてあの人彼氏なんですか?」
「友達だよ。さ、時間になったから花宴は終わりにするよ。自分の部屋に戻ってちゃんと休んでね」
セインも大変だな。ウルカさんが年上なのに彼女が一番上に思える。今度からかわれたらそれを使ってみるか。彼女みたいに殴ってこないだろうし。
ベッドには酒瓶を片手に眠るシャルマーナさんの姿。絶対に断る人だろ。よく誘ったな。いやシェトランテへの対抗心が燃えただけか。
「1つしか残ってないからじゃんけんで決めようか」
「いいよ、二人のどちらかで。押しかけてきて悪いし」
「それじゃあお言葉に甘えて。ポン! うう~、今日は運が悪いなー」
おかしい。誰だソファーを持ってきたのは。まぁいいや、何でセインは膝を枕に差し出しているんだ。お金は持ってきていないぞ。
「懐かしいね。光が必要になるくらいまで遊んで帰れなくなったことを思い出すよ」
「それ、セインが宝石とフルーツを間違えて森に進んだ話だろう。ウルカさんは素直なんだから変な情報を配らないでくれ」
「シオン君と話をしているときしか冗談なんて言わないよ」
嬉しくない。枕にありつけたことを除けばだが。
☆☆☆
セインがいない。ランニングか? いやドライブだな。
頬が濡れている。まさかあのときの再来なのか。聞かないほうが幸せだ。
女性は三角の黒帽子を被り、立ち上がる。
「そんな物騒なものしまいなさいよ。別に驚いたけどシェトに報告するほどのことじゃないわ。アイツもそれくらい心得ているわよ」
「そうか、ありがとう」
まだ助かった。ウルカさんに起きられると騒動に巻き込まれる気がする。僕もおいとましておくか。
扉を開けるなり銀髪の彼女は僕に替えのズボンを渡し去っていく。いつもの定数、6つの魔法陣が光輝いている。心配してくれたのか。ありがとうミカロ。
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