第120話「頭終」
前回のあらすじ
・バルフリートを倒すことができたが、指を二本失っていた。
・シャルマーナ、セインと最終戦を迎えるも意識が真っ暗になってしまった。
★☆☆
誰かの部屋か。バッグもあるし僕たちのところだろう。奥の椅子には身を寄せるセインと眉間に力を入れた顔で眠るミカロ。寝息の音。もう夜か。
ミカロのベッドは誰もいない。どちらかくらいは休めばよかったのに。頑なに譲らなかったんだろうな。本当に似ている。ようやくベッドは空いたから、移動させておこう。
風呂でも入るか。扉を開けられる自信はないけれど。
おかしい。確かに付いている。ノブの下に指が配置されている。目で見ても五つある。こんな芸当ができそうなのはシェトランテくらいだろう。感謝くらいはしておくか。
課題がどうなったのかは知れそうにない。F.Z.さんがいなかったら勝負にもならなかっただろう。最悪片手になってでも戦おうと考えてはいたんだが、まだまだ甘いな。
扉に手を触れると光り出す腕。流れる光にはロビーの文字。事がうまく運ばないことにはもう慣れた。それにほんの少しだけ恩もある。
いた。けれどそこにいたのは僕を見つけるなり小さな足音で近づいてくる。年齢を無視すれば可愛らしい女性だった。
「指は大丈夫みたいだナ」
「ありがとうございます。まさかこの感覚をまた味わえるなんて」
「礼など必要ない。私が治療したわけではないからナ」
残念ながらお茶を出すことなく席に着き、顔を合わせる。彼女は一枚の紙とペンを差し出し、口を開く。
「これはセプタージュの決定でなく、私が判断したことだ。できることなら辞退してほしいナ」
「バルフリートさんが原因ですか?」
「確かにあの暴君は町を予定被害以上に破壊したり、共闘を拒んだりする傾向にある。だがそれで仕事に支障をきたした者たちを何人も見てきた。だからこそキミには撤退を選んでほしいナ」
怪物集団からすればダメージを受ける側が悪いというわけか。もう答えは決まっている。ペンを取り圧し折る。
「そんなことで諦めるわけにはいきませんよ。それに彼はこの場所から離れても追いかけてくるでしょうし」
ロビンさんは唇を噛んだ。
「しょうがない、彼の答えを尊重しよう」
歩いてきたのは赤紫髪の男。彼女は後ろに下がった。監視をするのも当然か。元凶は僕以外考えられないのは確かに正しい。
「私はサハルバルト・ティーマ。ロビンの上司でね。実はキミがどちらの答えを選ぼうとそれを優先つもりでいたんだ。けれどそれを正しかったものにするのは他でもないキミだ、期待しているよ。戻ろうかロビン」
「わかりました。シオン、またナ」
ロビンさんは冷や汗をかいているような気もしたが、きっと彼には気が付かなかったのだろう。シェトランテが現れなかっただけまだ幸運か。戻って明日の用意をしないと。
「まさかサハルバルトをまた見ることになるとは思わなかったわ。相変わらず人運だけはいいみたいね」
「何の用だ?」
「今日は時間がないからやめておきましょう。彼女が心配するだろうし」
「……そうだな」
最悪に戻ったかと思った。言い方は気になるが、まだ指の感触が左右で少しおかしい。パンチでもできれば改善できそうだ。
やめておこう。外に出たらエイビスが駆け出してくるような気がする。ミカロも起きるだろうし。
よし、ちゃんと寝ている。イスで寝るか。地面は蹴られそうで落ち着けそうにないし。
☆★★
「あ、やっと起きた。体調は大丈夫だよね?」
不安の影が見える顔。ベッドに移動させたせいだろう。
「もう万全だよ。少しリハビリしたから感覚も戻ってきたし。助けてくれてありがとうミカロ」
「まぁ、そのシオンだけ仲間はずれにするのは可哀想かなって思っただけだから。それだけ」
「ハハハ、そうだね。おかげで問題なく課題に参加できそうだ」
セインはいないのか。ウルカさんたちから見たら確かにそう行動しなくもない。メールで感謝を伝えるのも失礼だし、また会ったときにしておこう。
「それじゃあ私はこっちだから。今度は倒れないようにしてよ」
「分かっているさ。さすがに二度はしないよ」
集合したのは最初の闘技場。遅刻魔記録を更新だ。
シャルルフォーゼさんがむしろ心配だったが、気にしているようには見えない澄まし顔。マシュさんもいつも通りに話してくれている。ウルカさんとは戦えなかったな。それに特性を見ていない。今日のうちに確認しておくか。無理強いする必要はないけれど。
「シオン君、大丈夫だったの? なんか口で両手斧を咥えて戦っていたって聞いたけど」
「なんとか回復できました。セプタージュはすごいですね」
誰だそんな奇想天外話を広げたのは。彼女なら心配の度合いを上げるために言いそうだけど、さすがにないか。
「リーダーを一人選任し、他チームと戦闘を行ってもらう。勝利条件はリーダーを戦闘不可にすること、以上だそうです」
護衛に近いか。ぴったりな人はいるけれど、さすがに相手に気づかれてしまう要素が多すぎる。となると攻守から考えよう。
「僕が正面でいきましょう」
「ダメだよ。昨日のことがあるからシオン君は右。リーダーは私に任せて」
文句を言いたいが、さっきの話を修正するのを面倒に思った罰と思えば仕方ない。頷いておく。
「相手はチーム6だそうです。互戦ですね、3チームでなくてよかったです」
「運がよかったですね。僕は宣戦するのが楽だと思いますけど」
「違うよシオン君。これは我慢大会みたいなものなんだよ。でも趣向が少し変だね。それはともかくとして防御優先でいくよ」
開始してから相手のチームは確かに来ない。張り詰めていたはずの気もいつの間にか姿を消している。やっぱり待つのは嫌いだ。
「相手も考えることは一緒みたいだね。ここは進んでみようか。矛盾しているけどね」
確かにこのまま待っていても何も始まらない。それに気分もいつまでも頂点にはいられない。
「相手は必ず私達を分散させてくる。だけど誰がリーダーなのか把握されないように、前の敵だけを見てね」
一列で進み、敵チームを見る。待ち望んでいたようで笑みを見せゴーグルを装着する女性。
僕も目的とは正反対の側が出すような笑顔を見せた。彼女が飛ばされたように僕らの目の前に現れた。
「陽光!」
散り散りに移動された上で、仲間との間を塞ぐ光の壁。熱くはなさそうだが、体を斬るのには難しくないだろう。位置はランダムなら嬉しいことに彼女だ。
「まぁ条件がいいのは同じ出身地と思ってね。手加減はしないわよ?」
「後悔しないといいな」
どの課題よりも興奮している。おまけに抑えられない。だからこそ冷静に考えてしまう自分がいる。どうしてだろうと問いかける。
「考え事?」
銃弾攻撃。ただの拳銃なだけまだまともだ。平凡でないことだけは確かだ。エイビスに聞いておけばよかった。
距離を取って最後は壁に押し付けるつもりか。脅しならリーダーは簡単にギブアップしそうだ。
さっきから銃撃だけ。妙だな。隙をついて両手斧を突く。その直線を狙い飛ぶ弾。さっきより遅い。
モンスターの血液みたいに緑のジェルが流れだす。毒ならいいが、もっとやばそうだ。
「ちっ」
煙玉で姿を隠す気か。なら風を使って掃う。
「やめなさい!」
右手を掴み僕の目を直に見る。思わず風を止めていた。まだ未練が少しだけ残っているのか。
「これで勘弁してくれよ」
左手を風の勢いに乗せシェトランテに鉄拳。壁にめり込んだまま動かない。これで借りを返したぞ。
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